ユメうつつ
そのばしょは、街のハズレにある、ちいさな公園の一カ所であった。その公園の片すみに、なにやら、祠のようなモノがあった。
(こんなところに、祠なんてあったっけか?今まで、まったく気がつかんかった。ソレにしても、コレは一体、ナニを祀ってあるのか)
オトコは、公園のベンチに座り、その祠のコトを見ながら、そのようにおもった。
(というより、そもそもオレは、このばしょに、『ちいさいとはいえ、公園がある』っていうコト自体、今まで、まったく気づいてなかった。
道ばたに生えてる雑草や花は、チャントいしきしないと、目で見て視野にはいっても、そのスガタやカタチ、数はおぼえず、キオクしない。っていうけど、ソレとおなじコトか?
チャント、いしきしていなかった。だから、近くをクルマで通っても、この公園のそんざい自体、にんしきしてなかった。そういうコトなんダロウか。
オレは、この公園のそんざい自体を、チャントにんしきしてなかった。だったら、その片すみにある、ちいさな祠のコトなんで、気がつくはずもないか)
ベンチで座りながら、「コレから先、じぶんは一体、どうしようか」と、途方に暮れていたのだが、ココでふと、オトコは、サイフのなかを見た。サイフには、いくつか小銭が入っていた。
(一体ナニを祀ってあるのかは知らんが、せっかく、コレのそんざいに気がついたワケだし、お参りでもしておくか。願いごとをすれば、ナニかしら、ご利益があるかもしれん)
オトコは祠のまえに立ち、サイフから、小銭をだした。そして、祠のまえに置いてある、ちいさな賽銭箱を見た。
(良い縁がほしいから、5円をいれとくか。ご縁と5円ってのは、カンゼンに語呂合わせなんだよなあ。
ホントウに、ご利益があるかどうかは知らんが、語呂の良いモノをいれるべきか)
5円玉をいれようとして、手を合わせて目をつむり、願いごとをしようとしたのであるが、「はたしてホントウに、ご利益なんて、あるんダロウか」という、懐疑的なかんがえやギモンが、アタマのなかに、うかんできてしまう。
(ホントウに、ご利益があるかどうかはわからん。でもまあ、験かつぎとかんがえて、いちおう、願いごとをしておくか。
ソレにしても、ニホン中に、どれだけの数、神社や祠があるのかはしらんが、まいにち、たくさんのニンゲンが、願いごとをしてるはずダロウ。
でも、『お参りをしたおかげで、じっさいに、プラスのご利益があった』なんていうハナシは、今まで、まったく聞いたコトがナイんだよなあ)
と、このようなコトを、ついおもってしまう。そのために、ぐたいてきに、ナニカを願おうとしても、ソレがアタマのなかで、うまくまとまらなかった。
(ぐたいてきに、一体ナニを願えばいいのか、イマイチ、かんがえがまとまらん。
イヤ、というよりも、プラスのコトを願うとしたら、のぞんだり、期待するコトはたくさんあるが、せっかくなら、成果や効果のあるカタチで願っておきたい)
祠のまえに立ちながら、アレコレと思案しているうちに、ふと、じぶんの今のスガタについてかんがえて、オカシクなってきてしまった。
(ソレにしても、オレは、たかだか5円玉をいれて、お参りするだけのコトなのに、一体、ナニをそんなに悩んでるのか。
ニンゲン、ホントウにこまったときは、アタマがサッパリまわらない。というが、ソレは、ホントウのコトかもしれん。
シゴトをヤメてしまって、カネを持っていない、今げんざいのオレからしたら、たとえ小銭とはいえ、カネをつかって、ナニカをおこなう。っていう以上、ナニかしら、効果や成果のあるカタチにしたい。っていうコトなのか)
ココでふと、オトコのアタマのなかに、あるギモンがうかんだ。
(そもそものハナシ、まいにち二ホン中で、たくさんのニンゲンが、たくさんの神社や祠にお参りし、ご利益があるように、願いごとをしてるはずなのに、『ホントウに、ご利益があった』なんていうハナシは、今まで、一度も聞いたコトがない。
というコトは、こういうところにきて、願いごとをするときに、『プラスのご利益が、じぶんにやってくるように願う』っていうのは、じつは、間違ってるのかもしれん。
まあ、間違っている。というよりは、あまり効果がない。というコトかもしれんか。
じゃあ、そういうカタチでの願いごとが、あまり効果がないんだったら、ただしいカタチの願いごとのやりかたは、一体、どういうモノなのか)
祠のまえに立ちながら、「ただしいカタチでの願いごとのやりかた」というものを、アレコレとかんがえていたら、ふと、アタマのなかに、うかんできたコトがあった。
(そもそものハナシ、今オレが、こうしてココにいて、どうしたらいいのかわからず、こまっているのは、悪縁と出会ってしまって、かかわったからなんだよなあ。
コチラにたいして、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメごとを持ちこんで、コチラを不運で不幸な状態にするような、ワルイ縁と、たくさん出会って、かかわってしまうハメになった。だからこそ、オレは今、こうして、ココに立っている。
もんだい・キケンのあるニンゲンと出会ったり、もんだい・キケンのあるカイシャにいたから、オレは、じぶんで抱えきれないほど、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメごとに巻きこまれて、かかえこんで、まいにち悩んで、ココロもカラダもすり減らして、体調をくずした。
ソレで、心身ともに限界がきた。だから、しかたなく、シゴトをヤメて、途方に暮れて、こうして今、ココに立っている。
つまり、今のオレが、こういう境遇になった、りゆう・げんいんを、冷静になってかんがえてみると、結局のところ、『いっぽう的に、たにんが持ちこんできたから』ってコトになるワケか。
つまり、ほかのニンゲンとの縁が、理由・原因になっている。ソレも、ワルイ縁が。いわゆる、悪縁っていうヤツか。
だったら、今ココで、願いごとをするんだったら、『プラスの良いコトがおきてほしい』じゃなくて、そもそも、今のオレが、不運で不幸な状態になった、一番根っこにある、りゆう・げんいんを、つまり、悪縁を断ちきるコトこそを、ねがい、のぞみ、もとめるベキかもしれん。
極端なハナシになるけど、こうして、ナントカ今まで生きてきて、イヤというほどわかったコトがある。
ソレは、どれだけプラスのハナシ、チャンスがあったとしても、すこしでも悪縁があれば、ソコから、たくさんのキケン・もんだい・モメごと・トラブルがやってきて、不運で不幸な状態になって、ドンドン状況が悪化して、ナニをやっても裏目・裏目にでて、ジャマ・ぼうがいをされて、チャンスはつぶれてしまう。
というコトは、しあわせを、つまり、幸運で幸福な状態っていうモノを、ねがい、のぞみ、もとめて、期待するんだったら、『プラスの良いコトがおきてほしい』と、ご利益を願うベキじゃないかもしれない。
ソレよりも、コチラにたいして、不運や不幸な状態をもたらす、根本的なりゆう・げんいんである、『じぶんが持ってる悪縁を、カンゼンに断ちきる』っていうコトを、まず第一に、願うベキじゃないのか?)
と、このような仮説・けつろんが、アタマのなかに、うかんできたのであった。
この仮説・けつろんが、はたしてホントウに、ただしくて、合っているのであろうか。
というコトを、オトコには、知るよしもなかった。ただ、じぶんのなかで、妙になっとくして、腑におちるような感じがしたのだ。
(よし、こういうカタチで願いごとをしてみよう。どうか、今のじぶんが持っている、すべての悪縁っていうモノを、カンゼンに、断ちきるコトがデキますように。
ソレと、これから先のじんせいでは、悪縁と出会ったり、かかわったりするコトが、もう二度と、ありませんように。
ココにいれる5円玉に、つまり、このご縁の玉に、『じぶんが持っている悪縁』という縁を、すべて乗せて、捨てていくコトにします。この5円玉には、じぶんが持っている、すべての悪縁をいれておきます)
このようにかんがえて、オトコは、ちいさな賽銭箱にたいして、持っていた5円玉をいれて、願いごとをした。
(オレは今、この賽銭箱に、じぶんの持っていた悪縁を、すべて込めた、ご縁の玉、5円玉をいれた。
つまり今、このばしょに、じぶんの持ってた悪縁っていうものを、すべて捨てた。
だったら、『ココは悪縁を捨てる、ゴミ箱やゴミ捨て場』っていうコトになるのか。
あるいは、カラダからでてくる、悪縁っていう排せつ物を捨てる、トイレとでもいえばいいのか。
ほんらい、神聖なばしょであるべき祠のコトを、ゴミ箱やゴミ捨て場、トイレっていう表現でいうのは、ナンだかすこし、ココロ苦しい気もするが。
まあいい、オレがアタマのなかで、ナニをおもってるかなんて、たにんにバレるようなコトじゃない)
こうしてオトコは、じぶんが持っていたのであろう悪縁を、すべて5円玉に込めて、賽銭としていれて、お参りをしたのであった。
そして、そのあと、また公園のベンチにもどり、座ったのである。
(さて、コレから一体どうしようか。シゴトをヤメたのはいいが、つぎのシゴトのアテはない。まったくない。
というよりも、後先のコトを、アレコレかんがえてるヨユウなんて、まったくなかった。
ほんらいなら、つぎのシゴトがキマってから、せめて内定をもらってからヤメたかったけど、転職かつどうをする時間もヨユウも、ぜんぜんなかったんだよなあ。
とりあえず、ハローワークにいくベキか。ソレとも、コンビニとかに置いてあるフリーペーパーで、シゴトをさがしてみるか)
今後のコトにたいして、不安をいだきながらも、アレコレとかんがえていたら、ダンダンと、ねむくなってきた。
(今まで、まいにち気を張りつめて、ひっしにシゴトをして、はたらいてたから、ドッと疲れがでてきたのかもしれん)
まぶたが降りてきて、ウトウトしてくるのを、どうにも止められそうにない。
こうして、いつの間にかオトコは、ベンチに座りながら、半分寝たような状態になった。「ユメうつつの状態」といってもいいであろう。
そのときである。
「正解、アンタのやったお参りのやりかたは、じつは、ただしいんだよ。いっぱん人なのに、よくこの正解がわかったねえ」
という、声が聞こえてきた。




