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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第09章 形而上ダブルイフェクト
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171話 【SIDE-都築甲斐斗】ある密室における視点 甲

 皆国党が下野に向けて水面下で動き出した年末、まるで証拠を隠滅するかのように聡美様の居る研究チームは解体された。それに伴い、聡美様は豊島区の帝国研究病院へ左遷となる。あの郷田都知事の娘という追求されやすい立場でもある手前、なるべく遠ざける必要があったのかもしれない。

 彼女は研究を続けられないことに悔しがるかと思ったのに、少なくとも僕の前では気丈に振る舞っていた。


 そして職場が東京ベイエリアから遠ざかってしまった事により、聡美様が僕の部屋に訪れる事も無くなった。年が明けて早1ヶ月が経ったのに、今年はまだ彼女の顔を見ていない。詳しくは聞いていなけど、新天地での仕事は以前にも増して忙しいらしく、便りも少ない。


 デバイスジャックの研究について聞かせてくれた聡美様に対し、僕は未だ幾つもの秘密を明かさず振る舞っている。そこに引け目を感じていたので、こちらから積極的に連絡を取ろうという気は起きなかった。



 そして2月の頭。

 ついに衆議院は解散し、世間では政権交代の気運が高まりを見せている。これを皆国党上層部の思惑通りだと知る者は少ない。


 そんな折、人々が時代の節目に湧きメディアが選挙戦を追う喧騒に紛れ、ついに秋山氏が動いたのを僕は見逃さなかった。乙郎を連れ、行き先は静岡県浜松市。この場所へ行くのはきっと乙郎の提案。

 報道革命のドキュメンタリーを撮るという名目なら避けては通れない現場へ、私人Xと共に向かったという事実は放ってはおけない。


 だから僕も、その場へと急行したんだ――




「動くな」


 そして今、僕は日笠ファクトリーミュージアム地下のバックヤードルームにて、日笠の黒服相手についに拳銃まで抜いてしまっている。

 黒服に紛れる事は公安警察の任務としては決して不可能な事では無かった。けれど事情を知るB班の孫六氏に手伝わせこそすれ、現場に居る公安は僕一人。乙郎を追う件は裏の“政治”が働いているので課長は目を瞑ってはいるけど、潜入と拳銃所持は本来の僕の任務を逸脱している。


「どうして、ここまで来ちゃったんだ……!」

 それは、僕から乙郎への心からの訴え。


 僕が暴くべきだった、日笠と国の癒着のスクープ。例えそれで大和新聞社に居れなくなったとしても、あの時点で乙郎より幾分も間近で触れていたのだから、僕が背負うべきだった。

 だからせめてもの贖罪として、その後始末は僕の手でつけようと心に決めていた。なのに、様々なボタンをかけ違った結果がこの有様だった。


「――久しぶりだな、甲斐斗」


 でも乙郎のこの反応はどういうこと?

 まるで、僕がここに現れる事を想定していたかのように動じない表情で、そして何か期待すら孕んだ視線をこちらに送っている。そんな目で見られる筋合いは……無い。


「警視庁公安部第6課です。各自、妙な動きは見せないように……!」

 僕は乙郎から視線を外し、銃口を向けた老紳士――内藤氏を相手に片手で警察手帳を提示する。私情を抜きにしても、荒事を示唆させたこの日笠の黒服たちを自由にはしておけない。


「これは橘さんの謀りですか?」

 横目で僕の手元を見た内藤氏は、すぐに視線を乙郎へと移して問いかける。拳銃を向けられているのに随分と落ち着いた様子なのは、僕としては芳しくない。


「役者は揃いました。もう言い逃れはさせません。この日笠ファクトリーミュージアムで人員配置を大幅に変更してまで守らねばならなかったもの――“小鳥遊丈”を出して下さい!」


 そう言い放った乙郎の言葉を、僕はすぐには咀嚼しきれない。


「何を言うかと思えば……小鳥遊とやらの居場所をお伝えするなどと啖呵を切っておいて、挙句の果てに我々に出せなどと」

「小鳥遊丈は貴方たちに匿われています。これに、見覚えはありませんか?」


 乙郎はスマホより少し小さいくらいの黒い機器を取り出し、スイッチを押した。


『郷田氏の次の政策で新規格のタクシー車両や車載システムが必要になるとしたら――その事業で民間パートナーを選ぶ際の入札条件にそれらの技術実績を含めてしまえば、事実上の官製談合が成立するでしょう――』

「――これは6年前、私がここの屋上で発した言葉の録音です。速水トオルと共に日笠を糾弾したこのボイスレコーダーはその後、貴方に取り上げられてしまいましたね」


 和義様の推理通り、やはり乙郎こと私人Xが速水トオルの裏で癒着の真相に迫ったブレインだったと、この音声は物語っている。


 内藤氏は黙って乙郎を睨みつけている。

 桐谷先輩や秋山氏は呆気にとられて、ただただ乙郎の次の言葉を待っていた。


「しかしこのレコーダーはいつの間にか小鳥遊丈が手にしていました。どうやって盗み出したのか、そんなこと不可能ではないかと私はずっと考えていました……が、答えはその逆。これがツワブキの手元に戻ったという事は、日笠と小鳥遊が協力体制になった事を意味するのです」


 推理の端々を支える情報は、公安の僕ですら知らなかったものも多い。けれど乙郎が、小鳥遊丈と日笠がグルである可能性をここに突きつけていることは事実。


 やはり乙郎は真実を求める覚悟も、理想を体現しようとする姿勢も、情報を組み立てて真実に辿り着く能力も兼ね備えている。例え業界を去ろうと、彼のジャーナリズムは死んでない。

 僕なんかよりずっと、真摯に――


「……成程。相変わらず、無粋に割って入ってくるのですね」


 ため息混じりの内藤のそれはまるで、乙郎の主張を認めて観念したかのような発言。だとすると和義様と一連托生だった筈の日笠が、裏では小鳥遊丈と繋がっていたということ……!


 でもそれが真実なら、ここでリーク資料を押収できるチャンスだ。拳銃まで抜いてしまった僕はもう後戻りできない。なら強引にでも小鳥遊丈を引き摺り出してこちらの要求を押し通したい。

 一筋縄ではいかないだろうけど、もし交渉の余地があるのならせめて聡美様の名前だけでも資料から抹消できれば、彼女のことだけでも守ることができる……?



 ピピピピ……

 と、不意に内藤の懐から電子音が響く。それが何かの合図かのように、老紳士は緊張の和らいだ表情を見せた。


「ふっ、どうやら貴方たちは一手遅かったようです。もうここに縛る必要も無くなりました」


 その内藤の発言にハッとした乙郎が、真っ先にスマホを取り出す。まだ話について来られていない様子の桐谷先輩や秋山氏も、異変を察知して乙郎のスマホを覗き込む。


 僕はは内藤から目と銃口を離せなかったけど、しかし確認なんてしなくても何が起きたかは想像に難くなかった。

 そしてその答え合わせをするかのように、乙郎がスマホでパンゲアのトピックを読み上げる。


「『首都圏在住の若年層 太陽フレアで甚大な健康被害の可能性を示唆した研究資料が流出』――影響ランクは、S……!」


 ――間に合わなかった。


 和義様の言葉により、今まで自分が欲していたものが強者からの承認だと気付いた僕は、今度こそそれと正面から向き合い、そして否定する為にここへと駆けつけた。

 それは和義様の期待を無下にし、そして己の信念をも捻じ曲げた決心――だったのに、その苦渋の選択すらも嘲笑われるかのような結果となってしまった。


 これでは聡美様の研究チームが非難されるという、僕が最も避けたかった結果になってしまう。そして日本中がパニックに陥るという、彼女が最も避けたかった結果になってしまう。



「――まだだ」


 もはや拳銃を握る手も綻び、諦めの境地に誘われかけた僕を引き留めたのは、あの頃と変わらず前を向いている頑固な親友の、眩しさすらも感じてしまう言葉だった。


「まだ出来ることはある。甲斐斗、力を貸してくれ」


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