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4 「君は本当に何も」


 4


 人が、来ない。

 わが天文部が廃部の危機にあると知り、急いで新入生勧誘に向かった。まずは新入生が帰宅する際、必ず通るであろう正門前にたどりついたのだが・・・。皆考えることは同じで、部員勧誘をする人でごった返していた。チアガールにバンドマン、キラキラと効果音が聞こえてきそうな彼らを見て、ビラも持っていない、声も小さいこの僕がかなうはずもないと思った。

 僕はすごすごと正門から去り、結局去年夏芽さんに勧誘された、部室棟と大学を結ぶ西門の前で勧誘をすることに決めた。しかし西門は人が少なすぎる。そもそも僕が前の年ここを通ったのも、正門前の勧誘が面倒くさくてそれを避けるためだった。この道を通るのは僕みたいなひねくれ者ばかりだろう。あるいは、ほかの部活に勧誘されてここを通る場合もあるだろうが。

 珍しく人が来た。部室棟からやってきた二人組の女の子、大学のパンフレットを持っているのでおそらく一年生だ。部活に勧誘され部室を訪問したその帰りなのだろう。「これからH&M行こうよー」「えっー、絶対並んでるよ」とたわいもない会話をしていた。チャンスだ。声をかけるんだ、僕。

「あ、あのー」

 僕が近づくと、まるで全身黒ずくめの不審者を見るような目をして「はい?」とそのうちの一人が答えた。

「天文部なんですけど、興味、ないですか?」

「あ、大丈夫です」

 もちろんこの大丈夫は、興味がある、という意味の大丈夫ではなく、軽くお辞儀をして二人は去って行ってしまった。

 やはりだめか・・・。いや、ここで諦めるわけにはいかない!せっかく夏芽さんが作ってくれたこの部活をわずか一年でつぶしてしまっては顔向けできない!次だ、次!と、拳をギュッと握り意気込んだはいいものの。

「興味ないです」と一刀両断されたり。

「えっと、俺二年生です」と学年を間違えてしまったり。

「・・・」と無視されたりして。

 要するに僕の心はポッキリと折られてしまった。これが現実か・・・。心の中に暴風雨が吹き荒れた。もう今日は諦めて、明日頑張ろう・・・。そう思い部室へ戻ろうと体の向きを変えた。

「きゃっ」

「ご、ごめんなさい」

背が低くて気付かなかったが、方向転換した先に少女が立っており、僕は彼女とぶつかってしまった。髪はミディアムで、前髪に隠れていて顔はよく見えない。

「あっ、あの、部室棟ってどこにあるかわかりますか?」

 気弱そうな声でその子は尋ねた。きっと新入生だ。

「ああ、それなら目の前にある白い壁の古びた建物がそうだよ。どこかの部室見学したいなら案内しようか?」

 そのときすでに勧誘を諦めていた僕は親切心で尋ねた。

「いいんですか?ありがとうございます」

 そんなに下げなくてもいいよってくらい頭を深く下げる彼女が少しおかしかった。

「どこの部活?」

 僕が聞くと、彼女は顔を上げてこう言った。

「天文部です」

「・・・え?」

「私、天文部に入りたいんです」

 僕は彼女に心臓をわしづかみされたかのような衝撃に襲われた。

 驚いた。

 もちろん、彼女の見学を希望している部活がわが天文部であったことにもびっくりしたが、それだけではなかった。いや、むしろそんなことはどうでも良かった。

 顔を上げて、彼女の顔を隠していた茶色の髪の毛がふわりと揺れ、顔全体があらわとなった。二度と忘れてしまうことを許させないような、印象的な瞳。不安と期待の入り混じった、決意に満ちた表情。周りからすべての音が消えたような、そんな気がした。

 僕は彼女から目を離すことができなかった。

 参ったなと、思った。

だって、ただですらバラの女の子と夏芽さんとの間でてんてこ舞いになっているのに、初めて会った子にときめいてしまうなんて。

「あ、あの、私何かまずいこと言っちゃったでしょうか・・・?」

 ドキドキして、体中をいろんな感情が駆け巡った。嬉しさのような、苦しさのような。

「いやいや、そんなことないよ」

 軽いパニック状態だったが、それでも平静を保ったふりをして答えた。

「僕が天文部に入っているから、びっくりしちゃって」

 僕がそう言うと、彼女は眼をまたたいた後、嬉しそうに微笑んだ。

「本当ですか⁉嬉しいです、たまたま声をかけた人が天文部なんて。今日は私、ついていますね、きっと!」

 彼女の屈託のない笑顔を見て、僕は確信した。

 ―一目惚れだ

 心臓が煩い。ドキドキして、どうしたらいいか分からなかった。

 でも一つだけ確かなことがあった。

 僕はこの子を天文部から手放してはいけないと。


「よっ、ケン。まあ一人も勧誘できなかったからって気を落とす必要は・・・ってその子は?」

「見学希望者」

 僕は扉の奥に隠れている新入生ちゃんを手招きして部屋へと案内する。その子の顔を見ると夏芽さんは目を大きく見開いた。そんなにびっくりすることだろうか?

「・・・えええええ!?あの人見知りのケンが!?勧誘?」

 絶対わざとだ、と思うほど大げさに夏芽さんはリアクションをとった。

「まあ彼女から声をかけてくれたんですけどね」

「じゃあケンの話術によって連れてきた訳じゃないのか」

「まあそうですね」

「・・・ああ、なるほど」

「なんですかその納得した顔は⁉僕だって勧誘頑張ったんですよ!」

「はいエライエライ」

「返事テキトーじゃありません?」

 そんな僕ら二人のやり取りを見て一年生ちゃんはクスリと笑った。これは好感触だ。

「まあ狭くて汚い部屋だけどゆっくりしていって。ソファ座ってお菓子でも食べていってよ!」

 夏芽さんが自分の座っていた場所を譲り、テーブルをはさんで僕と夏芽さんがソファに座った。

「ケン、ソファの裏にお菓子とジュースがあるからだしてくれ」

「あ、そんなお気遣いなく」

 新入生ちゃんが手を横に振った。

「いや私もおなか減っちゃってさ」

 僕が勧誘に行っている間にコンビニで買ってきてくれていたらしい。新入生に気を遣わせないよう自分もおなか減ったと言うあたりはさすがだと思った。まあ本心だったかもしれないけれど。ソファの裏に行きレジ袋からお菓子を取りだした。僕の好きなカールも入っていて喜んでいると、夏芽さんに「ケン!」と小声で呼ばれた。

「あの子、どういうつもりでここに連れてきたんだ?」

 いつも突拍子もないことを言う夏芽さんだったけど、今回の問いかけはどういう意図なのかさっぱり分からなかった。

「天文部はどこかって聞かれたから案内しただけですけど」

「・・・君は本当に何も覚えていないんだね」

 夏芽さんがなぜ溜息をついたのか分からず僕は首を傾げた。

「彼女、何か言っていなかったか?」

「私、天文部に入りたいんですって、目を輝かせて言ってました」

「・・・ちょっとまずいかもしれない」

 どうして、と聞こうとしたが、その言葉は新入生の子によって遮られた。

「あ、あの、一つ質問なんですけど」

「ん?どうした?」

 夏芽さんが新入生の子の方へ向き直して返答する。

「望遠鏡はどこにあるんですか?」

「え?」

 僕は思わず聞き返してしまった。

「私、幼いころから星を見るのが大好きで!それでホントは高校の時から天文部に入りたかったんですけど、私の高校には天文部がなくて。だから、この大学に天文部があるって聞いてすごく嬉しかったんです!」

 夏芽さんの言いたいことがようやくわかった。この子は、天文部に入りたいと言ったんだ。でもうちの部活は、星なんて一切見ないし興味もない!

「でもここには望遠鏡とか、星の図鑑とかないみたいなので、どうしてかなー、と思いまして」

 その質問も当然だった。なにせあたりを見回してもあるのは実験器具ばかり。おまけにマウスまで住んでいる。

「どうするんだ、ケン」

 夏芽さんが深刻そうな表情でこちらを見てくる。

 彼女に本当のことを話さなくては・・・この部活は、薬を作っているだけなのだと。

僕は眼鏡をクイッと上げ呼吸を整えた。

「望遠鏡は・・・倉庫に置いてあるんだ。ほら、部室に置いてあったら邪魔だろ?」

「ケン?」

 夏芽さんが心配そうな面持ちで僕を見つめる。

「本当のことを話せばあの子はきっとこの部活には入ってくれません。だってあの子は薬じゃなくて星が好きなんだから。とりあえず今は部活存続が最優先です。ごまかしましょう」

 僕は夏芽さんの耳元でささやいた。なぜだか、その瞬間新入生の彼女を手放してしまえばもう二度と会えない気がした。嘘をついてでも、彼女とのつながりを絶ちたくなかった。

でも、星を一切見てこなかった僕たちが嘘をつきとおすなんてできるのか?

「私はどうなっても知らないよ」

夏芽さんが怪訝そうな目でこちらを見た。唯一のよりどころを失って、不安の波が押し寄せた。

「そうですよね。望遠鏡って大きいし高価だし、倉庫に入れておくのが普通ですよね」

 彼女の言葉を聞き、ひとまず僕らは肩をなでおろした。

「じゃあ、普段は活動、何をしてらっしゃるんですか?私、星が好きなのに天文部に入ったことがなかったから、何しているのか正直知らないんです」

 彼女は恥ずかしそうに両手を頬にかざした。

「あはは、そうなんだー。えっとね、僕らはー・・・」

 待てよ、天文部って普通何するものなんだ?言われてみれば全く分からない。星を見てるっていうイメージはあるけれど、それ以外が一切思い浮かばなかった。

「えっと、屋上で天体観測とかー」

「はい」

「あとは、星について語り合ったり」

「ほうほう」

「それで…校舎の上で星を見たりして」

「それは屋上で天体観測と変わらないよ、ケン」

「うっ…」

 やはり夏芽さんは助け舟をだしてくれそうになかった。

「へえー、ステキですね!あと、これは私の勝手なイメージなんですけど。夏には遠出してテントを張って一晩中星を見る、とかするんですか?」

 一晩中星を見る?なんでわざわざ暑い中遠出して首を痛めに行かなくちゃいけないんだ?しかしここは話を合わせておかなければ。

「そうなんだよ、夏休みには築地にいって星を見たりして」

「「築地⁉」」

 僕の言葉に二人同時で反応される。まずいことを言ってしまったということは明らかだった。

「ばか、築地は市場だろ!山もないのにどこで天体観測するっていうんだ?」

 しまった、自然を思い浮かべて、ぱっと思い浮かんだのが海のある築地だったが、完全に選択ミスだ。これじゃあ天文部のことを怪しまれても仕方がない。

「へえー、築地でも星が見えるんですね!私新潟出身で東京のことよく知らなかったんです。勉強不足でした」

「へ、へえー。僕も新潟出身だからその気持ちわかるよ」

 彼女が地方出身者でよかった・・・。

 でもそろそろ星の話題も限界が来たように感じ、話をそらそうと試みた。

「新潟のどこ出身?」

「亀田です」

「亀田か!僕は新津だったから、結構近いね」

「・・・先輩って、大学二年生ですか?」

「うん、そうだけど」

「そしたら同い年ですね。実は私、高校を一年浪人しているんです。もしかしたらどこかで会っていたかもしれませんね、私たち」

 同年齢だと知り、僕はさらに驚いた。でも高校で彼女を見た覚えもなかったので、きっと違う学校だったのだろう。

「新潟はやっぱり田舎だから星たくさん見えるの?」

「軽く新潟を馬鹿にしないでください」

 地元トークを続けていた僕たちに、東京出身の夏芽さんが入ってくる。

「見えますよ!田んぼが多いと視界が開けるから、特に新津は人工物が少ないから星がよく見えると思いますよ」

「君も軽く新津けなしているよね?」

 二人に自分の出身地をけなされ、笑いながらも少しショックを受ける。確かに僕の家の周りは田んぼしかないけど、駅周辺には必要最低限のお店は揃ってるから、たぶん。

「先輩は、今まで見た中でどの星がお気に入りですか?」

 まずい、完全に僕の方を向いている。好きな星を聞かれても星座の名前なんて知らないし、何か実在しそうな名前は・・・そうだ。僕は賭けに出ることにした。

「ケンタウルス座、とか?」

 ペガサス座とか、空想上の生き物なんて星座に有りそうじゃないか?いや、ないか?

「へえ、ケンタウルス座ですか!すごいですね」

 やった、ケンタウルス座は存在した!僕は心の中でガッツポーズした。

「でも、ケンタウルス座って日本じゃ見られないんですよね。海外行ったことあるんですか?」

 まさか、日本で見られない星座があるのか?地球は回っているのに?

「そ、そうなんだよーたまたま天気が良くてさー」

 背中に変な汗が出るのを感じた。早く終われ、この時間。

「な、夏芽さんは?どの星座が好きなんですか」

 一刻も早く僕のターンを終わらせるべく夏芽さんにバトンパスした。

「さそり座かなー」

 あ、十二星座を言えばよかったのか。いろいろ考えた自分が馬鹿馬鹿しい。

 その後も何回か星について質問をされ、ひやひやしながらもごまかしつづけてその場をしのいだ。しばらくして、一年生ちゃんが白いトートバックを手に取り立ち上がった。

「あの、私そろそろ私帰ります。今日はいろいろ聞けて楽しかったです、ありがとうございました」

 彼女は下げすぎだろうと思うくらい腰を曲げてお辞儀をした。

「いや、こちらこそこんな部活へ見学に来てくれてありがとう。今日はもう帰るの?」

 夏芽さんも立ち上がり彼女に尋ねた。

「はい。ほかに気になる部活もないので」

「じゃあ僕が正門まで送っていくよ」

 なんとかこの場をやり過ごせた安ど感に浸りながら僕も立ち上がった。


「今日はごめんね、僕天文部のくせして星についてあまり知らなくて」

「そんなことないですよ。お二人がこの部活を作ってくれなかったら、私が一から作るしかなかったんですよ。そう思うとぞっとします・・・」

 まるでもうこの部活に入ってくれるかのような言いぶりだ。いや、実際にもう彼女はこの部活に入る決意しているんだと思った。部室を後にする際も彼女は「また来るのでよろしくお願いします」と夏芽さんに言っていた。

 何を話していいかわからず無言で歩いていると、彼女から話しかけてくれた。

「そういえばもうすぐカイキ日食ですね」

 カイキ日食?日食は知っているけれど、怪奇というぐらいなのだから相当怪しくて奇妙なのだろう。

「今年の夏、太陽が月に覆われ、光が失われる。今年を逃すと次に日本で見られるのは26年後だそうですよ・・・って知ってますよね」

 知らなかったけどあいまいに「うん」と答えた。

「でも奇跡ですよね、ぐるぐると別の軌道を回っている月と太陽が重なって、太陽と月と地球が一直線になるんですよ。考えただけでゾクゾクしますよね!」

 キラキラとした彼女を見ていると、正直どうしたらいいか分からなくなった。

 このままいけば彼女は確実に入部してくれる。

 でも、それでいいのか?

 彼女は本気で星を愛している。その気持ちをもて遊んでいいものなのか。

 このキラキラした瞳から、輝きを奪っていいものなのか。

「あ・・・ごめんなさい。私、いつもおとなしいねってよく言われるんですけど、星のことになるとテンションがあがっちゃって・・・。私ばっかり喋っちゃいましたね、あはは・・」

 控えめに笑う彼女がすごくかわいくて、いとおしくて、手放したくないと思った。

 でも、本当にこのままでいいのか・・・?

「では、送ってくれてありがとうございました。また今度」

お辞儀をし、彼女はトコトコと去っていく。その後ろ姿を見て、僕は、言わなくちゃと思った。

「待って、名前!・・・聞いてなかったと、思って」

 やっぱり僕は彼女に本当のことを伝える勇気なんてなかった。そんな梅雨空のような僕をよそに、彼女は太陽のような笑顔で振り向き、答えた。

「ちなみって呼んでください!じゃあまた!」

 笑顔で手を振るちなみちゃんに、僕は苦笑を浮かべて手を振り返した。


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