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おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

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第64話 女魔術師、感想戦に入る

「敵襲だ!」


 外から聞こえてきた怒鳴り声に、ミアは一瞬で目を覚ました。

 寒さをしのぐためにまとっていた毛布をはねのけ、枕代わりにしていた穀物袋の下から自分の魔法杖を掴み取る。いざという時のために長衣ローブも身に着けたまま寝ていたため、すぐさま動くことができる態勢だ。

 見れば、すぐ横で寝ていたセーラも同じように準備を終えている。

 二人は小さく頷くと、ほろをめくって馬車から飛び降りた。

 ここは峠の途中にある野営地。

 月は出ておらず、空き地の中央で燃えている焚き火を除けば、あらかじめ数か所に設置していた角灯ランタンが数少ない光源だ。早くも金属同士がぶつかり合う音が響き、あちこちから怒声が聞こえてくる。

 断片的な情報から、敵は魔物ではなく人間だということは分かった。

 おそらくは山賊の集団だろう。峠を越える旅人を狙い襲ってきたのだ。

 全体的に灯りが足りないせいで戦況を把握しづらいが、空き地付近は比較的明るいため敵味方を判別するのは難しくなかった。


『祖は赤き槍 苛烈なる力にして再生を拒む 苦悶の種よ――』


 それならばと、ミアは目についた数人の敵に向けて、焼却(インシネレート)の呪文を唱えた。

 山賊たちの衣服から小さな発火が起こったかと思うと、それは瞬く間に全身へと燃え広がり、人ひとりを包み込む大きさの炎となった。全身を炎に包まれた敵は悲鳴を上げて転げまわる。

 その光景は夜闇の中でもとりわけ目立つため、目撃した敵を浮き足立たせた。中には仲間を見捨てて逃げ出す者さえいる。


「魔法使いがいるぞ! 先にそいつを殺せッ!」


 ミアの魔法は期待した通りの成果を果たしたが、同時に目立ちすぎたため敵に位置を知られることになった。

 ぼろぼろの革鎧を着た男が、剣を振りかぶってミアに襲い掛かる。


「させません!」


 ミアの隣にいたセーラがすぐさま前に出て、その攻撃を阻む。

 山賊が振り下ろした剣を横薙ぎの鎚鉾メイスのスイングで弾き、激しい火花が散った。


「――ッ、このアマッ!」

「セーラ、下がって!」


 革鎧の男が攻めあぐねた隙に、ミアは再び焼却の呪文を完成させた。

 この呪文は、燃えない鉄の鎧を着込んだ相手には効果が薄いが、対策をしていない人間であればほぼ一撃で倒すことができる。

 目の前の敵を瞬時に火だるまに変え、無力化する。


「おい、二人とも無事か!」


 空き地付近の敵をあらかた倒したところで、ようやく聞き慣れた声を耳にした。

 歩哨ほしょう役をしていた斥候スカウトのチップが荒い息を吐きながら駆け寄ってくる。

 彼も山賊と切り結んだ直後らしく、手にする短剣ダガーは血に染まっていた。


「チップ、負傷していますよ。治癒を施しますから――」


 返り血を浴びただけでなく、チップ自身もところどころ血を流しているのをセーラは見逃さなかった。軽傷のようだが、早めに魔法で治しておいたほうがいい。

 しかし、チップは首を横に振って治療を拒んだ。


「このくらいの怪我ならまだ平気だ。それよりこっちが片付いたのなら手を貸してくれ。向こうの馬車がまだ襲われてんだ」


 早口でそうまくし立てると、チップはやってきた方向に駆け出した。

 ミアとセーラもそれを追いかける。

 先頭の馬車の向こう側に回りこむと、そこではまだ激しい戦いが繰り広げられていた。しかも、こちらはさらに光源が少ないため敵味方の判別が難しい。魔法で援護するにしても、同士討ちを避けるためにより慎重になったほうが良さそうだ。

 ダニエルとドマはどこだろうか。空き地のほうでは二人を見かけなかったので、おそらくこちら側にいると思うのだが……。

 何はともあれ、まずは光源を確保しよう。

 ミアはそう考え、呪文を唱える態勢に入る。


「ダニエル! 後ろ!」


 杖を構えた直後、暗闇の向こうからドマの怒鳴り声が聞こえた。

 続けざまに、誰かの断末魔の叫びが暗闇に響いた。


 ※ ※ ※


「――とまあ、襲撃を受けてからの流れはそんな感じかなー。あくまで私から見た戦いの様子だけどね」


 長い話を終えると、ミアは思い出したように目の前のカップを手に取った。

 先ほどまで熱い湯気を立てていたお茶は、話している間にかなり冷めてしまっていた。美味しいお茶なのに渋みが強く感じられ、ミアは少しだけ眉をひそめる。

 今いる場所は、大通りから少し離れた場所にある洒落た雰囲気の食堂だ。

 朝から冒険者の酒場でラルフと話を続け、気づけばもう昼時になっていた。

 このまま話を続けるにしても、どこかで一度昼休憩を挟もうということになり、河岸を変えてこの店に落ち着いた。


「なるほどな、当時の状況はおおよそ把握した」


 向かいの席でミアの話を聞いていたラルフは納得したように頷いて、同じくカップに口をつける。

 この店は以前にヘレンに誘われて昼食を共にした食堂なのだが、あれ以来ラルフもここの料理が気に入って頻繁に足を運んでいた。

 頼んだお茶はすぐに提供されたが、一緒に注文した料理のほうは出来上がるまでまだ時間がかかる。

 料理が出てくるまでの間、護衛中の隊商を襲った山賊との戦いについて、詳しい話を聞かせてもらっていたところだ。


「後でドマに聞いたところによると、あの警告はダニエル本人に対してじゃなくて、後ろにいる商人を守れって意味だったみたいね。結局、ダニエルはその意図に気づかず商人を守り切れなかったみたい」


 実際に犠牲者が出た瞬間は見えなかったけどと、ミアは説明を付け足す。


「ダニエルとドマは、馬車を挟んだ向こう側でずっと戦っていたみたいです。私たちの合流が遅れたのも、犠牲者を出してしまった一因かもしれません……」

「いやー、馬車を出た時には、もう空き地にまで敵が押し寄せてたんだよ? すぐに合流できなかったのは仕方がないって」


 状況からしてあれ以上は急ぎようがなかったと、自責の念を口にするセーラをミアは励ました。

 癒し手(ヒーラー)の立場ということもあるのだろう。犠牲者が出てしまったことを、セーラは人一倍悔やんでいる様子だった。


「……でも、私も今回の戦いはかなり上手く立ち回れたと思ったんだけどなー」

「そうね……私たちどこかやり方が間違っていたのでしょうか?」

「何も間違ってなどいない」


 二人の疑問に対して、ラルフは首を横に振って答える。


「聞いた限りでは、各自の動きに問題があったようには思えない。とはいえ、全員が力を尽くしたとして、それでも結果が伴わないことはある」


 不条理だが、それが実戦というものだ。型が決まっている訓練とはわけが違う。

 敵が自分たちよりも弱い相手ばかりとは限らないし、格下だからといって正々堂々と戦ってくれるわけでもない。

 どれだけ事前の準備を重ね、万全の態勢で挑もうと、すべてが思い通りにいくわけではないのだ。


「犠牲になった商人には気の毒だが、その状況で死者が一人で済んだのならむしろ幸運なほうだろう。何か一つ違っていたら、被害はもっと大きくなっていたはずだ」

「さらに犠牲者が増えていた恐れもあったということですか?」

「まず真っ先に思いつくのは、商人が生きたまま人質に取られた場合だな。護衛対象という急所を押えられると、こちらからは手が出せなくなる」


 もし実際にそうなっていたら、死者一名の被害では済まなかったろう。

 それまでの戦いがどれだけ優勢でも、人質を前にして及び腰になれば一気に形勢をひっくり返された恐れすらある。


「おそらく、商人を手にかけた賊にはそこまで気にする余裕がなかったんだろう。被害を最低限に抑えたのは、お前たちが果敢に立ち向かったおかげかもしれない。そういう考え方をすれば、結果は伴ったとの見方もできるな」

「でも、それってただの例え話でしょ? 気休めにはなるかもしれないけど、何か結果が変わるわけでもないし……第一、もともと皆殺しにして隊商の物資を奪うつもりだっただけかもしれないよ?」

「気休めも大事だぞ。こういうのは結局のところ気の持ちよう次第だ。色々と悩むだろうが、自分の中でどこか落としどころを見つけるしかない。――何度も冒険に出て、その辺りの感覚はもう掴めてきた頃じゃないか?」


 ミアとセーラは互いに顔を見合わせる。


「でもそれって、モヤモヤする気持ちまで全部消えるわけじゃないのよねー」

「ええ、徐々に心がすり切れていくようで……特に今回はパーティの解散まであったので、さすがに堪えました」


 ラルフの言葉を肯定しつつも、二人は苦笑を浮かべながら力なくうなずく。

 いつまでも済んだことを引きずっていても仕方がない。頭では分かっているのだが、心のほうがすぐにそれを受けて入れてくれるわけではない。

 これまでも多かれ少なかれそうだった。何か一つ結論を出す度にそれが重荷となって積み重なり、自分で自分の心を押し潰そうとしてくる。


「その苦しみが人を孤独にしていく。間違いを生むのはいつもそこからだ」


 ラルフは何かを思い出したかのように視線を落とし、一度言葉を区切る。


「すぐ隣に信頼できる友がいるのは幸せなことだ。だから、これからも常に誰かを頼れ。苦しいときこそ一人にはなるな。それだけは忘れないでくれ」


 再び視線を上げ、静かだがはっきりとした口調で告げる。

 今後も生きている限り、重大な決断を迫られる場面には幾度となく遭遇するだろう。そんな時に必要なのは、何も最善の結果をもたらす選択ではない。

 たとえ最善でなくても、その結果を理解して受け入れてくれる誰かだ。


「つまり、今後はおじさんを一番に頼ってもいいわけね?」

「そういう捉え方をしてもいい。それなら俺なりに善処するとしよう」


 にんまりと意味ありげな笑みを浮かべるミアに、ラルフも楽しげに笑って返した。

 ミアはラルフとのこうしたやり取りが好きだった。

 たまに笑えない冗談――ミアには理解し難いおじさん特有の謎センスに閉口することもあるが、同世代の友人にはない思慮深さがラルフにはある。

 表向きは冗談を交えたやり取りをしていても、常に内面の繊細な部分を気遣ってくれる。この優しさが、今は特にありがたかった。


「俺も、もうしばらくは王都で待ちの状態だ。その間は、毎日昼時になったらここに顔を出すことにする。都合がつきそうなら来てくれ、世間話のついでに昼飯くらいは奢るぞ」

「そうねー、ここからならアカデミーも近いし、毎日お昼ごはんをご馳走してもらえるなら来てあげてもいいかなー」


 ミアは、わざとらしく腕組みをして悩んでいるふりをする。 

 少しだけ余裕を取り戻したらしく、声にもいつもの元気さが戻ってきていた。

 一方、セーラのほうはまだどこか不安げな表情を浮かべていた。


「ソードギルドには、王都に集合するよう通達が出ているそうですね。ほとんどの市民は、まだそのことを知らないようですけれど」


 ラルフと目が合ったので、わずかな逡巡しゅんじゅんの後、セーラは口を開いた。

 今、ラルフに尋ねるべきことか迷ったが、思い切って聞いてみることにした。


「僧院にも騎士団からの通達があったのか?」

「従軍僧侶を求める要請がありました。強制ではないため、僧院内からの希望者を募る形になりますが……」

「それに立候補する者など、今の僧院にはいないだろ?」

「いないでしょうね。ですがラルフさんたちに同行するとしたら、そこで手を上げるべきではないかと――」


 ちょうどそのタイミングで、注文した料理がテーブルに運ばれてきた。

 中途半端なところで会話が途切れる。


「もー、そういうキナ臭い話を今しなくてもいいじゃん……ほら、料理も来たことだし、まずは食べようよ」


 ミアは二人のやり取りに文句を言いながらも、テーブルに並べられた料理に早速手を付けはじめた。

 骨付き羊肉のローストを手に取ると、豪快にそれにかぶりつく。

 口いっぱいに広がる肉の旨味を噛みしめ、幸せそうな表情を浮かべるミアの様子を見て、ラルフとセーラも思わず顔を綻ばせる。


「しばらく冒険者活動のことは忘れて本業に専念するといい。こうして日常の空気を思い出しているうちに、気持ちの整理もつくだろう」


 途切れてしまった会話を補うように、ラルフは一言だけ付け加える。

 その言葉にセーラは素直に頷いた。

 セーラの顔にも、ようやくいつもの穏やかな笑みが戻っていた。

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流石はおじさん、ちゃんとフォローしてた!!ヽ('ヮ'*)ノΞヽ(*'ヮ')ノ 酷い話ですけど、究極的にはパーティメンバーが欠けたり 欠けるような大けがもなく帰還出来たのですから上出来なのですよね。 …
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