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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第04章 反動化デュアリズム
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045話 レイシャルプロファイリング

 花金の今日も習慣に則り、18時から仕事を始めた。


 開業から3ヶ月が経ち、橘営業所の経営は安定してきていた。週休も2日に増え、欲を出さなければ俺と菖が生活するのに不自由も無い。


 今日も順調に営業をこなし、やがて午前1時が迫る。繁華街のある駅周辺では、終電を逃した人がタクシーを探し出す時間だ。営業の流れで巣鴨駅の周辺にいたので、このまま駅へ付け待ちに向かうとしよう。


『今日は珍しく、山手線の終電はほとんど遅延してないみたい。逃した人多いかもね』

 すかさず菖が、無線で有益な情報をくれる。もう随分と手慣れたものだ。


「急ぎたいところだが……ちょっと入り組んだ道に入っちまった」

 工事中の通りを迂回したのだが、その道選びを誤ったようだ。一方通行に導かれるウチに、狭い路地へと誘われてしまった。

 この時間の歓楽街は終電逃し狙いのキャッチや酔いでフラつくサラリーマンで、どうしても進行が阻害される。焦っても事故の元なので、俺は駅の付け待ちは半ば諦めてゆっくりと運転する。



 ここ巣鴨は、俺が学生の頃に一人暮らしをしていた街だ。

 当時はほどほどに寂れていたため、帝東大へ自転車でアクセスできる範囲では家賃相場の低めな街だった。しかし今、俺がタッくんを徐行させているこの街は、あの頃とは様変わりして賑わっている。


 巣鴨が歓楽街として栄え始めたのは、ここ5年程度のことだ。

 近年の少子化対策として受け入れが強化されている移民。各自治体もそれぞれ独自の政策を行なっており、この巣鴨のある豊島区は特に力を入れていた。


 山手線の北西エリア一帯は、新大久保を始め高田馬場、池袋など、アジア系在日外国人が根付く街が多い。そうした外国人労働者の次の受け皿となったのがこの巣鴨であった。

 ここ数10年の歴史の中で、新大久保は朝鮮系、池袋は中華系、高田馬場はミャンマー系と住み分けが進んでいた。そしてまだ色の付いていなかった巣鴨は、目をつけられるや否や各国の移民が大挙し、瞬く間に多国籍タウンとして栄えたのだ。


 この辺りの景観も、俺が暮らしていた頃より随分と華やかになっている。極彩色のネオン看板には見慣れぬ漢字やハングル、ビルマ系統と思われる文字が踊っていた。


『巣鴨ってむかしおつろーくん住んでたんでしょ? それなのになんで道に迷ったりしてるのさ』

「知ってるつもりで碌にカーナビを確認しなかったのが仇になったな。ここいらは随分と様変わりしちまってる」


 歩きよりも遅いような徐行運転で進んでいたが、停まっている車に道を塞がれた所為でこちらも停車を余儀なくされた。

 この細い路地では追い越しも出来ないため、俺は様子を探ろうと窓を開ける。すると、周囲の喧騒と飲食店の混ざり合った匂いが車内へ流れ込んでくる。


 よく見ると前に停車している車も運転席の窓を開けており、運転手は外の男と話し込んでいるようだ。あんまり長話が過ぎるようであれば、クラクションのひとつでも鳴らしてやらねばなるまい。

 俺はやる事もないので、しばらく前の車と話し込んでいる男を観察していた。


「あぁ、悪いことやってんなぁ」

『ん……どーしたの?』


 前の車に話しかけていた男は、財布を取り出すとお札数枚を運転席へと渡す。そして男は背後の店舗の方へ呼びかけると、数人の女性が車の方へ寄ってきた。

 断言は出来ないが、まぁ白タク行為と見て間違いないだろう。


『白タクって?』

「あぁ。この場合の白ってのは思想色の話じゃなくてな……タッくんのナンバープレートの色は覚えてるか?」

『んー……なんか濃いめの緑とかだった気がする』


 この日本においてモノやヒトを運送することで報酬を得るには相応の資格が必要であり、緑色のナンバープレートこそがその証なのだ。通常の白いナンバープレートの車で運賃を取ることは、俗に白タクと呼ばれる違法行為である。


「こういう夜の外国人街では特に多いんだ。ネイティブの言葉でやり取りされると、こっちも犯罪と断言出来ないからな」


 現に窓の外から僅かに聞こえてくる2人のやりとりは日本語ではない。白ナンバーのドライバーに渡した金は運賃などではなく、これから乗せるであろう人はただの知り合いであり、お金とは別件の可能性もある。

 そう主張されたら、嘘でも通る言い分だ。


『むしろ、フツーにそうなんじゃないの? おつろーくんが疑い過ぎなだけで』


 いや、経験則だが恐らくはクロだろう。

 車へと誘われている女達は明らかに店舗の従業員だ。羽織っているコートの下には派手な色のドレス生地を覗かせており、接待業特有の派手な化粧もしている。

 店舗の方を確認すればそこには東アジア系の文字が煌々と連なっているが、肝心の日本語は見当たらない。

 恐らく店舗としても日本人をターゲットにしておらず、従業員も日本語が話せない可能性が高い。もっと穿った見方をしてしまえば、不法滞在者を働かせている可能性すらある。


 こういった風俗店の大事な“商品”を送迎するために、白タクは送り込まれるのだ。奴等は通常のタクシーより安価で送迎をこなすため、店側としてもありがたい。

 また送迎中にトラブルが発生した際は、普通のタクシーなら警察へお世話になるだろう。しかし身元確認により不法滞在などの余罪が暴かれてしまうと都合が悪い。それら裏の事情も承知の白タクドライバーなら、トラブルを内々での処理が可能だ。


 などと言って目の前の人間の犯罪疑惑に厳しめな態度をとるのは、こちらなりにも事情があるのだ。

 そもそも白タクが蔓延してしまえば、面倒くさい手順を踏んでやっとのことでタクシードライバーとして営業できている俺達にとっては商売上がったりだ。正当に商売をしている者たちにとっては、見過ごすわけにはいかない。



 例の車はまだ乗客が揃っていないようで停車を続けている。タクシーが後ろで進行出来なくなっていることなど、意にも介さないようだ。


 それを確認しながら、俺はスマホを取り出す。

 流石に直々に糾弾する勇気は出なかった。ここは周り一帯が外国人街であるし、白タクはヤクザ絡みのシノギになっていることも珍しくない。日本語がどこまで通じるかも定かでは無いし、俺が1人で出て行くのはリスクが大きい。


 だからスマホで警察に通報を入れようという算段だった。しかしダイアルの直前――スマホを手にしていた俺の手首は、窓の外から伸びてきた手によって強引に掴まれた。


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