036話 Web Can’t Kill the Video Star yet
扉付近で物音を感じ、寝惚け眼をこする。
病室とは思えないような豪華な空間の真ん中で、俺は目を覚ました。眠るために作られたのではないソファですら、営業所のベッドより幾分か寝心地が良かった。
壁を覆い尽くす巨大なカーテンの隙間から、朝の日差しが漏れている。時計を確認すると、時刻は朝の5時。いつもなら仕事上がりの時間だが、結局昨日はこの部屋で暇を持て余し、うたた寝をしてしまったのだ。
病床というにはリッチ過ぎるクイーンサイズのベッドに目をやると、菖が布団に包まれて眠っている。営業所のソファベッドを寝床にしている菖にとっては、格別の寝心地だろう。
扉の気配を確かめに行くと、郵便受けには新聞が差し入れられていた。充実し過ぎたサービスに目眩がする。
『六本木高級クラブで火災 皆国党員の誠実対応』
一面には、そんな文字が踊っている。
俺は再びソファに腰を落ち着け、久々に手にする新聞に目を通した。
昨日の火災によりリブラグランデからは複数人の政治家が避難する姿が目撃された。
総理派閥に属する若手の皆国党員が特に目立ったが、この新聞によるとベテラン議員の1人は鎮火後も現場に届まり、駆けつけた報道陣に対し誠実な説明をしたそうだ。
重傷者が出なかったことが救いだが、このような素晴らしい店舗が焼けてしまうのは胸が痛い――と述べた党員のコメントで紙面は締められている。彼等がリブラに居た理由についてははぐらかされているが、政治家の問答などそんなものだろう。
そして報道はそこを追求していない。
この記事は決してスキャンダラスには書かれていないのだ。
これを真実と見るか、あるいは皆国党が新聞社に働きかけた結果か。メディアなど読む者のバイアスによって如何様にも印象を変えるのは、今も昔も変わらない。
テレビを点けると、ニュース番組が始まっていた。
昨日から気になっていた事があり、俺はチャンネルを曙テレビへと回す。秋山の勤めるあの局は、今期からニュースキャスターにとある人気俳優を起用していた。
『――と、皆国党員は述べられておりましたが、昨晩の現場にはハヤトさんもいらっしゃったという事で、どういったご様子だったかお伺いしてもよろしいでしょうか』
女性のニュースキャスターが話を振ると、その横でフォーマルにスーツを着こなすハヤトが、物憂げな表情で答える。
『えぇ。リブラグランデには将来の担い手たちが集い、私もそういった方々との個人的な交友を目的に昨晩も足を運んでおりました。彼等は日夜この国の明るい未来について語らい、今の自分にできる事を探し続けている……尊敬できる人たちです』
ハヤトはあの高級クラブにやましい事実は無いと訴えるかのように、真っ直ぐとカメラを見つめている。
『そんな人々の居場所であったリブラグランデの再建を心より応援すると共に、お怪我をされた方々の1日でも早い回復をお祈り致します』
その表情や声のトーンに、対面で感じたような軽薄な雰囲気は一切無い。ニュースキャスターという使命と、事件当事者という立場の狭間で、絶妙なバランスを取ろうと努めている男がそこにはいた。
郷田隼人は、この4月から曙テレビで朝のニュースキャスターに起用されていた。
俳優としての功績による幅広い世代からの支持。そしてその家柄から知的なイメージも付き、このポストはハヤトの芸能活動にとって集大成ともいえる大抜擢だ。
もちろん役人の息子を報道の顔にする事については、アオ派から少なくない批判があった。しかしハヤトの粛々と仕事をこなす姿勢に、世論は好意的な見方に流れていった。
そんな矢先の、今回の事件。
保身に走るならば、火事で怪我した事にして熱りが冷めるまで芸能活動を休止するという選択肢もあったかもしれない。
しかしハヤトは、今日もニューススタジオに立っていた。現場にいた件を先手で認めたことにより、ゴシップ誌などのスクープ性も落ちるだろう。
『――今回の件について、少なからず明後日の参院選の判断材料にされる方もいらっしゃると思います。私から言えることなどあるはずもございませんが、国民の皆様が公平かつ公正なご判断に基づいて投票される事を願います』
そんなハヤトの言葉で、ニュースは締められた。
「……ハヤト、いつになく真剣な感じ。このギャップにトキメいちゃうよねー」
声の方へ振り向くと、病室備え付けのナイトガウンを着た菖が、ベッドの上で半身を起こしていた。左手で目を擦っているが、首から下げたカメラ付きメガネを右手でこちらに向けている。
菖の言う通り、今日のハヤトは普段より面持ちに緊張が見られた。今回の件については逃げも隠れもしないし、茶化すつもりもない――そんなハヤトの覚悟が滲む朝番組となっただろう。
「SNSでハヤトがトレンド入りしてるよ」
目が覚めて先ずSNSのチェックをするのは、現代っ子ならではだ。しかしひと昔前、朝刊を読む父親を子供が理解出来なかったら頃と比べれば、知識欲のある今の若者は幾らか優秀と言えるのかもしれない。
菖はネット上での評価をざっと説明してくれた。
先刻のニュースを受け、ハヤトの姿勢を評価する声は多いようだ。反面、そうした扱いがアオ派の反感を買い、印象操作であるという指摘も当然挙がっている。
リブラグランデは完全会員制といえど、その様相は派手に構える高級ラウンジである。客層は20~40代程度の、政治家や実業家としては比較的若い人々だ。ハヤトの言う通り将来の夢を語り明かすような、未来の要職の卵も多く利用する。
マスメディアの報道では、現場で取材を受けた1人のベテラン議員にしか触れられていなかった。しかし多くの若手党員が火災の後、蜘蛛の子を散らすように逃げたという事がアオ派のニュースサイトに記されている。
そしてそれらはパンゲアにも事実として引用されていたが、目撃されただけでは犯罪ではない。だから密談やら違法接待やらの疑惑はまだアオ派の願望の域を出ない。
「偉い人の子供たち……総理の息子とかまで目撃されてて、税金で道楽してたって見方もあるみたい。……うわ~その中には参院選の立候補者も居たんだって」
今回の16歳選挙権の裏でもうひとつ新しい制度改正――25歳被選挙権がこの選挙から適用さてていた。
従来であれば参院選に立候補できるのは30歳以上の者であったが、これが衆院選と同じ25歳にまで引き下げられたのだ。これらも当然の事ながら、シルバーデモクラシーの解消を目的としている。
しかし若者はまず金の問題に阻まれる。
供託金300万を用意できなければ立候補も認められないし、それ以上に選挙活動にかかる金額は大きい。だから意思はあれど20代で被選挙権を行使できる者は少なく、結局のところ若くして後ろ盾を持つ政治家の2世3世の為にしかなっていないのが現状だった。
そんな中、皆国は今回の参院選で若い党員を積極的に擁立したのだ。若者世代という民清の票田に風穴を空けるべく、若者の視点を持つ代弁者として自らの息子らを立てるという思惑。
しかしそれも今回のリブラ火災で逆効果に終わるだろう。
選挙期間中の振る舞いを知らぬ若輩と、根回しに忙しく子供の監督をおそろかにした親。結果、大事な時期に裏金を匂わせるような連中と高級クラブでつるむ姿が露呈してしまった。
器の備わっていないボンボンに立候補は時期尚早で、皆国党2世議員はどこまでも世間の感覚と乖離している――アオ派のニュースサイトではそう語られていた。
俺がスマホでそんな記事を読みふけっている間、菖はもう飽きてしまったようで、別に追ってもいないであろう朝ドラにチャンネルを回していた。




