第63話 おじ戦士、ダメ出しをされる
「そりゃねー、私にも良くないところがあったとは思うわよ?」
不平半分、反省半分といった口調で、ミアは言葉を続ける。
「あんな風になるまで、ドマが不満を抱えてることに気づかなかったんだからね。パーティの一員として責任の一端はあったと反省してるわ」
「そうか」
ミアの主張に、ラルフは控えめに相槌を打つ。
先ほどチップと別れてしばらくすると、ミアとセーラが冒険者の酒場にやってきたため、今度は彼女たちから近況を聞く流れになった。
話題は主に、例のパーティ解散についてなのだが……。
「でもさー、チップもチップよ。あいつ、いち早く問題に気づいてたくせに、そういう大事なところを後になってから伝えてくるんだから。もっと早くにきちんと相談してくれてたら、他にもやりようがあったと思わない?」
「まあ、それはあるかもな」
話を聞き始めてからしばらく経つが、その間ずっとこんな調子で――主にミアから愚痴を聞かされ続けている。
もう昼近いのではないだろうか。思っていた以上の長丁場になり、さすがにラルフも疲れてきていた。
「よぉ、ちょっといいかい?」
不意にテーブルの外から声をかけられる。
顔を向けると、ミアが会ったことのない、知らない男がそこにいた。
あまり使い込まれた様子のない鎧を着ている優男風の戦士だが、たぶん自分たちよりは経験を積んでいる冒険者なのだろう。ただ、愛想笑いと呼ぶにはニヤニヤとした笑い方をしており、やや軽薄な印象を受けた。
「何? 今こっちは大事な話をしてるところなんだけど?」
「へへっ……いやなに、新入りたちのパーティが解散したって聞いたもんでな。うちのパーティは魔術師も僧侶も席が空いてるから丁度いいと思ってさ。どうだ、嬢ちゃんたちに行くアテがないのなら、俺らの仲間に加えてやっても――」
「悪いけど、今はそんな話をする気分じゃないの」
ミアは、取り付く島もないといった感じで、ぷいっとそっぽを向いた。
その歯牙にもかけない態度がさすがに気に障ったらしく、声をかけてきた冒険者の男はピクリと頬を引きつらせる。
「すまんが、今は人生相談の最中だ。俺の顔を立てると思って、今日のところは退いてくれ」
張り詰めた空気を察し、ラルフのほうが間に入って仲裁めいたことを口にする。
しかし、その口調に反して目のほうは全く笑っていない。
黙って従え。
剣呑な視線がそう告げる。
その男は、それでも何か言いたげに何度も口を開きかけたが、結局はっきりとした文句は口にしなかった。独り言のようにぶつくさと悪態をつきながら、自分のテーブルへと引き上げていく。
「もー、信じらんない! こっちの気も知らないでさー!」
男が去ると、ミアは甲高い声を上げて怒りを露わにした。
愛らしい顔にイライラとした表情を浮かべながら、板張りの床を踏み抜かんばかりの勢いで地団駄を踏む。
「おいおい、怒ってもいいがせめて声を落とせよ。さっきのやつに聞こえるぞ」
「だってさ、パーティの解散を決めてからずっとあんな感じで勧誘を受けてるんだよ? 解散した途端にそういう話を持ってくるのって、いくら何でもデリカシー無さすぎじゃない?」
苦笑を浮かべながら宥めるラルフに対し、ミアは口をとがらせて反論する。
気持ちは分かるのだが、同じテーブルを囲んでいるラルフの身からすると、どうにも居心地が悪い。事情を知らない者がこの光景を見たら、おっさんが若い娘を怒らせたと勘違いされそうなものだ。
「魔法が使える冒険者は貴重だからな。しばらくの間は、ああいった露骨な勧誘が増えるかもしれん」
冒険者とは、厳密には職業のことではない。
魔物退治や遺跡探索など、ある特定の目的のために活動を共にする者たちの集まりを指しただけの通称だ。
その目的の性質上、冒険者は戦士の数が最も多く、魔術師や僧侶など直接的な荒事には向かない職種になるほど、志す者が少なくなる傾向にある。
そのため、魔法が使える冒険者は万年人手不足な状態にあり、まだ経験が浅い新人だったとしても常に引く手数多なのだ。
「まあ、なるべく揉め事にならないような断り方も覚えることだな」
「そうは言うけどさ、あいつ口調からして完全に私たちを下に見てたよ。対等に扱う気がないくせに、女だからっていやらしい目まで向けてきて――ああいうやつが一番ムカつくんだから!」
「だから声を落とせって……その見立てには同意するから」
実のところ、ミアの指摘は的を得ている。
先ほど声をかけてきた男は、実はラルフも前々から目を付けていた。
何か露骨な悪事を働いているわけではないが、日頃から素行の悪さが目立つため、何かと周りからの評判が良くない輩だ。
冒険者は気のいい連中ばかりではない。
常日頃から荒事に携わって生きているため、暴力など犯罪に対する忌避感も一般人に比べて薄く、気性が荒い乱暴者が多い傾向にある。
そういった連中に混じって活動するのだから、冒険者を志す若い娘はこのくらいの警戒心があるくらいで丁度いい。
「まっ、あいつがおじさんに睨まれて何も言い返せずに引き下がっていったのは、見ていて少しだけスカッとしたけどねー」
「それは何よりだ。目つきの悪さもたまには役に立つな」
ラルフは笑いながらも、今後どうするかを考えていた。
これまではラルフ自身、あの連中とは直接関わるきっかけが無かったので放置していたが、ミアのような若手にまでちょっかいをかけてきたのは、さすがに見過ごせない兆候ではある。
もしあれで引き下がらなかったら、ラルフなりのやり方で即刻けじめを付けていたところだ。
「本当に私たちの力を必要としてくださる方も、中にはいましたけどね」
ラルフの右隣の席に座るセーラが、控えめに意見を述べる。
彼女もまた、ミアと同様に昨日から何度となく他パーティからの勧誘を受けているとのことだった。
「セーラはそういう誘いについて、どう思ってるんだ?」
「誘っていただけること自体はありがたいことだと思います。でも、私もまだ気持ちの整理がついてなくて……」
それを理由に、今のところ勧誘はすべて断っているのだと言う。
さすがにミアほど大っぴらに不満を口にはしないが、セーラも内心では今の状況にかなり困惑している様子だった。
「それよー、それそれ。こっちはまだ落ち込んでる最中なのにさ。『はい、次』って言われて、すぐに気持ちを切り替えられるものでもないっしょ」
「まあ、そうだな」
それがごく自然な反応だと、ラルフは再び頷く。
ミアもセーラも、解散についてまだ思うところがあるようだ。何度も命がけの冒険を共にしてきた仲間と別れたのだ。しかも、それが初めてのパーティともなれば、そう簡単に割り切れるものではない。
たとえ長丁場になったとしても、今日は彼女たちの気が済むまで話を聞いてやるべきだろう。
「だからさー、おじさんはもっと私たちを丁重に扱うべきだと思うの」
「うん……うん? なんか急に話の流れ変わったな?」
「こうして気遣ってもらえるとさ、ああ自分はこの人にとって特別な存在なのかなー、とかつい考えてしまうわけよ。それなのにおじさんは、その気もないのに誰かれ構わず優しく接して……前々から思ってたけど、そういうのって変に誤解を招くだけだから良くないと思いまーす」
「むう」
唐突に向けられた矛先に、ラルフはただ唸るしかなかった。
決まりが悪そうに顎を撫でながら、どう切り返したものかと言葉を探す。
しかし、その煮え切らない態度にミアのほうが先に痺れを切らした。不満げに口をへの字に曲げながら、さらに問い詰める。
「ねぇ、ちゃんと聞いてる? 私はね、今すっごーく真面目な話をしてるんですけど?」
「聞いてる。けど、これはただの性分だからな。行動に問題があるなら改めるが、さてどうしたものか……」
これまで何人もの新人冒険者の面倒を見てきたが、新人側からこうしたダメ出しをされたのは初めてのことだ。
「そんなに悩むことでもないでしょ。私たちを特別扱いするなら、今後他の子にはそういうことしないでって言ってるだけなんだから」
「お前、それはいくらなんでも……」
自分本位が過ぎるだろうと諌めようとしたが、途中で言いよどむ。
今後の活動を考えれば、ミアの言い分を受け入れてしまったほうが確かに好都合ではあるのだ。ただ、まだ時期尚早ではないかという懸念はぬぐい切れない。
現時点での実力を鑑みると、自分の活動に彼女たちを巻き込んで果たしてよいものか悩ましいところではある。
「今のままでも良いと思います。私は、そんな優しいラルフさんが好きですよ」
ラルフが言葉に詰まっているのを察したのか、セーラが横から助け舟を出す。
だが、その横やりのせいで言質を取り損ねたミアは当然ながら不満げだった。
「またそうやって、セーラは肝心なところでおじさんの肩を持っちゃうんだからー」
「別にそんなつもりはないわ。ラルフさんが誰かのことを大切にするのも、私のことを大事にしてくれるのも嬉しいことだし、そうした大勢の人のために尽くせる優しさも含めて魅力的だと思うもの」
「いやいや、そういう気持ちがあるのなら猶更。この人は今のうちから強引にでも束縛しといたほうがいいと思うよ。でないと、この先も次から次へと新しい子に乗り換えるんじゃないかって不安になるでしょ?」
「人聞きが悪いことを言うなよ」
ミアの揶揄を、ラルフは怒ることもなく笑って受け流した。
聞きようによってはあんまりな言い草ではあるが、新人たちの世話は何か打算があってしていることではない。あれは無私でなければ成り立たない役回りだ。その自覚があればこそ、毎回人間関係の煩わしさを感じることなく活動できている。
ただ、知り合った相手一人一人に対して、何の感情も抱かないわけではない。
「お前たちはもちろん特別だ。もはや何ものにも代えがたいとさえ思ってる」
本来であれば、最初の引率が終わった時点でミアたちとの繋がりもほとんど解消されてしまうはずだった。それがほんの些細な手違いで、立て続けに二度も同じパーティに同行をすることになった。
今にして思えば、それも僥倖だったと言える。
おかげで依然として交流は続いているし、その後の生き方にも大きな影響を与えてくれた。
望む望まないにかかわらず、ラルフのほうからこの手を放すつもりはない。
「次から勧誘を断るときは、俺の名を出してくれて構わない。それで何かしらの揉め事が起きるようなら、すべて俺が話をつける」
「えっ、それってつまり――」
「先約だ。気持ちの整理がついたら、俺と一緒にパーティを組んで冒険に出るぞ」
静かだが迷いのない口調で、ラルフは告げる。
「ミア、特別扱いというのはそういうことで良いんだろ?」
「あっ、うん、そゆこと……よろしくおねがいしマス」
ミアは急にしおらしい声になると、何度もコクコクと首を振った。
ラルフに仲間と認められたことをもっと素直に喜びたかったのだが、一足跳びに話が進んだため感情のほうがまだ追いついてこない。
ようやく言葉の意味を実感してきた頃には、ラルフの視線はすでにミアを離れ、セーラのほうに向けられていた。
「セーラ、決断が遅くなってしまいすまない。余計な気を揉ませてしまったな」
「いいえ、その言葉を待っていました」
セーラは両手を胸に当てて頷く。
ミアとは異なり、彼女はラルフの言葉に特に驚いた様子もなく、すでに心得ていたといった感じだった。顔には穏やかな笑みさえ浮かべている。
「あなたと同じ道を歩めること、嬉しく思います。不肖の身ではありますが、この命が女神のもとに召されるその日まで、お供いたします」
「――おっも!」
セーラの口上が終わった瞬間、ミアが横で声を上げた。
さすがに失礼な横やりだとは自分でも思ったが、それも承知の上で突っ込まずにはいられなかった。
「えっ、待って、これってパーティを組もうっていう話だったよね?」
「そうよ」
セーラに真顔で返され、ミアはますます困惑した。
自分も一気にテンションが上がったことは自覚しているが、それでもなおセーラの反応には若干引いてしまった。この差は一体なんだというのか……。
戸惑いながら視線を上げると、ラルフともう一度目が合った。
彼は彼で、ミアを眺めて楽しそうに笑っている。
「……なにがそんなに可笑しいのよ!」
理由ははっきりしないが、なんだか自分だけ除け者にされているような気がして無性に腹が立ってきた。
さっそく仲間に対する配慮が足りていないのではないかと思う。
抗議の意味合いを込めて、ミアはテーブルの下にあるラルフの足を少々強めに蹴りつけておいた。




