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その後と元凶

[ジル視点]

 私が修道院から戻ってすぐに、男爵からベリルの公爵家へ正妻として嫁ぐことが決まるまで、通常ならまずは両家の話し合いから始まるところ、アレクサンドラの一声で先に話だけはまとまってしまった。

そして公爵家の嫁入りの準備として、行儀作法や領の運営の手伝いができるように時々は公爵家にお伺いするところ、なぜか王宮で特訓を受けた。


「なぜこんなことに……」

「ジル様、頑張りましょう!」


 まるで受験勉強の追い込みのように朝から晩まで怒涛の授業を、私と並んで受けている女の子に励まされる。

 この子は平民出ながら、小説書きの才をアレクに認められて王宮勤めをしている上、最近はアレクサンドラ以外には女性恐怖症に近い症状を見せているらしいブルーノの婚約者だ。

 私も前世では一通り受験勉強はやってきているはずなんだけど、この女の子は知的好奇心が強いのか、数式に苦しめられている私の横で、まるで本にかじりつくようにして勉強している。

 最初は平民から伯爵家へ嫁ぐために必死に頑張っているのかと思っていたけれど、どうやら単純に勉強が好きみたいだ。

 逆に、この子を手放さないのは、ブルーノとそのご両親の方らしい。

 特にブルーノの父親である近衛騎士団長は


「君でなかったら、我が家の血筋が途絶える! 息子のブルーノにはもう普通の女性では……!」


 と、必死に口説き落としたらしい。

 この女の子も、まんざらではないようなので幸せカップルといったところだ。

 しかしこの女の子は確かに才はあるが、プルーノがそこまで手放そうとしないのはなぜだろう。


 ブルーノ結構人気あったはずなんだけど。

 それにこの子、申し訳ないけどだいぶ体型が子供っぽいというか、薄いというか、うん、まあ、ちっぱいというか……。

 ブルーノは以前はもっとセクシー系の女性が好みだったはずなんだけど、何か心境の変化でもあったのかしら。


「どうかなさいましたか? ジル様」


 そんなことを考えながらその子の薄い体を眺めていたら、きょとんとした顔で尋ねられた。


「ううん、なんでもないの」


 まあこういうのは当人同士の問題だし、家の方も当人同士も異論はないみたいなので、別にいいか。

 私も元は平民だけど、男爵家から公爵家へ嫁ぐにあたって、ベリルのお母様はお優しいし、お父様や公爵家の皆さんから


「ベリルが女性を選んでくれた! これで公爵家は安泰だ!」


 と、良く判らないけれど、諸手を上げて歓迎されているし。

『男爵家風情の元平民娘が』と、反対されるかと心配していたのだけど、歓迎してくれているようでほっとしたわ。



--------------------


 王宮での短期集中抗議の最終日、アレクサンドラから呼び出しを受ける。

 謁見の間に行くと、そこには最近は女性の姿をしたアレクサンドラと、ベリルや公爵様もいて、なんだか畏まった雰囲気に気圧される。


「終了おめでとう。私からは婚約祝いとしてベリルへ新しい領をあげることにするわ」

「新領!?」

「ええ、ベリルと公爵家には今回世話になりましたし」


 そう言って公爵に目を合わせて微笑むアレクサンドラ。

 なぜか公爵は蛇に睨まれた蛙のようにだらだらと汗をかいている。


 公爵はアレクの叔父にあたるのだから、今更緊張なんてするはずないだろうし……もしかして病気かなにかかしら?

持病は特に持っていないとベリルから聞いたけれど……。


 男の人でも更年期障害ってあるのかな、義理の父親になるわけだし、今度体にいい食材を食べさせてあげることにしよう。


 やっぱり王道の青汁からね!

 その後はすっぽんとかも試してもらうことにしよう。

 また池に罠をしかけないと。


 そんなことを考えていたら、サンドラが笑顔で続ける。


「ベリルはすぐに公爵家を引き継ぐんじゃなくて、公爵の持っている伯爵の称号と領地を受け取る予定なんでしょう? その領の傍に、ぜひベリルとジルに渡したい土地があるの。国の玄関口である港を要する土地よ。もちろん港の使用権利も委譲するわ」


 港は複数あるが、公爵家が所有しているのは玄関口の横の地域の場所だ。

 それを、国の最大の玄関口を次期公爵とはいえベリルに渡すなんて。


「そんな! その地域はウラル国の重要地点じゃないか、いいのか!?」


 場所までは聞いていなかったのか、ベリルが驚いたように口をはさむ。


「ええ。王太子教育もこなしたベリルとジルなら港を丸々任せていいと思って。元々の所有者は異文化との交流ノウハウを持ってケイニスとの交流地点に領地替えをしてもらう予定よ。受けてくれるかしら?」

「もちろん喜んで、精一杯がんばるよ」

「ありがとう。これからの港は、隣国からの資源とこの国からの工業品全てを取り扱うことになるし、新大陸探索の出発口にもなる予定だから、今後大拡張をしてもらうことになるわ」


 今ある港を回すだけでも大変そうなのに、さらに拡張予定ですって?

 しかも隣国の輸出輸入分も扱うようになるなら、単純計算で二倍になるということで―――。

 次期公爵夫人に、この国の経済を回す入り口を任されるなんて……これハッピーエンドくる!?


 そんなことを考えて思わずトリップしそうになっていたところ、サンドラの楽しそうな声が続く。


「新大陸にはどうやら、今までこの大陸には存在しなかった生態系があるらしいの。しかも内陸には別の文かをもった国との交流があるんですって。文化も生態系も違うなら、この大陸には存在しなかった食材や植物があると思うの」

「確かにその可能性は高いですね」


 そういえば、アレクの恰好をしていた時に『お味噌汁を作って欲しい』って言われてOKしたけれど、あれって新大陸で味噌とか見つかったってことなのかしら。


 サンドラが壇上から降り、私の傍まで来て私の手を取る。


「それでね、ジル―――」

「はっ、はい、なんでしょうか」


 べ、べつに男の姿じゃなければどきどきなんてしないんだからね!


「先日の約束は覚えている? ほら、私の為に『あのスープ』を作ってくれるって」

「え? ええ。料理はそんなに得意じゃありませんが、私でよろしければ」


『あのスープ』ってお味噌汁のことか。

 もうお味噌見つかったのね、さすがは王族ネットワークだわ。

 私も一時期独自に探してみたんだけど、この大陸には味噌や醤油に代わる物はないと思っていたんだけど、きっと探し方が甘かったのね。

 まあ、お味噌汁くらいなら作れるから別にいいか。

 サンドラは王女という立場だから、大っぴらに厨房には立てないんだろうし。


「よかったわ。ほらベリル、ジルは同意してくれたわよ?」


 私の答えを聞いて、信じられないとでも言いたげなベリルに向かって、サンドラが勝ち誇ったように言う。

 どうしたのかしら、お味噌汁なんて基本的には味噌をお湯に溶かすだけでいいんだし、そんな大げさな―――。


「じゃあ、出発はいつがいいかしら。とりあえず新婚旅行がてら三か月から半年くらい行ってもらったほうがいいと思うんだけど」

「え? どこへ?」

「だから、新大陸へ」

「…………は?」


 事情が呑み込めないでいる私に、ベリルが苦しげに教えてくれる。


「ジル……ジルがOKしたら、新大陸に調査に行くことをアレクと約束していたんだ。アレクは最初ジルだけ行かせようとしたらしいんだけど、それは僕が許さなかったら、僕と一緒に……」


 うつろな顔で言うベリルを見て、背筋に嫌な予感が走る。


「あの…サンドラ。お味噌汁を作るって、ちなみにどこから―――」

「だから麹菌か、味噌を作る文化のある国を探すところから」

「は!?」


 サンドラが声を潜めながら私にだけ聞こえるように言う。


「今までこの大陸に無かった味噌とか醤油とかも、新大陸なら色々ありそうじゃない? それにはジルの前世の知識が必要だと思って。竹とかも見つかれば電気の研究も進むんじゃないかと思って」


 でも! だからと言って新婚旅行で新大陸探検って!!


 抗議しようとした私の口を塞いで、サンドラが何か思いついたように私の口元に当てていた手を、今度は両目を塞ぐようにしてきた。


「え、一体なに……」


 いきなり視界を塞がれた私が何か聞く前に、耳元に大好きな『アレク』の声が吹き込まれる。


「ジル、私のお願い、聞いてくれるよね?」

「はいっ! 喜んで!!」


 条件反射で返事した私の目を塞いでいた手が離れると、目の前には良い笑顔のサンドラがいた。


「ジルも協力してくれるのね、嬉しいわ」

「……うあぁぁああーーー!! 弄ばれた!」


 膝から崩れ落ちかける私にサンドラが追い打ちをかけてくる。


「新大陸への長期旅行ならまず大型船が必要ね。港を大きくして大型船を作りましょう。船については、ジル、内政チートでよろしくね」

「なんで私が!?」

「だって『ヒロイン』なら内政チートくらいできるでしょう? 資金は融通するから安心してチートしてね。いやー、ほんとジルが『ヒロイン』で頼もしいわ」


 ヒロインって……ヒロインって!!


「内政チートなんて、そもそも『ヒロイン』の役割じゃなーーい!!」


 私の切実な叫びが、王宮の広い天井に虚しく響いた。




 その後なんとか船はできたが、最後の最後まで新大陸探検の為の船に乗り込むのを渋る私に、サンドラが笑顔で言ってきた。


「ヒロイン補正があるから平気平気、死なない死なない」

「無い! この世界には補正は絶対に無い!! もしあるなら私こんな苦労してない~!」


 と抗議したにも関わらず、結局丸め込まれて送り出されることになってしまった。


 アレクの声音でおねだりとかズルすぎる……!


 確かに、運よく現地人に遭遇できたり、米とか大豆っぽいものを見つけることができたけどね!




-------------------------

[エピローグ:元凶]

 広大な平地に計画整備された新都市が次々と建設されている。

 ここはウラル国の新たな都となる場所で、計画都市として設計されている。

 大きな川沿いには商業地区が既に広がっており、街中には川より引いた水路が整備されており、荷物を乗せた船が常に行き来している。

 上流のケイニス国から運んできた工業製品を各工場でさらに加工し、繊細な細工物として付加価値をつけてさらに下流へ運び、海外へ高値で販売されていく。

 今やウラル国の大きな財源の一つになっている。


 この国には頭脳が三つあると言う。

 一つはケイニス国の北に位置する要塞都市で、背後からの他国の侵略を防ぐ為の最前線基地として機能している城を管理しているブルーノとその奥方。

 もう一つは港近くに広大な領地を持ち、新大陸の探索と貿易を一手に担っているベリルとジル。

 そして最後は、既に新都市に居を構えている次期国王と次期女王であるシリウスとアレクサンドラ。


 しかも四半期に一回は会議を開く為に皆が集まり、今後の国の行く末を考えた道しるべを作っているらしい。

 特に次期女王であるアレクサンドラと、今は伯爵夫人だが、今後筆頭公爵家の夫人となる予定のジルの出す案が革新的で的を得ているものだという。


 そのおかげもあり繁栄を極めているウラル国の外れに、一人の老婆が孫と一緒に立ち寄っていた。


 その老婆は若いころは百発百中の占いで一斉を風靡していたらしいが、今は孫と一緒に気ままな旅を楽しんでいるとのことだった。


「おばあちゃん、このウラル国っていう国はにぎやかだね。それにこの管! 捻ると水が出てくるよ、しかもそのまま飲めるんだって、すごい!」


 街中に設置され、誰でも使用可能な蛇口をひねって水で喉を潤し、さらに水筒に水を溜めながら孫が言うと、通りがかりの村人が自慢そうに言う。


「ああ、それもこれも今の王太子さま……じゃなくて、アレクサンドラさまの采配ですよ。次期国王のシリウス様との仲も良好ということで、この国はこれからきっともっと良くなりますよ!」

「それは素晴らしいですね。私達はまだ旅を続けますが、このウラル国のことを他の国の人に話しておきますよ」

「ええ、特に技術者や一芸に秀でている者は王宮で歓迎してくれるようですから、ぜひ話を広めておいて下さい。あ、でもこの国名は『ウラル国』では無くなる予定なんですよ」

「国の名前が変わると?」

「ええ、国王の代替わり時にお隣のケイニス国と合併して国の名前が変わる予定なんです」

「それは珍しいことですね。教えていただきありがとうございました」

「そうだ、水以外にもこの国には旅人さんにとって珍しい物が沢山あると思いますよ。その角の店では最近流行りの軽食が売ってますから、旅の土産話にぜひどうぞ」


 村人と話していたその孫は、老婆の元へ戻り水筒をしまいながら言う。


「おばあちゃん、昔この国来たことあるんだっけ?」

「そうさな。その頃はちょうど今の世継ぎの子が産まれた頃じゃったよ」

「なんだっけ、おばあちゃんの占いって。確か女の子が産まれるとこの国が亡びるってやつだっけ。もー、おばあちゃん珍しく大外れじゃない。とても滅亡寸前の国には見えないよ」


 高名な占い師だという祖母について修行の旅に出ているその孫は、あきれたように老婆に抗議する。


「なにを言っとる。わしの占い結果は『世継ぎに女が産まれたら、この国はなくなる』というものじゃ。現にこの『ウラル国』は無くなろうとしておるじゃろう」


 心外そうに腕を組みながら胸を反らせる老婆の言葉に、はっとしたように孫が言う。


「……え? そういうこと?」



 綺麗に整備された街道沿いに、旅人らしき人だかりができている小さな店に目を向ける孫。

 香ばしい匂いにつられるように近寄ると、売り子に勧められるまま、茶色いソースのようなものがついた焼き串や茹で串を購入する。


「ほら、おばあちゃん。これが最近のおすすめだって。『くれえぷ』と迷ったけど、こっちの方がお腹に溜まりそうだし。『みそでんがく』って言うんだって、このソース初めて見るね」

「ふむ、うまいのう」


-------------------

(その頃の王宮では)


「はくしょん!」

「アレクサンドラ、大丈夫かい?」


 風の入ってきていた窓を、自ら閉めながらシリウスが言う。


「ああ、なんだか少し寒気がしただけだ」

「……ほら、また男言葉。なんかここのところ急に戻ってるみたいだけど」

「きっとお腹の子が男の子だからだよ」

「そうか。それならしょうがないかもね」


 うれしそうにシリウスが言うが、腕を擦る様にして首をかしげるアレクサンドラ。


「……おかしいな。別に寒いわけじゃないのに―――悪寒? みたいな」


-----------------



 串にかぶりつきながら仲良く歩いていく旅人達の背後では、国外れにも関わらず、にぎやかな街道沿いに立ち並ぶ店から次々と元気の言い売り子の声がかけられていた、


「どれ、国名が変わるころまたこの国には来てみようかのぅ、今度はどんな占い結果が出ることやら」

「……おばあちゃん、その占い結果、人に言う前にまず私に教えてね? おばあちゃんの占いすごいけど、言い方とかちゃんと考えた方がいいと思うし」




[END]






軽いコメディのつもりで書き始めましたが、少し長くなってしまいました。

ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。

R15話はまた改めて付け足すかもしれません。

その時にまた。


偽BL、偽GL、ついでにヅカな要素も入れて好き勝手楽しく書きました。

少しでも楽しんでいただけたようでしたら幸いです。





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