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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第86話 おじ戦士のサインポスト

 侵入者たちが目的を果たして地下墓地を立ち去った後、それに入れ替わるようにして玄室に立ち入る人影があった。

 影は、まるで闇そのものではないかと錯覚するほど存在感がなく、暗闇の中に浮かぶ二つの瞳だけが、血のように妖しい輝きを放っていた。


「おやおや、酷い有様ですねぇ」


 赤い瞳の青年は、誰もいない室内でおどけたように肩をすくめた。

 床に伏している女へ無造作に近づくと、その体を足蹴にして仰向けに転がす。

 わずかな期待を込めて遺体を物色したが、青年が求める品は、もうそこには無かった。


「まったく、だから忠告したじゃないですか。さっさと引き上げてください――ってね!」


 今度は強めに蹴り飛ばして、死体をうつ伏せの状態に戻した。

 青年の顔に、笑みはない。

 普段は意識して作り笑いを浮かべてはいるが、本来、感情など不要とする存在である。


「……まさかあなたほどの使い手が、こうもあっさりと滅ぼされてしまうとはねぇ。よりによって魂のほうを消されるとは、流石にこの展開は予想していませんでしたよ。こうなってしまうと、負債を誰に負ってもらえばよいものやら」


 これは後始末が大変だなぁ、と青年は他人事のように呟く。

 そうした軽薄な態度とは裏腹に、この結末に至った経緯を振り返ると、内心は決して穏やかではなかった。

 事前に聞かされていた計画にこれといった不備は見られなかったはずだ。それが、いざ蓋を開けてみれば二つも大きな穴があったのだから。

 一つは、錬金術。

 それは故国ウルスガルドには存在しない技術だった。

 その存在を初めて知らされたときも、この国で衰退傾向にある魔法技術を補うために生み出された苦肉の策――つまるところ、付与魔術や創生魔術の劣化版程度にしか認識していなかった。

 しかし、死霊術を用いた作戦が軸に決まると、この国の錬金術師たちはこぞってある魔道具マジックアイテムへの対策を進言してきた。

 公爵は渋々ながらもその進言を受け入れ、魔道具の買い占めのためにかなり根回しをしたようだが、ビフロンスは公爵の偏狭へんきょうぶりを嘲笑あざわらっただけだった。

 それも当然だ。剣に塗布して使う魔道具を警戒しろなどと言われても、笑い話でしかない。剣が届く前に相手を屠る手段など、我らにはいくらでもあるのだから。

 我らの力がこうも侮られているのであれば、身を以て分からせてやればよい。ビフロンスもそう確信していたに違いない。

 その結果が、これだ。

 何のことはない。愚かなのは自分たちのほうだったと、ただそれだけの話だ。

 真に見極めるべきは、錬金術の価値や魔道具の性能などではなかったのだ。


「剣で戦う輩なんて、野蛮な蛮族どもくらいしか知らなかったからなぁ……」


 青年は腕組みをして、地に伏した死霊術師を見下ろす。

 死因は、心臓を貫く正確な一突き。ただそれだけ。

 正面から襲われたのなら、他にも抵抗した跡が残っていてもおかしくはないのに、胸の傷以外に目立った外傷は見当たらない。

 恐るべき技量としか言いようがない。少なくとも青年が知る限り、故国にこれほどの剣の使い手は存在しない。


「まあ、色々と不勉強だったのは反省する必要がありますねぇ。今回は負け分を受け入れて、早めの損切りを提案するとしますか」


 同時に、この国に対する評価と報告内容も一部見直す必要がある。

 騎士団を中核とする軍事体制は、兵数こそ多いものの、弱点も顕著だ。

 昔ながらの封建制度を維持している弊害だろう。いざというとき、地方から兵を集めるのに時間がかかるという致命的な欠点がある。そのため、各地の同時多発的な問題発生が、中央の守りを手薄にさせるという確証が得られた。


「むしろ問題なのは、それ以外の連中ですねぇ……」


 二つ目の穴は、冒険者と呼ばれる謎の集団だ。

 重要な局面に介入し、計画の邪魔をしてきたのは、いつもそいつらだった。

 かなり戦慣れした猛者にもかかわらず、この国の正規兵どころか傭兵ですらないようだ。しかも、高度な魔術の使い手すらようしているという。

 そのような不可解な戦力が存在する理屈が分からない。

 あの連中は一体、何なのだ。

 どうにかして一度接触を試みたいところだが、迂闊に近づくのは危険すぎる。下手をすると、自分もビフロンスのように魂ごと滅ぼされかねない。


「あまり時間はかけられないけど……外堀から埋めていくとしますかね」


 幸い、撒き餌に使えそうな獲物の目星はついている。

 何より、無くなった『石』のこともある。

 状況からして、持ち去ったのが誰であるか、疑いの余地はない。興味の対象が一箇所に集まっているのは、ある意味で好都合だ。

 今後どうするかは、向こうの出方を見てから決めても遅くはない。

 故国に戻るか、それともこの国に残るか――。


 ※ ※ ※


「――活動報告書はこれで大丈夫です。お疲れさまでした、ラルフ殿」


 まだインクが乾き切っていない書類に目を通し終えると、若い騎士は満足そうに頷いた。一方で、その書類を書き上げたばかりの当人はというと、先ほどから疲れた様子でしきりに眉間を揉みほぐしている。

 地下墓地での戦いを終えた後、ラルフは事件の報告のために詰め所を訪れた。

 そこでラルフを出迎えたのは、先刻門前で相まみえた若い騎士、分隊長のルディウスであった。彼は約束通り律儀に詰め所で待機しており、事情を聞くとすぐに、現場へ衛兵を派遣すべく取り計らってくれた。

 女死霊術師と切り結んだ現場をラルフの立ち会いのもとで検分した後は、再び詰め所へ戻り、事件の聴取や報告書の作成といった事後処理に追われた。

 一連の作業は深夜まで及び、すべてが終わった頃にはもう夜明け近くになっていた。


「それにしても、今回もお手柄でしたね」


 ルディウスは書類を傍らに置くと、机の上で両手を合わせた。

 彼の表情を見る限り、そこにおべっかや忖度といった意図はなく、向けられたのは純粋な賞賛の言葉に思える。

 だが、当のラルフはその言葉を受けても、ただ曖昧に笑うだけだった。


「こういうのを手柄と言ってよいものかは甚だ疑問だな」

「何故ですか? 惨事に繋がりかねない事案を未然に防いだのですから、十分に誇ってよいことかと思いますが?」


 予想外のそっけない反応に、ルディウスは不思議そうに首を傾げた。

 ラルフは借りていた羽根筆を筆立てに戻すと、凝り固まったうなじを億劫そうに押さえながら、椅子の背もたれに深く体を預ける。


「その未然に防いだというのが問題なんだ。俺なりに確信を持って行動したわけだが、あの女を放置した場合に、本当に街を脅かす惨事を招いたかどうかは誰にも証明できない。客観的に見れば、俺がしたことはただの私刑に過ぎないとも言える」

「彼女が禁域である地下墓地へ足を踏み入れたのは事実ですし、玄室で不死生物アンデッド残骸ざんがいも見つかりました。あとは貴方の証言と、この活動報告書に書かれている内容が裏付けとなり、状況証拠として十分に成立しますよ」

「その理屈が成り立つのは、お前が俺のことを信用してくれているという前提があってこそだな。俺を疑おうと思えば、いくらでも疑いようはあるぞ」


 ラルフは皮肉っぽく笑い、ぐるりと室内を見渡した。

 今いる場所は詰め所にある事務作業用の一室だが、自分たち以外にも衛兵たちが頻繁に出入りしており、時折、奇異の目を向けてくる者もいた。

 今回は周辺警備部門の兵士に会えたことでスムーズに事が運んだものの、これがラルフのことをよく知らないトレスタの衛兵だけが相手だったなら、そう簡単には理解を得られなかっただろう。


「アルベルトは、いつも俺のことを何と言っている?」

「……貴方とは、常に持ちつ持たれつなのだと、そう仰っていました」

「つまりはそういうことだ。騎士団からの信頼なくして、俺たちの活動は大半が成り立たない」


 そう言って、ラルフはおもむろに席を立った。

 このままだと長話になりそうだったので、適当なところで切り上げたかったのだ。事後処理も済んだ今、もうこの場に用はない。

 一つ仕事が片付いたとはいえ、明日からは南征騎士団との戦いに備えなければならないのだ。少しでも休息を取るべく、さっさと宿に戻りたかった。

 すると、ルディウスは「表まで見送ります」と言って、律儀に後をついてきた。


「――別に、俺は自分がやっていることを卑下しているわけではないぞ。だが、取り立てて誇るようなことでもないんだ。今回の件も、言ってしまえばただの仕事だ。そう割り切るからこそ、長く続けていられる」


 後ろからついてくるルディウスが、まだ何か言葉を求めているように見えたので、ラルフは詰め所の廊下を歩きながら話を続けた。


「我々の関係は職務の一部であると、私情を捨てて割り切れということですか?」

「いや、俺のようなおっさんの手柄など気にする必要はないという話だ。むしろ、こういう時は立場を利用して、自分の手柄にするくらいの強かさがあってほしいものだな、若いやつには」

「騎士の名誉にかけて、そのような不正をするわけには……」

「そうじゃない。お前のようなやつに出世してもらったほうが、俺たち冒険者もやりやすいからそう言ってるんだ」


 にべもなく言い切るラルフの背中に、ルディウスは訝しげな視線を送る。


「地位も名誉も求めないのであれば、ラルフ殿は何のために戦っているのですか?」

「つまらない質問だな。この歳までこんなことを続けていれば、もはや答える気にもならん」


 やがて詰め所を抜け、朝の気配が漂い始めた屋外へ出たところでラルフは足を止めて振り返る。

 ぼんやりと輪郭が浮かび上がる街を背に、後ろをついてきた若い騎士を見据えると、その肩にぽんと手を置く。


「若いの、誰かのことを思いやるなら、まず先に己の立場を理解することだ」


 ラルフはそれだけを告げると、後はもうルディウスのほうを見ず、足早にその場を立ち去っていった。


 ※ ※ ※


 東の空が白み始めている。

 朝と呼ぶにはまだ早すぎるこの時間、通りに人影はほとんどない。まだ眠りの中にあるトレスタの街を、ラルフはひとり歩いていた。

 目的は達したので、仲間たちが待つ宿への帰路につくためだ。

 ぼんやりとしてきた頭から少しでも眠気を払おうと、日の出前のひんやりとした空気をいっぱいに吸い込んだ。


「……若者に偉そうなことを言えた身ではないのだがな」


 少し冴えた頭で、先ほど若い騎士にかけた言葉を思い出し、自嘲気味に笑う。

 惨事を未然に防ぐといっても限界はある。現に、最初の殺人事件から昨夜の壁外での戦闘に至るまで、すでに多くの犠牲者が出てしまっている。

 自分がどれだけ力を尽くそうとも、結局はどこかで誰かが死んでいく。誰も傷つかない理想的な結末など、端からあり得ないのだ。

 しかし、それでも自分は戦う。

 戦い、敵を倒すことで、生き残る人たちがいる。

 それでいい。それで十分だ。

 ――ふと思った。ひと仕事終えた後、こうした心地に浸れたのはいつぶりのことだろうか。

 もう長い間忘れかけていた懐かしい感覚だった。

 今回、再びそれを思い出せたのは、ひとえに仲間たちが各々の場所で力を尽くしてくれたおかげだ。

 彼らの頑張りなしには、この結末には辿り着けなかっただろう。


「どうにかして労ってやりたいものだが……」


 果たして、自分はこの先も彼らの尽力に報いることができるだろうか。

 ……正直なところ、分からない。

 未だに答えを出せずに悩んでいる、というのが本音だ。

 ずっと分からないまま、今日まで生きてきてしまった。

 そのせいで、後悔することのほうが多かった。

 悔いを残したままの別れも、これまでに沢山あった。

 だからこそ、今度の仲間たちとだけは、そうなりたくない。

 望みがあるのなら、互いの命があるうちにすべて叶えてやりたい。

 自分にできることは、もうそれくらいしかないのだから。


 やがて、自分たちが泊まる宿屋が見えてきた。

 彼女たちはもう起きているだろうか。

 疲労の極致だったようなので、まだ眠っているかもしれない。とはいえ、若さからくる回復力でもうすっかり目覚めていても不思議ではない。

 もし寝ているようなら、その間に自分も少しだけ休息を取るとしよう。


「もし起きていたら、まず何と声をかけたものかな……」


 さすがに今日は疲れた。昨夜の出来事を事細かに説明するのは後回しにして、すぐにでも眠りたいところだった。

 なのに、眠くて頭が回らないせいか、朝帰りの言い訳が全然思いつかない。

 ――こういう時、そんな余計な一言ばかり考えてしまうのが自分の悪い癖だと、ついこの前言われたばかりなのを思い出して苦笑する。

 けれど、それで構わないと思えた。

 こうした馬鹿な歳の取り方をした男を、受け入れてくれる人たちがいる。

 その仲間と共に、再び前へと進めているのだから。

 徐々に明るくなっていく空を、ラルフはもう一度見上げた。

 張り詰めていた戦士の顔が、穏やかな笑みへと変わる。

 ようやく思いついた言葉を小さく呟いてから、宿の扉を開けた。


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― 新着の感想 ―
完結、お疲れさまでした。楽しませていただきました。 あと・・・・・・気が向いたら続けてもいいのですよ?
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