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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
199/213

189話 【SIDE-李浩然】マイティ・マイノリティ

「ハーイ! 今、ランランは配車アプリでタクシーを呼ぼうとしてるトコロです! 避難方法に不安のある人は、ワタシといっしょにやり方を学ぼー! 让我们一起做吧!」


 ランランは私、リー・ハオランのNEXTopicsでの活動名。

 郷田娘から聞いた最悪の事態が現実のモノとなってしまったから、私は少しでもパニックを予防すべくランランとして避難誘導の屋外生配信をしていた。同胞たちにも寄り添うべく、中国語との二重音声でのお届け。

 日が暮れてからもう随分経ち、冬の夜が吐息を白く染め上げる。


 コメントに目をやると、やり方不安だったから助かるといった応援の他に、NEXTopicsもタクシー信用派なのは失望した、騙されてるのではという疑問の声も上がっていた。

 アオ派には、郷田の言葉を鵜呑みにできない人もタクシーに嫌悪感を示す人もたくさんいる。速水トオルからなぞってきたモノを考えると、私だって自分の選択にモヤモヤしている。


「あっ、モチロン、みんながタクシーに避難しなきゃダメとは思ってないヨ。けどワタシは桐谷元アナウンサーの投稿を見て、信用しても良いかなって思っただけネ! ……まぁホントは真っ暗苦手だから地下で停電なるの怖いだけなんだケド」


 コメント欄が良い感じに和む。

 ごめんなさい、ちょっと桐谷アナに責任を擦っちゃった。


 正直、私は研究データが暴露されて、少しホッとしていた。

 もし若者への危険性が周知されなかったら、私は一人で黙って避難したかな。友人にもそれとなく伝えて、あるいは強引にでも地下に連れ込んだかな。でもその友人ってどこまで? もしそこで声をかけなかった知人が重症患者になったら、私は一生後悔したに違いない。

 そんな、知識の優位性をかざして友人の命の線引きをせずに済んだことに、自分本位ながら安堵してしまっていた。


「まぁそんなワケで何が正しいかなんて言えないケド、みんな後悔しないよう、周りに流されずしっかり考えて欲しいナ」


 対して今、全てを知ってしまった世間のみんなは不安でいっぱいで、どこか拠り所を欲しがっている。けど自分で考えるのを止めて権威に縋るのは、アオとして良くないよねって、さっき雲母メイが生放送で言ってた。だからみんなきっと、全力で迷っている。


 その点、私には信用に足るバックボーンがあったから、今こうしてタクシーを選んでいる。運転手サンやその助手サン――アイリスと共に過ごしたあの病院で、あらゆる裏事情を事前に知ってしまっていたのだから。


 研究チームに協力していると言っていたアイリス。

 私は今や、あの子に全幅の信頼を置いてしまっていた。

 そしてそれは、彼女が持つコンフルエンサーの過去に由来している訳じゃない。



 衆議院が解散した日――帝国研究病院の一室で運転手サンから速水トオルの真相を聞いた後、素性を明かしたアヤメは徐に私の手を掴んでお風呂に誘った。


「――ハオランちゃん、まだお昼だけど……一緒に入ろ」

「エッ!? あの、それはチョット……!」


 ゴメンね、それはできないんだよ。

 ここまで騙してきたみたいで本当に申し訳ないけど。


「あのね……」

 それでもアヤメは強い瞳で私を引き寄せ、ひそひそと一方的に話しかけた。

「……私、実はメガネ取るとほとんど目が見えないの。だから大丈夫だよ」


 本当にその時は驚きで心臓が止まるかと思ったし、冷や汗がとめど無く流れた。


「ねっ! だから私の身体、流してよ。ハオランちゃんが嫌じゃなければ、だけど」


 彼女はイタズラでもしかけるかのように無垢な笑顔でそう言って首を傾げたけれど、その言葉の奥には歩み寄りを示す音があった。……なんで?

 だとしたら私が気持ち悪くないの?

 視えない中で自分を委ねるのが怖くないの?



 私が人とは違うところに気付いたのは、10歳くらいの頃だった。高級中学に上がる頃には両親もそれに気付きはじめ、そして母国では生きづらいだろうと考え、私を日本の大学へ留学させた。


 最初、この国では私のカミングアウトにも好意的な人が多い印象だった。周りから向けられる好奇の視線も、それは理解と包摂の過程にあるものだと信じていた。


 けれどやがて、少しずつそれらの違和感に気付きはじめる。

 みんなは私自身よりも、私の持つ特殊性を気に入っているように感じる事が多くなった。それは私が中国からの留学生であることや、その実家が特段裕福であることも含めて、“珍しい属性を持つ友人”として、ともすればアクセサリー感覚で私との関係を持ってるかのような。


 普段は仲が良いことを強調してくれるけど、勇気を出して踏み込んだ相談をしてみればやんわりと引かれてしまう。多様性を過度に重んじる現代社会において、私からの歩み寄りは逆に腫れ物扱いになり得る。でもコミュニティにおいては、“理解のある私たち”が迎え入れた一員。


 別に仲間外れにされた訳でも陰口を言われた訳でもない。

 けど捉えどころの無い自分の立ち位置に居心地の悪さを感じ、自傷的に始めたのが中華街でのキャストのアルバイトだった。別に両親からの仕送りだけで十二分に生活できたけど。私は友人の目の無いところで、好きな格好で、好きな振る舞いで、好きにお酒を飲んだ。

 そんな時期に出会ったのがスンウだった。


 彼やその周囲のコミュニティを眺めて、色々なことを知った。

 犯罪に手を染める同郷がいるからこちらの居心地も悪くなるなんて、最初は非難の眼差しで見つめていたけど、そんな彼らの中になりたくて犯罪者になっている人なんていなかった。自身のアイデンティティに不安を持っていたり受け入れられないことに怯えて暮らす人がこれだけ多く居る事を知った。

 それには親近感が湧いたけど、一方で生きること自体には全く困っていない自身の悩みをとても小さく感じてしまう。


 そもそも人格なんて属性と境遇の集合体で、その表層だけでも認めてくれる人が周りにいるのは恵まれている。その上で全部を受け入れろなんて私の我儘だったかもしれない。私だって友人たちの悩み全てに親身になれているワケじゃない。


 スンウは力強い肯定をくれたのは、私がそんな妥協に至った頃だった。


「自分にしか解らねぇ苦難を他人と比較なんかしても意味無ぇ。人間関係なんて所詮は都合の押し付け合いで、遠慮なんてしてたらいつまで経っても自分の居場所なんて手に入らねぇぜ」


 スンウの言い草は乱暴だったけど、でもその辛さを知ってる者の言葉だった。彼の懐は広く、粗暴な振る舞いとは裏腹に、人の心の深くまで察して寄り添える男だった。

 気付けば私は、彼に恋心を抱いていた。


 彼は私のことなど、その悩みの種から寄せる想いまですべてお見通しに違いない。そして想いに応えられずとも、私を傷付けまいとする瞬間を幾度も感じた。私はそれに甘え、健気にも彼のトピックストリーマー活動を手伝うことにした。


 その入り口は不純ながらも、清廉情報思想は肌に馴染むものではあった。母国に無いパンゲアを意識することは刺激的だったし、何よりも速水トオルには惹かれるものがあった。

 それもそのハズ、運転手サンの話では、彼女は多くの属性の狭間で苦悩していたらしい。異国の血が混じり、自身の性を認められない環境で育てられ、裕福でも満たされない。私はそんな彼女に知らず知らずのうちにシンパシーを感じていたのかもしれない。


 アオ派の同期生との建設的な議論や、スンウが面倒を見ている在日外国人コミュニティとの触れ合い、ピックスの『ランラン』として不特定多数の視聴者とのコミュニケーション。そういった多角的な視線を通して、私は個性の示し方や我儘の通し方、自意識の落とし所を今まさに学んでいる最中。アオのスタートラインは“知ること”。けど、それはつまり“知られること”の怖さとも向き合わなきゃならなくて。

 そんな矢先だったんだ。アヤメが私の手を掴んだのは。



 その時にはもう、あるいは最初から、怯えていたのは私だけだった。

 でもアヤメの勇気に答えたくて、私も勇気を出した。


 向けまいとしていた視線も、私では望んでも手に入らない彼女の肢体の曲線に、いつしか釘付けになってしまった。歪んだ羨望を向けるなど良くないと思い目を逸らしてみれば、それにすらまた自己嫌悪を覚えてしまう。浴槽に入ってみれば実生活では触れ合わないような肌同士が接し、緊張で身体が強張る。


 ぐちゃぐちゃにたくさんの思いを巡らせながら、いつしか私はのぼせていった。


「ねぇ。……ワタシ、アヤメの友達になって良イ?」


 自分の口から出たとは思えないその弱々しい声は、しっとりと浴室にこだました。浴槽の縁に顔を埋めて小さくなっていた私は、恐る恐る彼女の方に目をやる。すると、きっと彼女は本当に何も見えてない様子なのに、この場には何の不安も無いかのような柔らかな笑顔を向けてくれた。


「もちろんだよ」




 スンウにとって清廉情報思想は手段であって目的ではない。

 私にとってのピックス活動の趣旨もそれに準じている。


 だから、トピックストリーマーと似て非なるコンフルエンサーという役割には、実はやや懐疑的だった。事実ベースで議論を展開するピックスに対し、彼女らは共感ベースで目に見えないモノの話をしがちだから。


 けどアヤメを見ていて、今なら何となく分かる気がする。アオ派の目的は情報格差を無くすことだけではまだ半分で、その後に情報弱者だった人々の声を社会に届けようとしている。その想いを集めて掬う役は誰よりも共感力が高い必要がある。


 アヤメはそんな打算で考えてるワケじゃないかもだけど、きっと彼女は私にしたように、コンフルエンサーの活動を通して何もないところからひとりひとりの心を見つめてきたに違いない。



 ――またお話しさせてもらえたら嬉しいな


 寒さに耐えるのも辛くなってきた頃に到着した避難タクシー。その後部座席が開いた時、車内の温かい空気に混じり、不意にそんなアヤメの声が聞こえたような気がした。




 ―磁気嵐到達まで残り1時間42分―


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