5 未来投影の謎
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朝、いつものようにケータイのけたたましい電子音で僕は目を覚ました。
また、あの夢だ。
僕が大学二年生になっていて、天文部という変な部活にいる夢。新入生であるちなみちゃんに一目ぼれした、天文部に来てくれた彼女は同じクラスのちなみさんと比べると髪も長いし、茶色に染めているし、私服姿ということもあり最初は別人だと思っていた。でも今回の夢で確信した。彼女はちなみさんだ。僕とちなみさんはなぜかお互いのことを覚えていないようだったけど。
最近、これは夢ではないのかもしれない、と疑い始めるようになった。何度も繰り返される、不思議であまりに現実的な夢。僕は疑いを抱かずにはいられなかった。思い出せるのはここ三日間の夢だけだけれど、思い返してみればもっと前から、同じような、大学二年生の僕の夢ばかりを見ている気がした。最初のころはさほど気にしていなかったし、その日見た夢はその日のうちに忘れることがほとんどだった。しかし、こうも立て続けに同じ夢ばかりを見るとなるとさすがに不審に思うようになって、夢の内容も忘れなくなってきた。
この夢は普通ではないと、少なからず感じていた。
夢にしては話のつじつまが合いすぎているのだ。僕が大学二年生でちなみさんが新入生なのは、嫌な彼女が浪人をしていたからと夢の中で本人も言っていたから理に適っている。
僕も夏芽さんも周りの人もそうだが夢特有の常識から逸脱した行為を起こさない。
加えて夢の中の僕は、高校三年生の僕が知らないことを知っている。たとえば、「つきじ」だ。話の流れ的に「つきじ」は地名なのだと推測できた。東京の中では有名な場所なのかもしれないが、僕は「つきじ」という地名自体初めて聞いた。
今日の夢で話題にあがった「かいき日食」もそうだ。僕は天体に何の興味も抱いていないし、もちろん「かいき日食」なんて言葉は夢の中で初めて聞いた。
ちなみちゃんは言っていた。
『そういえばもうすぐかいき日食ですね』
『今年の夏、太陽が月に覆われ、世界から光が失われる』
僕はもしかすると、という推測を立てていた。もし僕の推測が正しければ、これからの生活はがらりと違うものになる。あまりにその推測が突飛すぎて、僕は何度もその可能性を否定し続けてきた。しかし、これできっと明らかになる。僕の推測が正しいかどうか。
疑惑を明らかにするため、僕はコンタクトをつけインターネットを立ち上げた。今日は土曜日、時間はたっぷりある。
頭のなかで「かいきにっしょく」と唱え、検索してみる。予測変換で〈皆既日食〉と出た。かいき日食のカイキって怪奇じゃなかったのか・・・とそこで初めて知った。漢字に変換してから改めて検索すると、サイトがいくつか表示された。
「・・・」
僕は目を見開いた。体に寒気が走るのをありありと感じる。
『二年後の夏、ついに日本で皆既日食!』
僕は急いでそのサイトを開いた。見ると、二年後の8月24日、日本の北部で皆既日食が見られるということが書かれていた。驚きとともに、僕の推測が正しかったということが証明された。されてしまった。夢の中の僕は大学2年生だから今の僕の二年後の姿ということになる。そして、未来のちなみさんが言っていた皆既日食が起きるのが二年後の夏。
これはただの偶然?
毎日、同じ夢ばかりを見る。
それがあまりにリアルで、繋がりがある。
そして、夢にしては理屈が合いすぎている。
さらには、夢の中の僕は僕の知らないことまで知っている。
これは本当に夢なのか?
いや、違う。僕は、
僕は、未来を見ている。
「そんなわけあるか!」
教室で詠太が大声で叫んだ。
「いや、僕だって最初はそう思ったんだよ。でも、あの夢が僕の未来の姿だと仮定しても、ほとんど矛盾がないんだよ!」
毎週土曜日は詠太が学校に来て教室か図書館で自習していることを知っていたので、僕は夢のことを詠太に少しでも早く伝えるため、ぱぱっと着替えて学校へと向かった。案の定、教室には詠太がいた。
「夢っていうのは自分の潜在的記憶をもとにして作り出されるって聞いたことがあるんだ。でも僕は聞いたこともない皆既日食のことを、起こる年月まで知っていた。それが何よりの証拠だろ?」
「健がたまたまニュースかなんかで皆既日食のことを聞いていただけだろ。それを無意識的に覚えていたんじゃないのか?」
「たとえそうだとしても、普通皆既日食が二年後の夏に起こることまで覚えてる?」
「それは・・・」
詠太は反論できず苦い顔をした。横を向いて少し考え込んだ後、詠太は再び口を開いた。
「夢っていうのは自分の欲望とか願望とかが反映されているって聞くけど、まさにそれじゃないのか?志望校だった南大学に合格して、若返り薬を完成させている。まさにお前の理想通りじゃないか」
確かにそうなのだ。この夢が本当に僕の未来の姿だったらどんなにいいことか。何も言い返せなかった。
「それに、この夢が健の未来の姿だというには大きな矛盾があるだろ」
来たか。僕はわかっていた、必ず突っ込まれるであろうと。僕は覚悟を決め、彼の言葉を待った。
「おまえもちーちゃんも、お互いのことを知らない。まるで、初対面みたいに!」
「・・・痛いところを突いてくるね」
僕は苦笑した。もしあの夢が未来を投影しているというのなら、僕とちなみさんはこの先、お互いのことを忘れてしまうということになる。
「正直その点は僕の中でずっと引っかかっていたんだ。僕とちなみさんは隣の席同士こうして仲良くやっている。だから二年やちょっとでお互いを忘れられるような関係ではもうなくなっているはずなんだ」
「忘れられるような関係じゃない・・・?」
「あ」
僕の失言を彼は見逃さなかった。昨日の帰り道のことは黙っておこうと思っていたんだけどなあ・・・。
「それって、どういう関係なのかなあ?」
やばい。これ以上言い逃れできそうな感じではない。はあっとため息をついて、僕は観念することにした。
「昨日、帰りがたまたま一緒になって、それで結構仲良くなって」
「ほうほう」
「そのあとなんだかんだで一緒に長岡花火に行くことになりました」
「へえー、ふーん」
視線をそらしていても詠太のにやにや顔が目に浮かんだ。
「あの奥手な健がね・・・頑張ったねー」
詠太は逆上がりが初めてできた子どもを褒めるように僕の頭を触った。
「子ども扱いするなよ」
恥ずかしいけれど、気になる子を花火に誘えたことに少し得意げになっている自分がいて僕もまだまだ子どもだなあと思った。
「まあ、話の流れ的に行くことになっただけだよ」
僕はたいしたことない風を装った。本当は緊張で心臓バクバクだった訳だけど。
「絶食系男子である健が花火に誘うくらいだからな、相当いい雰囲気だったんだ?」
「絶食系ってなんだよ」
「草食系男子がレベルアップしたやつ。女の子に一切手を出せない」
「そこまでひどくないよ僕!」
実際あの日は最高にいいムードだったと思う。だからこそ二年程度でお互いを忘れられるような関係ではなくなったと感じていたのだ。
「健がデートかあ」
「で、デート⁉」
「二人きりで花火に行くんだから、それはもうデート以外の何物でもないだろ」
「ま、まあ・・・」
完全にデートということを意識していなかった。あのときは勢いで誘ってしまったけど、よくよく考えればこれはデートなのだ。『ごめんね、待った?』と笑顔で駆け寄るちなみさんを想像するだけで顔がにやけてしまいそうになる。
「俺も一度行ったことがあるけど、帰りの電車はめちゃくちゃ混むから覚悟しとけよ」
「分かってるよ」
僕は完全に浮かれていて詠太の警告を軽く受け流した。
「もし、仮にだけれど健は未来が見えるとしたら、健もちーちゃんもお互いのことを忘れちゃうってことだよな。お互い忘れたフリをしていた、という可能性は?」
僕はかぶりを振った。
「そういう感じじゃなかった。夢の中の僕は完全にちなみさんのこと知らなかったし、それはちなみさんも同じだと思う」
僕は夢の中でちなみさんと出会ったとき、心の中で『今まで見た覚えもない』と呟いていた。詠太は考え込んだまま、ピクリとも動かなくなった。
「詠太?」
「よし、見た夢が未来の姿を映しているというこの能力を、未来投影と名付けるとしよう」
「未来投影って、そんな大げさな・・・」
「健はこの夢が未来投影かただの夢か、明らかにしたいんだろ?」
僕はこくりとうなずいた。しかし、詠太の口角がくっきりと上がるのを見て僕は、素直にうなずくべきではなかったと後悔した。
「・・・おもしろい、じゃあ確かめに行こうぜ」
「・・・え?」
「明日一日予定開けておけ」
「でも明日は塾が・・・」
「一日くらいサボっても大丈夫だろ。じゃあ明日の朝七時、新潟駅集合で」
僕がいろいろ聞く前に詠太はどんどん明日のことを決めていく。
「ちょ、ちょっと、そんな朝早くに集合して何するつもり?」
「東京」
「・・・なんだって?」
「明日東京行くぞ」
「はい?」
そのときの詠太の顔は、いたずらを思いついた少年のように楽しそうだった。
次の日の朝七時三十分、詠太に言われた通り僕らは東京行きの新幹線の切符を買い、ホームで列を作っていた。
「まさか本当に行くことになるなんてね・・・。まだ現実感ないよ」
「あと二時間もすれば嫌でも実感することになるよ、ああ、東京にいるんだって」
修学旅行初日のようなそわそわした気分の中、僕と詠太は二階建ての新幹線に乗り込んだ。詠太はボタニカル柄で黒地に赤の半そでシャツに黒のスキニーと、相変わらず僕には着こなせないようなチャラい服装を身に纏い、ご機嫌な様子だった。
『発車いたします』
「まさか東京に行って南大学を見に行こうなんて言い出すとは思わなかったよ。しかも前日に」
僕は田園風景の続く窓の外を眺めながら言った。
「まあまあ、夢の舞台は南大学だってわかっているんだから、そこに行って直接確かめたほうが早いだろ?それにちょうどオープンキャンパスもやってるみたいだし、そのついでだと思ってさ」
「それにしたって突拍子がなさすぎるよ」
作戦はこうだった。僕は今まで南大学へ行ったことはなく、パンフレットで見た程度だ。しかし僕は夢の中で校舎の位置や形を完璧に把握している。それはパンフレットの情報量を超えていた。だからもし大学に行ってその校舎が夢の中で見たものそのものであれば僕は夢の中で未来を見ていることになる。
行き当たりばったりな作戦ではあったが、詠太のおかげで僕がすべきことが分かった気がする。今の僕と、夢の中の世界の関係を明らかにすること。きっと簡単な道のりではないだろうなと僕は覚悟した。
「それでお昼なんだけど、吉祥寺においしいラーメン屋さんがあるらしくて!そこ行こうぜ。あとせっかくだし帰りにスカイツリーでも行こう。いやー楽しみだな」
「・・・詠太東京来たかっただけでしょ?」
「ソンナコトナイヨ?」
わざとらしく詠太は瞬きを何回もしてみせた。
「そんなことより、今朝も夢を見たんだろ?」
「うん。ちょっと面白いことがあって・・・あ、ごめん、ちなみさんから返事来たよ」
メッセージアプリから通知が届いた。今朝の夢の話はあとでまとめて話すことにしよう。
「昨日送っといてって言ったやつか?」
「うん」
昨日、僕は詠太に言われた通りちなみさんにメッセージを送信しておいた。内容は『突然なんだけだけど、星について興味ある?』というものだった。もちろん僕は現在の彼女から星が好きなんだと聞いたことはなかった。アプリを開くと『うん、私星とか天体観測とかが大好きなんだ!』『もしかして健君も?』と返信が届いていた。
「やっぱりそうか」
もちろん現在のちなみさんから彼女が星好きであることは聞いたことがない。しかし僕は未来の彼女からなら、聞いたことがあるかもしれない。
『いや、なんとなく聞いてみただけなんだ、ごめんね』と僕が送ると、『もしかして私が星好きなの知ってた?』『またお決まりの何となくかな(笑)』と返信が来た。
そこで気付いた。僕が抱いていた「なんとなくちなみさんのことがわかる」感覚の正体。それは僕が夢の中でちなみさんと出会っているからではないか。
「どうした」
「・・・僕は寝る!今朝の夢の続きが気になる!」
「意気揚々と寝る宣言されても困るんだけど」
急に寝るなんて言い出したのは、もう一つ確かめたいことがあったからだ。
「未来を見るトリガーとなっているのが睡眠なんだ。未来の映像が、夢と同じ形で現れるんだ。だから寝ることも、僕が未来を見ることができるのか検証するために大事なことだと思うんだ」
僕は力説した。
「本音を言えば?」
「昨日東京へ行くのが楽しみで寝不足」
窓際の壁に身体を預け、僕は眠気を消費した。