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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第03章 蒼玉色デモクラシー
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033話 ラウンダバウト

 レインボーブリッジを抜け一般道へ降りる。

 辿り着いた先は有明――東京湾埋立地第十號島(ごうとう)と呼ばれる人工島であった。このベイエリアは今も開発途上であり、年々その敷地を海へと拡大している。

 また、この辺りの人工島群は2つの性質により、都内でも異質な社会が形成されていた。最先端技術や新制度などの実験都市として機能する特区であること、そしてそれらを享受できるアッパークラスの居住地であることだ。


 この仕事をしていてすらなかなかお目にかからない、信号の無い環状交差点に差し掛かる。その交通ルールは知識として持っているものの、不意に遭遇すると面食らってしまう。しかし、設置されたビーコンから受信した情報を元にjoxi搭載のカーナビが誘導してくれた。

 ここは近未来かと錯覚してしまうような体験だ。


 やがて眼前に現れたこの中枢先進医療センターも、最先端の医療施設として第十號島内に広大な敷地を有していた。そのため外来用のターミナルも無数にあるのだが、この時間だと当然の事ながら全て閉鎖されてしまっている。

 けれどハヤトが守衛に顔を見せると、すぐさま門が開いた。これが顔パスというものなのだろうか。送迎車や緊急車両ではない、たまたま拾った程度の個タクを容易に中に入れてしまえるところから、ハヤトの威権が窺える。

 これでひとまず追ってきたバイクは振り切れるだろう。


 病院内の敷地をハヤトに案内されるがまま進む。さらに数回のゲートをすべて顔パスで突破すると、一際大きな病棟の地下ターミナルにたどり着いた。

 通過した門の数から考えても、ここは相当なセキュリティの病棟だ。恐らくは芸能人、あるいは政財界などのVIPが利用する姿が想像できる。



「さぁ、乙郎さんも降りて」


 人気が無く、赤や緑の非常灯のみが照らす冷たい地下空間に、降車したハヤトの足音と明るい声が反響する。


「その前にひとつお聞かせ願いたい。貴方は今回の参院選において何かしらの役割を担いあの場所に居たのですか?」

 俺は何故そんな事を聞いたのか。

 アオ派のパパラッチからの追求を逃れるために、彼に加担するのが果たしてフェアな行いなのか。一介のタクシードライバーには要らぬそんな思考が俺の中を巡っている。


「さっきも言ったけど、父さんから政治の事なんか何も聞かされてないよ、残念ながらね。オレはただ自分だけの為にあそこで過ごしてた。……信じられないのなら、ここで見たモノも含めて釈放後に告発すれば良いさ」



 俺はハヤトの潔さに折れ、渋々タッくんを地下タワーパーキングに放り込み、エントランスへと進む彼に追随した。


 自動ドアが開くと、そこには腕組みをする医者と思しき女性が不機嫌そうな顔をして立っていた。


「アンタ、またこんな時間に面倒事起こして、どういった了見で私に泣きついてきた訳?」


 白衣に身を包んだ彼女は、そう言ってハヤトを睨みつける。髪は前分けで綺麗に耳にかけ後ろ髪はハーフアップにしているところを見ると、勤務中なのだろうか。鋭くやや充血した眼の下にはクマが浮かんでおり、整った顔立ちには疲れが見える。


「こいつはオレの妹でここの医者をやってる。名前は聡美(さとみ)。ぶっきら棒なヤツだけど、よろしく頼むよ」

 ハヤトは彼女の言葉を無視して、俺に彼女を紹介する。


 その女性は隼人の態度に露骨に眉をひそめたが、しかし紹介されたとあって不機嫌な眼光のまま俺の方へ言葉を投げた。


「どうも。隼人の“姉”の郷田聡美です」


 郷田和義の子供は双子であると聞いた事がある。

 表舞台で活躍している隼人の事は知っていたが、もう1人が医者をやっているとは知らなかった。郷田家は名家なだけあって有能揃いなのだろうか。



 詳細な説明を全て後回しにし、俺たちはエレベーターに乗った。階数を指定する際にすら、聡美さんの首から下がるIDカード認証を必要とする過剰なまでのセキュリティ。行き先は最上階である12階。


 広過ぎるエレベーターホールには優雅なソファに観葉植物が添えられ、暖色の間接照明に照らされている。

 廊下にはアロマの香りが漂い、病院独特の薬品臭は感じない。病棟というよりはホテルに近い高級な空間を通り抜けて、角部屋に案内された。


 俺たちが踏み入ると、センサーなのか自動でほの明るい照明が点く。その空間は病室とは名ばかりの、スイートルームと見紛うような一室だった。


 広い室内には、大きなソファに60インチはあるであろうテレビ、そして寝心地の良さそうなベッドが鎮座している。壁一面にカーテンがかけられているところを見ると、そこは一面ガラス張りの窓になっているのだろうか。

 また、シャワールームや給湯スペースもあり、ここで暮らすことすら出来るのではないかとすら思えてくる。


 ハヤトはまるで実家のように遠慮なくソファに腰を下ろすと、卓上のリモコンを取りテレビを点けた。


『――こちら、ただいま現場の様子を映しております。消火活動は順調に進み……』

『――高級クラブ、リブラグランデから避難する者の中には、国会議員の姿も目撃され……』

『――現在確認されている死者は0名、重傷者0名、軽傷者8名との情報が入っており……』


 ハヤトは民放をザッピングするが、どこの局もリブラ火災の報道を扱っていた。報道ヘリからの中継では、黒煙を上げつつも収束へ向かう火災現場の様子がカメラに収まっている。


「リブラって、アンタが入り浸ってたトコじゃない……まさか、そこから逃げて来たんじゃないでしょうね」

 立ちっぱなしで腕組みをして不機嫌な様子を隠さない聡美さんが、テレビを見てハヤトに問い詰める。


「だから、乙郎さんを頼むよ」

 ハヤトは立ち上がると、相変わらず聡美さんの質問には答えず、飄々と自分の要求だけを口にする。


 双子だからかは定かではないが、その言葉だけで大方の状況は察したのだろう。聡美さんは初めて口角を上げた。


「父さんにころされないといいわね」

「ははっ、その時は喪主を頼む」

 退室しようとしたハヤトは、聡美さんとすれ違い際にそんな言葉を交わした。


 全身黒の郷田隼人と、白衣に身を包んだ郷田聡美が対照的なのは、その容姿だけでは無いようだ。率直で飾り気の無い姉を置いて、回りくどく掴みどころの無い兄はこの部屋を出て行った。


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