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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
184/213

174話 それでなんだかんだわだかまりがとけるみたいな

「さて、小鳥遊氏の居場所ですが、彼は現在インドネシアに潜伏しております」


 老紳士たる内藤氏が切り出したその一言は、流石の俺も予想していなかった。


「我々との協力態勢をロンダリングする為、そして情報の出所を抑えられない為の措置だと、彼は説明しておりました」


 リーク資料を複数のサーバーを経由しアップロードするなどして、尻尾を掴ませないよう工夫の限りを尽くしたのだろう。そして裏を返せば、リーク元を眩しているのにパンゲアの信用スコアを稼げるほど強靭なソースであったことを物語っている。


「いつ帰国されるかご存知でしょうか」

「早ければ明後日にはこちらに顔を出すと伺っております。が、橘さんがお会いしたいという連絡を先んじて入れさせていただきます」

「……彼が私に合わないと言ったら如何でしょう?」

「安心して下さい、それはありませんよ。貴方が万が一にもここに訪れたら、会っても良いと仰せつかっております」


 すべて、おやっさんにはお見通しだったのだろうか。


「ちなみに……そちらのボイスレコーダーにメモリーカードは入っておりませんでしたか?」

 内藤氏により今度は意図の読めない質問が投げかけられる。


「いや……件の録音は内蔵メモリーに保存しておりましたので」

「そうですか……良いでしょう。さて、では橘さんにはこれから、お連れ様3名に事情を説明して説得していただく時間が必要でしょう。説得が終わるまでは、この部屋からお出しできません。勿論、そちらの公安の方がまた銃を抜くなら話は変わってきますが……」

 内藤氏は謎の問いかけのタネを明かさぬまま話を切り替えた。


 甲斐斗は黙って眉間に皺を寄せていたが、流石に拳銃はもう懐にしまっていたので俺は安堵する。


 老紳士はさらに続ける。

「では、黒服は一度退室させましょう。そちらの方がお話もし易いでしょう。私1人は見張りとして残らせていただきますが」

「ご配慮に感謝します」


 内藤氏が目配せをすると、辺りを囲んでいた5名の黒服は部屋を出て行く。最後に内藤氏が扉を閉め、その前に立った。この地下バックヤードにおいて、内藤氏と俺たち4人の間に距離ができる。




 静寂も束の間、俺は真っ先に振り返り、発言できないまま未だソファに釘付けにされている2人――桐谷先輩と秋山へ向けてきっかり90度頭を下げた。


「今まで説明できず申し訳ありません。俺は……私人Xと呼ばれた配信者転落事件の目撃者で、事件前から速水トオルの取材依頼を受けていました」


 こればかりは本当に、信頼してくれる2人に対して俺の弱さが勝っていた結果なのだ。散々相談を聞いて貰っておいて、核心の部分はいつも隠し事だらけだった。ここまでの裏切り行為は、いくら頭を下げたところで許されるものではない。

 だから視線は床から離さなかったが、前方で桐谷先輩が立ち上がる気配がした。


「顔、あげなさい」

 桐谷先輩の無機質な声にどう反応するか迷う間も無く、ぐいっと顎を摘まれ、強引に頭が持ち上げられる。


 パァン!


 頬の衝撃に面食らい、秋山が息を飲む気配を感じた。一呼吸置いてそれが桐谷先輩の平手打ちだったと気付く。


「まったく、とんだ隠し事をしてくれたものね。橘クンの今までの意味深な態度にも頷けて呆れるわ」


 申し訳ない気持ちと、桐谷先輩の熱が痛みとなって、じんじんと頬を伝う。


「も、申し訳ありません……」

「許さないよ、謝って貰っても。私があの事件でどれだけ気を揉んだか。こっちばっかり曝け出して、本当に裏切られた気分。だから暫定許さない。で、次」

 桐谷先輩は今度はその鋭い視線を甲斐斗の方へ向ける。


「ぼ、僕にも桐谷先輩には説明しなければならない事情が……」

 甲斐斗のたじろぐ様は、とても銃を携帯して潜入してきた公安の捜査官とは思えない。しかし桐谷先輩は問答無用と言わんばかりに、彼の方へズカズカと歩み寄っていく。


「言い訳は後」


 パァン!


 有言実行。

 桐谷先輩は本当に甲斐斗の頬も引っ叩いた。


「分銅祭での都築クンの姿を見て、こっちがどれだけ失望してどれだけ心配したか、その痛みで知りなさい。……どうせやりたくてやってるんじゃないでしょ、その仕事。顔見れば解るんだから」

 甲斐斗の瞳はここへ来て初めて、また少しだけ俺の知っているかつての色に近付いた気がした。やはり桐谷先輩には敵わない。


 そして彼女は最後に、未だソファに取り残された秋山の方を振り向いた。その勢いに、秋山はビクッと身体を硬直させる。


「秋山さん、貴方は良いの? 好き放題やってくれたこいつら、殴っとくなら今ですよ」

 そんな言葉に、秋山は安堵の苦笑いを浮かべる。

「ははっ、自分は大丈夫っス。乙郎サンの事は事件前後の様子も見てましたし、もしかしたらそんな可能性もあり得るのかなって心の隅で思ってたんですよ。それに都築サンに関しては……」


 秋山が甲斐斗の方を見る。

 それは自分のキャリアを歪ませた憎むべき相手の筈だ。


「……横暴の裏にどんな意図があり、どんな正義があったのか、聞かせて欲しいとは思うっス。自分から見た都築サンは公権を振るう警察でしかないですが、今ここに居る彼はそれだけでは無さそうですので」


 視野の広い後輩はそう言うと、俺の方へ目配せをした。


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