表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おじ戦士道  作者: 伝統わがし
第三章 おじ戦士の先導者編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/66

第60話 騎士隊長、腹は立つが我慢する

 王都イスマルクにある中央騎士団の本部は、王城に隣接する中央兵舎と、その周囲に建てられた四つの兵舎からなる。合計五つの兵舎には、それぞれ役割の異なる騎士隊が一つずつ配置されている。

 この中でも中央兵舎は、騎士団全体の人事権を統轄する組織、通称「近衛隊」と呼ばれる第一騎士隊に割り当てられた建物である。

 近衛隊は規模こそ二百人程度と少ないが、所属する隊員のほとんどは王族や、それに連なる上級貴族の血縁者から構成されるため、とにかく権限が強い。主任務である王室の警護以外にも、各種大臣の職務を兼任する者がほとんどで、王都における政府機関的な役割も担っている。

 いわば国を代表するエリート集団であり、他の騎士隊は何をするにも、まず近衛隊に話を通すために中央兵舎を訪れるというのが慣例になっていた。

 今、その最上階に位置する参謀執務室に、第二騎士隊の隊長アルベルトはいた。


「もう一度よくお考え下さい、ゲオルグ殿」


 執務机の前に立つアルベルトは、身を乗り出さんばかりの勢いで言った。


「再三、申しておりますようにトレスタには先発隊を派遣すべきです。今ならまだ間に合います。リズマイル伯爵を説得し、開戦前に街を明け渡すよう促しましょう」


 机の上に置いた直筆の書面を前に、アルベルトは息巻いた。

 一方、書面を挟んで向かい合う位置に座る男は、興奮するアルベルトを無言のまま上目づかいで睨んだ。

 男は近衛参謀ゲオルグ。近衛隊における実質的なトップであり、中央騎士団を統べる総騎士団長を補佐する立場にある。また、近衛隊を除く各騎士隊の動向を把握し、作戦行動を承認する権限を持っているのもこの男だ。


「伯爵の説得は私にお任せ下さい。十分な勝算を見込んでおります」

「バーンライトの一件はご苦労であったな、アルベルト」


 執務椅子に座る壮年の男は、わざと主題から逸れた過去の話題について触れた。

 今にも机に両手を付きかねない勢いのアルベルトに対し、冷ややかな笑みを浮かべながらも、淡々と労いの言葉をかける。


「武力介入した痕跡を残すことなく吸血鬼を始末し、子爵本人とその領地を手中に収めることができたのだ。貴公の手腕と貢献、そして王家に対する忠誠はすでに高く評価している。その上で、貴公はさらに手柄を重ねたいと申すのか?」

「功名心で言っているのではありません。トレスタは強固な防壁に守られた城塞都市です。南征騎士団に占拠された後に武力で攻め落とそうとすれば、われら中央騎士団にも甚大な被害が出ます」

「騎士団の人的損失が、われらが真に懸念すべき事案か?」


 自分よりも年上の騎士隊長に対し、近衛参謀は含めるような口調で問う。


「違うだろう? いざ戦となった時に重要なのは大義名分であり、統治者としての威光を民に示すことだ」


 ゲオルグは机の上に置かれた羊皮紙の書面を手に取ると、椅子に深く腰をかけ直し、書かれている内容に目を通す。


「王都から目と鼻の距離にあるバーンライト領とは異なり、トレスタは完全に南部地方の都市だ。そこに中央騎士団が介入したとなれば、もはや言い訳が効かん。公爵に反乱の正当性を与えるだけだぞ。その一連のやり取りを見た民は何と思う?」


 読み終えた書面を再び机に投げ置くと、ゲオルグは眼前のアルベルトを見上げた。


「これに私の署名が欲しくば、トレスタをわれらが先に占拠することが、その後の統治においてどう有利に働くかを具体的に説明してみせろ。それが条件だ」


 アルベルトは表情こそ変えなかったが、心の中で思いっきり舌打ちをした。

 負けるとはつゆほども思ってない。

 勝って当たり前。常に勝った後のことしか頭にないのだ、この男は。

 確かに全軍の兵の数で比較すれば、中央騎士団と南征騎士団とでは五倍以上の戦力差がある。しかし、それはあくまでも中央騎士団の主軸たる西方領主たちが滞りなく兵を派遣した場合の人数だ。

 現在伝わってくる西の情勢を鑑みるに、額面通りの数字を期待するのはどう考えても現実的ではない。さらに他地域でも同じような悪条件が重なりでもすれば、南征騎士団に対する数的な優位はほとんど無くなるのではないかとすら、アルベルトは考えていた。

 数で拮抗するとなると、防衛戦の意味合いがまるで違ってくる。

 南方面においてトレスタはフーラに次ぐ規模の大都市であり、開戦時にどちらの騎士団がその要所を押さえているかは、戦の勝敗を左右するほど大きな差となる。それが開戦前にトレスタを手に入れる唯一にして最大の理由なのだが、目の前の男にそんな説明をしたところで話が通らないのは分かっている。

 自らの手を汚さぬ立場の者に、命のやり取りについて説いても無駄だ。


「……中央騎士団が先にトレスタを占拠していれば、そこを陥落させるために兵を進める南征騎士団を侵略者の立場に仕立て上げることも可能です」


 何とか感情を表に出さないよう努力しつつ、アルベルトは説得の言葉を紡いだ。

 この期に及んで平時のような感覚で、あらゆる問題に対して人事の評価を絡めてくる目の前の男には、激しい苛立ちを覚える。

 しかし、事態はもはや余談を交えていられるような段階ではない。南征騎士団はすでに集結に向けて動き始めているとの情報もあり、中央騎士団もそれに呼応して戦の準備を進めている。開戦は避けられないところまで迫っているのだ。

 大事の前の小事として、自らの感情を押し殺す。


「戦が起こる際の細かい前後関係など、実は民はさほど気にはしません。民は常に、侵略する側に対して憎悪の感情を抱くものです」

「ほう?」


 ようやく興味をそそられたのか、ゲオルグは椅子からわずかに身を乗り出した。執務机に両肘をつき、指を組む姿勢をとる。


「大義は常にトレスタを防衛する側にあると、貴公はそう言いたいのか?」

「私の経験上、民はそのように考えるものと見て間違いありません。むろん、前提として血を流すことなくトレスタを開城させる必要があります。そのためにも、リズマイル伯爵の説得は必ず成功させなければなりません」

「ふむ……」


 ゲオルグは、もったいぶった仕草で指を組み直す。


「貴公は、伯爵の説得には自信があると申したな?」

「その書面に記されている条件で納得しない場合は、さらに加増も提案するつもりです。いずれにせよ、戦の期間はリズマイル伯爵にはバーンライト領の名代を務めてもらうのがよろしいかと」

「ほう、なるほど」


 アルベルトが意図するところを理解し、ゲオルグは口の端を歪めた。


「トレスタを明け渡すのであれば、伯爵としても将来の保険は欲しかろうな。丁度よく空きができたバーンライトの領地と引き換えであれば、それも安泰というわけか」


 リズマイル伯爵は、フーラ太守であるイスマイン公爵配下の貴族たちの中でも重鎮の立場にある。

 南征騎士団を裏切って中央騎士団に与せよと馬鹿正直に迫ったところで、おいそれと承諾できる話ではない。

 しかし、これが名代として他領の管理を託されたという形であれば、少し話も違ってくる。トレスタを一時的に離れ、伯爵自らがバーンライト領を訪れていたとしても、それはあくまで領地視察の一環であったとの言い訳が立つ。

 立場上は南征騎士団に与したまま、バーンライト領内にて戦を傍観せざるを得ない立場に追いやることができるわけだ。


「リズマイル伯爵は慎重な人物です。自ら進んで前線に立ちたがる将の器でもありません。どちらの騎士団が勝利しても、己の領地と地位が保証される道があるのであれば、間違いなくそれを選びます」


 アルベルトの言葉が終わらぬうちに、ゲオルグは羊皮紙に羽根筆を走らせていた。


「よかろう、伯爵との交渉は貴公に任せる。私の名において、先発隊の人選も好きにして構わぬ」


 自分の名を使うからには必ず成功させよと言外に示しながら、近衛参謀は署名を入れた羊皮紙をアルベルトに手渡す。


「心得ました」


 アルベルトは毅然きぜんとした表情でそれを受け取ると、うやうやしく礼をして執務室を後にした。


 ※ ※ ※


「どうでしたか、隊長?」


 アルベルトが一階の待合室に現れると、それを待ちわびていたかのように一人の騎士が近づいてきた。

 今年から第二騎士隊の分隊長に昇進した青年だ。まだ二十代半ばだが、この歳で分隊長に選ばれただけあって、若手の中でも抜きんでて優秀な人材だった。

 将来を見越して、アルベルトは彼に自身の補佐役を任せていた。


「どうにか承認を得た。簡単な話をつけるのに、無駄に時間はかかったがな」


 アルベルトは明らかに疲れた様子であったが、安堵の表情を浮かべた。

 現場の叩き上げがほとんどの他の騎士隊とは異なり、近衛隊の人員は家柄で選ばれた騎士がほとんどで、彼らに期待されるのも文官寄りの能力だ。

 机上の百を知っていても、現場の一を見た経験がないため、何かを納得させるのにもいちいち回りくどい説明が必要になるのが難点だった。


「おかげであまりゆっくりしていられそうにない。これからすぐに兵舎に戻り、先発隊の人選を行うぞ」

「分かりました」


 若い騎士は力強くうなずくと、ふと思い出したように言葉を付け加える。


「隊長、ラルフ殿にも協力を要請しましょうか?」

「ラルフ?」


 部下の口から意外な名前が出たため、アルベルトは思わず聞き返した。


「やつはもう王都に戻っているのか?」

「昨日の夕刻に帰還したようです。同期に西門詰めの騎士がいるので、昨晩そいつから話を聞きました。活動報告書の提出もあったとのことです」


 そうか、とアルベルトは小さく呟くと、そのまま考え込むように押し黙った。

 そのせいで不自然に会話が途切れてしまう。


「今のうちにラルフ殿に会っておき、先発隊に加わる約束を取り付けておいたほうが良いのではないかと思いまして……」


 しばらく沈黙が続いたため気まずくなったのか、若い騎士のほうから提案を投げかけてきた。

 その言葉でようやく我に返ったように、アルベルトは首を横に振る。


「いや、まだそこまでしなくてもいい。今回の作戦では何か具体的にやってもらいたいことがあるわけではないからな。ただ、その活動報告書には目を通しておきたい。写しはいらないから、原書をすぐ回すよう西門には伝えろ」


 会話を続けながら、アルベルトは出口に向かって歩き出した。

 若い騎士もその後ろに続く。


「ソードギルドには、戦に備えて王都に集結するようにとの通達が出ている。焦らずとも、王都にいることさえ分かっていればラルフとはいつでも連絡が取れる」

「しかし、いざ力を借りたいときに都合よく彼の手が空いているとは限りません。いっそのこと、騎士団に復隊してもらうよう掛け合ってみてはどうですか?」

「それは軽率な意見だな。あの男を必要とするのなら、どういった点において有能なのかもよく考えてみることだ。ああいう男は騎士団で独占することが必ずしも最善とは限らないぞ。やつとは、常に持ちつ持たれつだ」


 アルベルトは歩きながら、含めるように説明した。

 ただ、会話の内容に反して彼の口調はどこか楽しげでもあった。


(こんな若い騎士の口からも、あいつの名前が出てくるとはな)


 騎士団が問題解決のために外部の人間を隊に招き入れることは、実はほとんどない。自力では解決できない問題があると公言するようなものなので、面子を気にしてあまり頼りたがらないからだ。

 その点、ラルフはいい意味で非常に都合が良い存在といえた。

 元騎士団員という内部事情にも精通している立場のため、表沙汰にはしたくない任務を依頼しても理解して引き受けてくれる。冒険者との距離が近い自分たち周辺警備部門が、名指しでラルフを頼る機会が多くなるのも必然だった。


「それとだ、やつとは懇意な間柄ではあるが、だからこそ礼を欠くような真似は慎め。信用を積み重ねるには長い時間がかかるが、信頼を失うときは一瞬だからな」


 どこか釈然としない表情でついてくる若者に対し、アルベルトは念を押すように言い含める。

 これまで自分たちが築き上げてきた人脈を、後進がきちんと継承してくれていること自体は喜ばしく思う。

 しかし、相手の好意に寄りかかりすぎて信頼を失うようなことがあってはならない。良好な関係構築を図るコツも、徐々に教えていかねばならないなと思う。

 ただでさえ忙しい中にさらにやるべきことが増えたというのに、アルベルトの顔にはどこか満足げな笑みが浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ