124話 交感警報
あれ以降。
再びトオルの尾行を試みたが、彼が家に引き篭もる事が多くなったことでそのチャンスは訪れなかった。同居するアカリ曰く、トオルは今や大学にも行かずXデーの配信準備に明け暮れているらしい。
トオルはこの2週間足らずでより知名度を上げ、直近3日は毎日生配信をしてXデーへの期待値を上げていた。解説系インフルエンサーの初めての凸配信。それが現体制への特大スクープと仄めかされていたのだから、視聴者も盛り上がっていた。
そしてそういったトオルの宣伝は、俺の推理を補強した。何故なら、視聴者への煽り方は御家騒動程度じゃ収まらない熱量だったのだから。
俺はというと、日笠と国交相の癒着の裏取りへと励んだ。トオルの追っているスクープが例え御家騒動の方だとしても、この疑惑がシロになる訳ではない。ならばジャーナリストとして出来うる限りの準備はしたい。
先ずは大臣動静一覧で晩餐会の開かれた日の郷田国交相の動きを確認するが、やはり大きな仕事は入っていない。これはスケジュール上は出席できたことを意味するだろう。
日笠重工が近年のモーターショーに出展していた事実を知り、ツテのある自動車雑誌の記者にも当たった。
大枠はその専門誌を読めば分かるだろうが、生憎俺は自動車産業に造詣が深く無い。だからその専門記者の口から、もし国から大きな受注が日笠重工に来るならどんな事業だろうかという視点で聞き込みをした。
日笠正造、郷田和義双方の過去のインタビューや自伝なども読み漁る。彼らがどういった考えで、何を大切にし、どんな未来像を描いているのか。もしそこに共通項があるなら、それが2人を引き合わせたかもしれない。
他にも、可能性を僅かでも感じた先には極力探りを入れた。
ホテルサンシェードに食材を卸している業者や、リネンサプライの業者の者に、別件の取材を装いそれとなくパーティの傾向を聞き込む。本当は専属シェフなどのより中枢に関わる者と接触したかったが、怪しまれるのだけは避けたかったので我慢だ。相手方を警戒させてしまえばトオルも動き辛くなり、Xデーへの計画が狂ってしまうかもしれないのだから。
移動は経費の許す限りタクシーを利用した。
郷田周りの近年の働きで一番目立つのが、半年前に施行された個人タクシーの法改正だ。確かこの前アカリと見たドキュメンタリーでもそんなのをやっていた。だからタクシー業界に何か変化が起きているとしたらそれは郷田の目論見に違いない。まだ表面化していないような異変も、ドライバー当人たちなら感じ取っている可能性がある。
幸い、タクシードライバーというのは世間話が好きな人種だ。俺はこまめにタクシーを拾い、積極的に話を振った。
そしてやはり、最も貴重な情報を持っているのはアカリだった。
「その老紳士って、多分内藤だね。幼い頃……まだ日笠とボクたちに家族並みの交流があった頃に、特に良くしてくれた日笠の使用人がその内藤だった。兄ちゃんは日笠家と絶交してからも内藤とは個人的に会ってたっぽかったし。だから今回も、正造とお兄を引き合わせる策を講じてくれたんじゃないかな。流石に配信のコトまでは話してないと思うけどね」
俺の部屋であらためて尾行取材の報告を聞くと、アカリはそんなふうに説明した。あの観覧車の日を経て、もう彼女が俺のベッドに我が物顔で胡座を描いているのも見慣れたものだ。
「それに、湖畔のテラスって言ってたんだよね? ……確かにあそこは落ち合うのに丁度良いのかも」
トオルをホテルサンシェードまで尾けた日、老紳士との会話の中で聞いた『湖畔のテラス』という単語。そんな場所は探せばいくらでもありそうだ。だからアカリからの情報が無ければ、その場所を割り出すことは厳しかっただろう。
日笠重工でも指折りの規模を持つ浜松工場には、工場見学施設である日笠ファクトリーミュージアムが併設されている。その屋上にある展望カフェテリアこそが湖畔のテラスであり、隠し子の存在を分家や社員に知られる訳にはいかなかった正造の、秘密の思い出の場所だったそうだ。
経営者たる正造の一言で貸し切ってしまえば、もう誰にも介入されない秘密基地。そこで幼き日の子供たちと父親は、僅かばかりの時間を過ごしたと、アカリは語った。
「アイツとの思い出なんて、そのテラスで遊んだ時のことくらいしかない。ボクはまだ6歳くらいで、その頃は無邪気に父さんなんて言って慕ってて、屋上から見える湖畔に広がる工場地帯の景色全部が父さんのモノだっていうのが、誇らしかった」
アカリはやや苦々しそうに狭い床を見つめながら、そう話した。
「でも今の正妻と結婚した15年くらい前から、アイツとの交流は途絶えた。母さんは所詮気まぐれで引っ掛けた水商売の女で、ボクらは中国とフィリピンの血が混じった隠し子……その存在自体が厄介者」
正造は由緒正しい家柄の妻を正式に迎え、そして跡取りとなる子を成すつもりだったのだろう。だからアカリ達を遠ざけた。それを今更、正妻との子宝に恵まれないばっかりにトオルを家に連れ込もうというのだ。
「お兄はそれが許せなくて、きっと後継者問題を公にする事で日笠の家に意趣返ししようとしてる……ボクもずっとそう思ってた」
ベッドに座っているアカリが、ベランダで洗濯物を干していた俺の方を見上げる。その瞳には静かながらも揺らぎのようなものが感じられ、俺の手が止まる。
「でも、兄様は私怨に染まった復讐じゃなくて社会の問題と闘うつもりなのなら良いなって……キミの話を聞いて、そう思ったぜ」
アカリは揺れていた。
「それは俺の考えだろ? アカリにとってはトオルの身が危険に晒されないような、内々で処理できそうな身内のスクープの方が良いんじゃないか?」
「意地悪言うじゃん、解ってるくせに。……ボクだって本当は、兄さんが自分だけの為じゃなくて、弱い立場の人々の為に活動してくれてる方が嬉しいに決まってるじゃんか」
恐らくアカリは、父親のことをトオルほど憎んではいない。
恐らくアカリは、母親の不遇をトオルよりも嘆いている。
無知故に損を押し付けられている母親のような人たちに、救いの手が差し伸べられる事を望んでいる。
「だってそっちの方が、キミの望む世界にも近づくだろ? だったらボクも、そっちの方が良い」
国交相の郷田が日笠の接待を受けている可能性について、俺はツワブキに報告出来ずにいた。そんな大層なスクープだという確証は乏しかったし、それを確かめるためのXデーなのだから。
……なんて言っても、つまるところ本当は俺の中でまだ第七號島の件が尾を引いていたのかもしれない。トオルの案件が大きなスクープならなおさら、今度こそ自分でその瞬間を見届けたいという願望。そしてトオルとアカリを俺の力で守りたいというエゴ。
スクープに対して、こんなアンフェアな感情優先の決断をしたのは後にも先にもこの時だけだった。だからきっと、そんな不純がこの先の未来を呼び寄せたのだろう。




