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159話 動きだした影

 数日ぶりに帰還したリザードマンの村は、俺たちが発つ前とは比べ物にならないほどの熱気に満ちていた。

 広場には急ごしらえながらも立派な観客席が組まれ、その中央では村人たちが何やら巨大な舞台のようなものを組み立てている。

 活き活きとしたリザードマンたちの声が村全体に響き渡っていた。


「すげぇ気合い……言い出しっぺとしてプレッシャーを感じるぜ」


 すれ違う村人とあいさつを交わしながら、俺は内心冷や汗をかいていた。

 一方ギリムは彼らの仕事ぶりにご機嫌だ。


「建築の基礎を少し教えただけじゃが、思っていたより器用な奴らじゃな。ようやっとる」


 活気の中心では小さな影がちょこまかと動き回り、的確な指示を飛ばしていた。

 大会運営とパペット制作顧問を受け持つ有能使い魔ドクンちゃんである。


「そこの骨組みグラついてるじゃない、危ないでしょー!? 安全を軽んじる者は死よ!」


「シャッ!」


 威勢のいい返事だ。

 でもリザードマンたちに通じているのだろうか。


「ドクンちゃん……すっかり現場監督だな」


 あるときはマスコット、あるときは元リッチ、そしては今はパペットバトルリーグ運営委員として、その辣腕を存分に振るっているようだった。

 俺たちの帰還に気づいたドクンちゃんが、ぴょんとこちらに跳んでくる。


「マスター、ギリムちゃんおかえりー! ボディの検証はどう?」


「それが難航しとる。実は素材が――」


 ギリムが嘆息し、俺が概要を伝えた。

 ボディの設計はほぼ完成したが、魔力伝導率の高い貴重な素材がなければ実用に耐えないこと。

 もしかすればゲイズの古城、宝物庫にあるかもしれないこと。

 そのための道をドクンちゃんが知っているなら教えてほしいことを。

 聞き終えたドクンちゃんは、やたらと頷きながら目を左右に泳がせる。


「へー、魔力伝導率の高い素材って貴重なんだー、それは困ったよネ。たしかにゲイズなら持ってたかもだよねー……えっとぉ、行き方はねぇ……」


 歯切れの悪いドクンちゃん。

 もしや古城に戻るのは困難なのだろうかと思ったそのとき――


「フジミ、帰っていたのか」


「……えっ?」


 凛とした、しかしどこか柔らかな声が俺を呼び止めた。

 振り返った俺は言葉を失う。

 そこに立っていたのは、アイリーンを伴う長身の美人だった。

 確実に知らない人物だが、不思議と見たことあるような気もする。


「はぁ……男のリアクションなんてあんなもんですわよ、リゼルヴァさん気を落とさないでくださいませ」


 隣のアイリーンがため息を吐いた。

 その言葉を聞いて俺はもしやと思い至る。


「もしかしてリゼルヴァ? 見違えたな!」


 筋肉達磨だった以前とはまるで別人だ。

 鎧のような筋肉も長大なヒゲもない。

 いや、外見を変える術を使っているのだから別人の姿になるのは当たり前なんだけど、にしたって変わりすぎだ。

 燃えるような赤髪はそのままに、筋肉質かつしなやかなシルエットの女傑に仕上がっている。

 ギリム由来のマッチョの面影をほんの少し残しているが、それがほどよく野生的な魅力を添えていた。

 よく見ると随所に鱗が生えていて、いい塩梅でドラゴン娘っぽい。

 なんというか、種族が変わったのにとても『リゼルヴァらしい』。


「はぁ、ずいぶん細っちょろくなったのう。ヒゲはどうしたんじゃ」


「いや、要らないから。すげぇ! 美人美人」


 不服そうなギリムを黙らせて拍手を送れば、リゼルヴァは照れ臭そうに笑った。

 美人は笑っても美人だ。

 やはり人間の顔は表情が分かりやすくていい。


「まぁ細部はまだまだ鱗で誤魔化しているがな。それもこれもアイリーンのおかげだ、本当に感謝している」


「リゼルヴァさんのためなら協力を惜しみませんわ!」


 リゼルヴァに手を取られたアイリーンが、とびきり微笑んだ。

 かと思うと俺を睨んで顔をそむけた。


「なのでカスデュラハンのためじゃありませんわ」

 

 急にカスって言った?

 態度違いすぎない?


「それよりも! やりましたわドクン先生、昨日いただいた素材を組み込みましたらほら、こんなヌルヌル動く様に!」


 アイリーンは、自前のゴーレムを呼び寄せる。

 無駄にバク転をしながらやってきたゴーレムは、今度はブレイクダンスのような動きを決めた。

 シンプルな造形ながらキレッキレである。

 まるで体操のオリンピック選手のようだ。


「すごいな、スタイリッシュすぎて逆に怖いわ」


 大会用ゴーレムの素体はゴブリンと同等の運動能力だったはずだが、明らかにレベルを超えた身のこなしだ。

 ギリムも舌を巻いている。


「ほう、なかなか筋がいいではないか。姿勢制御も見事じゃ。秘訣はなんじゃ?」


 ゴーレムに詰め寄るギリム。

 するとドクンちゃんが慌てて割って入った。


「そ、そそそそうでしょ? アイリーン、すごく頑張ってるんだから! ほらこれ以上は本番のお楽しみーってね? ね?」


 たしかに審査員である俺が、事前に参加者の情報を知ってしまうは公平性に欠けるものな。

 にしても取り乱しすぎじゃない?


「そうそうギリムさんにも、見てもらいたい部分がありまして」


「あっ、ダメ――」


 ドクンちゃんの静止も聞かず、アイリーンによってゴーレムの胸部が開かれる。

 ドクンちゃんが跳ねて視線を遮ろうとする、が間に合わない。


「な……っ!? ななな」


 ギリムの目が釘付けになり、止まった。

 一瞬ののち、浅黒い顔から血の気が引いていく。

 自慢のヒゲがわなわなと震え、指先が一点を指したまま固まった。

 示すのはゴーレムの核に隣り合うように収まる、小石のようなもの。

 鈍い輝きを放つ金属のようにも見える。


「おい、小娘……その石は……どこで手に入れた……?」


 小さいが迫力のある声音でギリムが問う。

 ただならぬ様子に、アイリーンが目くばせしてきた。

 いや、俺にも心当たりはないって。


「これですの? フーちゃんが吐き出したものを、ドクン先生がカチ割った一つを頂いたのですけれど……何か問題でも?」


 アイリーンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ギリムは膝から崩れた。

 次には空を仰ぎ、村中に響き渡るほどの声で絶叫した。


「馬鹿者ぉぉぉぉぉっ!! それは……それは、伝説にして幻の金属、《響銀|レゾニウム》の原石じゃぁぁ!!」


 ギリムの叫びは、祭りの準備に沸いていた村の喧騒を、一瞬にして静寂に変えた。

 すべてのリザードマン、そして俺たちの視線がギリムに注がれる。

 ドクンちゃんだけは、なぜか自分の頭にコツンと手を当てて舌を出してた。


「レゾ、なんて?」


 打ちひしがれているところ悪いんだが、説明をお願いしたい。


「『魔力伝導率の高い素材』の最高峰、伝説の逸品じゃ!」


「オゥ」


 まさかの返答に変な声が出てしまった。

 探し求めていた品が、フーちゃんによって生み出されていたとは。

 レゾニウムが如何にに素晴らしい素材で、貴重なのかをギリムが早口で教えてくれた。

 なるほど、これでボディは完成したも同然ってことだ。

 なんだよ、いいニュースじゃないか!


「じゃあアイリーン、悪いけどレゾニウム返して」


「は? お断りですわ」


 アイリーンに手を差し出すと、間髪入れずに叩き払われた。

 ひどい。


「返すもなにもアナタのものじゃないでしょう」


「……それも、そう、か」


 釈然としないが、よくよく考えればフーちゃんの排泄物の所有権は誰にもない。

 とはいえレゾニウムがないと非常に困るのである。


「ドクンちゃん、残りものでいいから一旦あるだけちょうだい」


 こっそり離れはじめていたドクンちゃんに声をかけた。

 全方位認識可能になったデュラハンアイからは逃げられんよ。


「えっとー……無いの。ぜんぶ配っちゃったから」


 気まずそうに笑うドクンちゃん。

 固まる俺とギリム。

 わずかな淡い期待を抱いてドクンちゃんに問いかける。


「……一つも無い?」


「一つも無い」


「……ほんのちょっぴりも?」


「ほんのちょっぴりも」


 《響銀|レゾニウム》。

 俺の理想のボディを完成させる、唯一無二の素材。

 求めていた答えが、こんなにもあっさりと、思いもよらない形で目の前に現れ、散った。

 しんどくなった俺は、ギリムの隣に静かに腰をおろした。


 ***

 

 抜けるような青空の下、期待に彩られたざわめきが村を満たしている。

 広場に設えられた特設闘技場は、立ち見が出るほどの盛況ぶりだ。

 皆、これから始まる未知の催しに目を輝かせている。

 俺たちの世界で言うところの、ワールドカップ決勝戦くらいの熱気と言っても過言ではないだろう。


「――これより! 第一回ゴーレム対スケルトン対抗戦、通称パペトルバトルリーグの開催を宣言する!」


 闘技場の中央に立った族長が、喉を張り裂くばかりに叫ぶ。

 呼応するように、観客席から割れんばかりの拍手と雄叫びが巻き起こった。

 いやぁ、壮観だな。

 言い出しっぺとして感無量である。


 族長による、ざっくりとしたルール説明が続く。

 参加者は自らが制作したゴーレム、あるいはスケルトン――すなわち『パペット』を使役して一対一で戦う。

 相手のパペットを戦闘不能にするか、降参させれば勝利。

 トーナメント形式で頂点を決める。


 出場者はホルン、アイリーン、村長、リゼルヴァ、ドクンちゃん、ギリム。

 俺は審査員である。

 勝敗はバトルで決するが、なぜか審査員がいるのである。

 ちなみにギリムとドクンちゃんも審査員を兼ねる。


 そして、栄えある優勝者には……。


「優勝賞品は、なんとぉ! 審査員長フジミ殿の『なんでもお願いきく券』じゃあ!」


「シャアアアアアアッ!!!」


 それ本当に欲しい? 無理して盛り上げてない?

 俺のささやかな人権と引き換えに、ボルテージは最高潮に達したようだ。

 まあ、盛り上がってるならヨシとしよう。


 俺は、闘技場を最前列の審査員席に腰かけ、にこやかにその光景を眺めていた。

 隣には同じく審査員を務めるギリムと、審査員兼解説役兼運営を買って出たドクンちゃんが座っている。

 ドクンちゃん、何から何までありがとうね今回。


「……すっかり忘れてたけど、事の発端てゴーレムとアンデッドどっちが強いかだったよな。趣旨変わってない?」


「盛り上がればなんでもいいんじゃない?」


「それもそうか。 ……みんな楽しんでくれよな!」


 俺の一声に会場は割れんばかりだ。

 ……デュラハンスマイルを振りまく俺の脳裏に、昨夜のギリムとのやり取りが蘇る。


 ***


 大会開幕から遡ること数日。


 深夜、ギリムの作業場にて。

 伝説の素材、響銀レゾニウムがパペットバトル参加者たちに分配されてしまったことを知り、俺とギリムは頭を抱えていた。

 これ以上ない探し物が、一足違いで全て持っていかれてしまったのだ。


「終わった……俺の最強デュラハン計画が……」


「いや、終わってはおらんぞ」


 絶望する俺とは対照的に、ギリムは落ち着いていた。

 尋常ならざる取り乱し様からして、取り返しのつかない事態になったと思っていたが、そうでもないらしい。


「響銀は確かにパペットに組み込まれてしまった。じゃが、消耗品ではない」


「というと?」


「鈍いのぅ。パペットから回収すれば普通に使いまわせるということじゃ」


 そっか。

 その言葉は、暗闇に差し込む一筋の光だった。


「なるほど。つまり俺が優勝すればいい、と」


 なんでもお願いを聞く券で、レゾニウムをおねだりすればいいのだ。

 俺が『フジミがなんでも言うこときく券』を使った場合の処理は……よく分らんがいけるだろう。


「いや、お主は審査員長じゃろうが。参加できんだろ」


「あー、そうだった」


 ボディ検証のために俺は不参加となっていたのだ。

 そもそも俺が留守にしている間の研修として企画したんだもの。

 どうするかな……よし、魔族らしくダーティにいくか。


「大会編ってのは、悪の組織が横槍入れるのが形式美だよな」


「どういうことじゃ?」


 ククク……。

 こうして陰謀もまた動き出したのであった。


 ***

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