愚者の舞い 29
そんなルーケを見て、アラムは一言。
「とりあえず飲み込め。」
急いで咀嚼して飲み込み、改めて姿勢を正す。
直感的に、何か大事な事を言うのだと思ったからだ。
「正直に言うが、今・・・お前の運命は消えた。」
「ええぇ!?」
(運命が消えたと言う事はつまり、俺・・・近々死ぬ!? うそぉ! なんでぇ!?)
「あ、言い方が悪かった。 だから落ち着け。」
口に出さなくても悶絶するルーケを見て、何を考えているのか推測できた。
「これが落ち着いていられますか!? 俺、いつ死ぬんです!? なんで死ぬんです!?」
「そんなの俺が知るか。 いいから落ち着け。 まず深呼吸しろ、ハイ、1・2・・・」
「ス〜ハ〜ス〜ハ〜・・・って誤魔化さないで下さい師匠!!」
「誤魔化してねぇよ。 運命が消えたって言うのは、定まっていないからだ。」
「・・・定まって・・・ない? 運命って、決まっているもんなんじゃないんですか? ある程度変動しても。」
「逆だ。 ある程度決まってはいる。 だが、誰かに出会ったりしてコロッと変動する事もある不確かなものだ。 まったく変わらないのは以前言った命運の方だな。 だが、今のお前はまったくその運命が見えないんだ。」
「それってどういう・・・?」
「つまり、お前がここで修行する事で、運命が急激に変化している、またはするという事だ。 それは世界を巻き込む変化であると、俺は推測する。」
「じゃあ・・・俺はどうすれば・・・?」
「だからお前に改めて聞く。 全てを失ってでもここで学ぶ覚悟があるか。 もしあるなら、俺も覚悟を決めてお前に指導しよう。 最悪の場合、お前をこの手で討ち取り、世を正す。 だが、その覚悟が無いなら誰か他の人を頼れ。」
全てを失う。
それはルーケ自身の命も含めての事、と、言う事だ。
死んでは何を得ても意味は無い。
しかし、現状の、多少知識と技術を習得しただけでは何も変わらない。
「答えは急がなくていい。 3日やるからジックリ考えろ。 己の決断を後悔しないようにな。」
そう言うと、ルーケの答えを待たずにアラムは姿を消した。
魔獣との戦いは激烈を極めた。
そのため、ファレーズの中腹に当たるなだらかな森林の中で行われたその戦いは、木々がなぎ倒されてポッカリと大きな空地が出来てしまった。
何故そんな場所に出現したのかと言えば、アラムが小細工したからに他ならない。
自然界で戦えて、尚且つ生物に極力被害を与えない場所が、たまたまここだったというだけの事。
ただ、一番の問題は、魔獣の死骸である。
「いつ・・・滅びるか・・・怯えるが・・・いい・・・。」
死に際、獣の姿をしていても純粋な魔族であった魔獣は、止めを刺したレジャンドに強力な呪いをかけてそう言い残した。
それは、始原の悪魔であるアラムにも解けないほど強力な呪いであった。
魔獣は異界の力をふんだんに取り入れて生誕したが、異界はすなわち始原の双子神の父、原始の神の魂のようなもの。
その存在は、始原の神と同類だったのである。
そのため、力と知性では劣ってはいたが、命を賭してまでかけた呪いを解く事が出来なかったのだ。
そんな存在の死骸であるため、埋めて終わりとする事は非常に不安であり、いつ復活するかも分からない。
また、レジャンドにかけられた呪いがどんなものかも分からないので、仲間ともども町などに帰る事も出来なかった。
伝染する呪いもあるためだ。
数ヶ月間、この空き地で暮らした冒険者達に変化は無かったため、伝染しない事は分かったが、それ以外まったく不明である。
その間の変化としては、戦士のハルトがパーティを抜けた事。
ハルトはレジャンド達と戦うために、敵に成ろうとしてレジャンドに斬りかかった。
その斬戟自体はレジャンドに防がれたが、その目的を見透かされ、居場所の無くなったハルトはアラムの提案で魔界へ旅立って行った。
ハルトは魔獣と戦い勝利した事で、自然界でこれ以上の強敵に出会う事は無くなったと確信した。
ハルトはあくまで強さを追い求めたため、今や自然界最強であるレジャンド一行の敵となり、さらに強く成ろうと考えたのだ。
だが、その目的を看破された挙句許されては、ハルトの望む物は何も手に入らない。
そのため、力こそが正義である魔界へ旅立たせたのだ。
そんな事件などを経て、空地を片付けた後にレジャンド達は一つの結論を得た。
この空き地に、町を作ろう、と。
幸いと言ってはなんだが、町一つ収まるほどの空地が魔獣によって作り出されているのだ。
しかもここは、丁度周りにある国々の中間地点付近にある。
旅人の中継点、休憩場所にも丁度いい。
「でも、名前はなんて付けるの? この町に。」
プリの質問に、誰もが頭を捻る。
確かにただ、町、と呼ぶのは間が抜けている。
かと言って急に名前が思い浮かぶわけでもなかった。
「・・・そうだ! ペイネにしよう!」
不意にレジャンドが叫び、仲間達はキョトンとする。
「ペイネ・・・櫛か。」
「そうそれだクラス! ちょうどどこからも中間で、櫛みたいじゃないか。」
「歯抜けにならなきゃいいお〜。」
手に持つ弓を楽器の様に弾きつつエギーユがそう言うと、レジャンドはコケそうになる。
「そうならないように協力しようという意味も込めているんだろ? レジャンド。」
「そう! そのと〜りっ! 流石俺のモレル! よ〜く分かってんじゃん!」
「・・・と、言う事は、僕の求婚を受けてもらえるのかな?」
「おう! 結婚しようモレル! バンバン子供産んで、町を繁栄させよう!」
「ちょっとレジャンド。 何人産む気なのよ。」
「産めるだけ!」
結婚に一番縁がなさそうなレジャンドは、こうしてモレルと結婚した。
皮肉な事に、そのためにレジャンドにかけられた呪いの正体が判明する事になる。
一子しかなせぬ呪い。
しかも産まれる子は女子のみ。
女性は男性に比べて筋力に劣り、ルーケの母親同様、妊娠期間中は極端に戦闘力が落ちる。
また、月に数日、生理と言う枷もある。
魔獣はそれらを知っていた。
だからこそ、レジャンドにそんな呪いをかけたのだ。
いつ子孫が絶えるかもしれない恐怖に怯えろと。
その事を知ったレジャンドは、結局モレルと離婚し、一市民としてペイネに住んだ。
町を指揮する者として、モレル夫婦を仲間達は国王として擁立したからだ。
しかし、女子しか産めぬ呪いに犯され、また、魔族の血を引く自分は王家にふさわしくないと、自ら身を引いた。
これにはアラムが吟遊詩人として、大陸各地で歌い広めた伝説の意図を理解したからでもある。
そしてモレルは、兄の凶行の事もあって離婚を渋々ながら承諾、新たな妃を隣国から貰い受けて、国王としてペイネを立派な一国へと民を導いて行く。
寿命の無いクラスィーヴィとプリも家をペイネに構え、支援する事にした。
また、プリは町の繁栄のためにと、宿を設計・建設したりもした。
エギーユは放浪の民族だけに、結局町起こしが終わり次第、別れて旅立って行った。