ただの田舎領主なんだが、Sランク冒険者ってのはこんなにおかしい奴ばかりなんですか?<後編>
「おい!」
肩を揺すられる。俺を揺する男の装備は、明らかにそこらの野盗のものではない。その仲間たちも、ともすれば全員が魔武具で身を固めている。魔法の心得が大してない俺にだって感じられるほどの。
「シェルバーラ・ロキャスティナ伯爵で間違いないな」
「……そうだけど、そんなの誘拐した時点で分かっているだろ」
「……だったら、この顔に見覚えがあるよな?」
何もない空間に、魔道具で撮影したらしき全身像が浮かび上がる。それが誰なのか、認識するまでに時間が必要だった。
ぼろの外套に身を包んだ少女。目鼻立ちははっきりと端正なのにその肌は青白く、瞳は色鮮やかだがそこに湛えた感情は漆黒を越えて虚のよう。
形はラファリアさんだが、魂は別人のような。その人物を誘拐犯は人差し指でさした。
「伯爵も、こいつが偽名を名乗っていることは勘付いていたんだろうが、そのために外見的な特徴を詳しく冒険者ギルドに報告させてたのは助かったぜ。さらにその使いから色々聞かせてもらったよ。そいつがこの領地で起こした奇天烈な出来事を聞ければ、それで十分だ」
冒険者ギルドとこの誘拐犯たちは繋がっている?いや、最悪冒険者ギルドを情報取集のために動かせるような存在、組織が背後にいるかもしれない。そんな存在か組織が動かなければならないような存在なのか、ラファリアさんは。
Sランク冒険者って凄いな。いや、もうよそう。彼女は絶対にただのSランク冒険者じゃない。ただのSランク冒険者って変な言葉だな。だが、恐らくそう言えてしまうほどの何かがある。
「こいつはな、人類の敵だ。予言の大災厄。神託に記された滅びへのきざはし。何百もの拘束をかけられてなお人より遥かに強大な何か。吐息する絶望。大層な肩書は幾つもあるが、そんなんじゃ足りねぇよ」
男は体を震わせた。しかしすぐに、自身の頬を叩いて俺に向かって言葉を続ける。
「俺たちは一か月前、こいつを僥倖にも殺せたはずだった。何百の致命傷。何百の呪い。何百の封印。戦場でも見れないような大火力によって、こいつは跡形もなく消し飛んだはずだった」
その時の光景を思い出してでもいるのか、男の目は虚ろで、声はどこか現実離れしたような響きを滲ませていた。
一か月前。俺が大けがを負っていたラファリアさんを領地で発見した頃か。とすると、その怪我の元はこいつらによるものだったのか。
「だが、あんたが奴を介抱したんだろ?いや、責めるわけじゃねえ。あまりにも呆気なさすぎると俺たちも感じていたからな。なんでこんな田舎で倒れていたのかは知らねぇが、どのみち奴はどこかで傷を癒して復讐の機会を窺っただろうさ。だからこれはまず"お願い"だ」
男は、俺を縛っている縄を解いた。彼の目は真剣だ。真摯だ。本気でラファリアさんがこの世の敵であり、倒さなければならないものだと信じる、正義の瞳。
「どうやら奴は、何故かあんたに懐いているようだ。それは奴の演技かもしれねぇ。あんたを撒き餌にして、俺たちを誘き寄せるつもりなのかもしれねぇ。だが俺たちにはもう、選択肢が無いんだ。頼む。奴を、奴を殺すために協力してほしい」
目の前の屈強な男が、その周りの誘拐犯たちが一斉に俺を見る。全員が死地に赴くような精悍たる顔つき。明らかに秩序も規律もない犯罪者集団ではない。全員が、一つの揺るぎない意志の元に行動する決意を固めている。
「勿論協力してくれるなら、礼はする。それにこれが、人類のための行わなければならない大義ってことも保証する」
「……誘拐しておいて吐けるセリフか?」
「伯爵には悪いが、少しでも早く話したかったんだ。だがあんたの領地の至る所に、あの化け物の設置した魔法が張り巡らされている。馬鹿正直にあんたの屋敷なんかで話し合いをしていたら、すぐにでも気が付かれていたんだ。いや、正直もうあんたを誘拐したことは気付かれているだろう。この気配殺しの特級結界も、いつまで持つのか……」
「だとしても、俺にはラファリアさんが今すぐにでも殺さなきゃならないような悪には見えないんだ。突然誘拐してきた人間と、一か月の間だけでも親交のあった人間のどっちを信頼するかって言ったら、当然後者だろ」
「良かった」
何故か、誘拐犯はそう言った。意味が分からない。俺の言葉のどこに、良かった、と思える要素があるんだ。
「伯爵。あんたの感性はあの化け物とは違って普通の人間のもののようだ。だったらきっと、この映像を見てもらえれば俺たちの言っていることも理解できるはずだ」
そう言って誘拐犯は、鏡のような四角い物体を空簡に張り付けた。それも魔道具なのだろうか。
そこに一人の少女――虚ろな顔のラファリアさんが映り、次に彼女と対峙する数千人に上るであろうほどの大軍が映りこむ。あっという間。正にあっという間だった。ラファリアさんが自身を中心に極大の魔法陣を生み出すと、彼女に迫っていた大軍が見えない何かに圧し潰されたように爆ぜる。血、血、血――それすらも虚空に消えて。真っ赤になった少女が何の感慨も見せずに佇んでいるところで、映像は終了した。
「たった一つの呪文。それだけであいつは敵対する数千の人間を文字通り無感情に消去した。あと二年。あと二年で奴がこの世界に終焉をもたらすと言われる予言の年になる。それまでにあいつを――動くなっ!」
唐突に俺の首筋に、鋭利な刃の先端が軽く突き刺さる。俺は見た。喜色を浮かべることの多かった端正な容姿が、人懐っこく笑う唇が、辺りの闇に溶け込むような無感情さをもって誘拐犯と向き合う姿を。
「動くなよ……動けば、こいつの命の安全は保証できないぞ!」
ラファリアさんは一言も発さない。誘拐犯の言う通り、身じろぎもしない。そこに存在しているのに、していないような不安定ささえ感じてしまう。なのに、俺の首筋に冷たい感触を与える武器が微かに震えている。恐らくは誘拐犯のフリをした戦士たちでさえも、彼女がそこに居ると言う事実だけで気圧されているのだ。
「……よし、抵抗するなよ……やれっ!」
俺を人質にとる男の一言で、ラファリアさんに向かって様々な攻撃が加えられる。魔法、投擲、爆弾……恐怖を遠ざけるように、何故か攻撃する側が焦っているような苛烈さ。攻撃が炸裂し、目も眩むような光の中で、急にラファリアさんの目が俺を捉えた。
それは幼子が謝るような、救いを求めるような。
俺は――
人間はいつから人間と規定されるのだろう。親から生まれた時?手が初めて何かを握ったとき?言葉を初めて発したとき?自分の意志で他者と反目したとき?夢を得たとき?それを手放したとき?他者から認めてもらえたとき?
なら、私は人間じゃない。私は人間の腹から生まれたけど、私を生み出したのは上位存在だと初めから理解していた。人間の言葉を生まれて一日目にして把握し、すぐに自分を囲う木の柵を飛び出した。慌てて私を持ち上げようとした大人の手を払いのけ、自分の使命を悟った。
私はこの世界を滅ぼすために生まれたのだ。人を憎む上位存在が、その様に規定して作った化け物なのだ。そんな自分が、人間に認められるはずもない。
ならせめて、人の形で生み出さないで欲しかったと、その時はそう考えたりもした。
異常な赤子。その噂は、あっという間に王都まで届いた。私を生み出した神と対立する神からの神託。それを授かった人間たちは、私をすぐに封印することにした。何百、何千の能力制限。流石に赤子の体では苦痛を感じたけれど、極限の制限をかけられてもまだ私は常軌を逸した化け物だった。
一息に殺せばいいのに、人間たちは神託で示された滅びの年まで私を利用しようとした。理解できない。苦痛によって相手を操ろうとする者は、自分が苦痛にあうことを少したりとも考えないのだろうか。そう思いつつも私は人間の言葉に従った。そもそも人間を葬ることは私に課せられた使命でもある。
私は王国の敵を言われるがままに殺した。どうして人間は敵を打ち砕き、その意思を屈服させ、自分の意のままにすることを望むのだろう。
分からない。つまらない。ひたすらに退屈だ。
そんなことを、十七年。
予言の年まであと二年に迫った頃、私は唐突に王都に呼び出された。
お前は人を残虐に殺し尽くす化け物だ。
私に敵を殺すよう命じていた幾人もの人間たちが、そんなことを言いだした。分からない。自分の手が血で赤く染まらなければ、どれだけその舌が黒く下劣に伸びようとも、人間にとっては罪にならないのだろうか。
抵抗する気はなかった。私を生み出した存在は世界を滅ぼせと私に命じたが、そんなことをする必要があるのだろうか。既に人間はこんなにも醜悪なのだ。その内にこの生物は、勝手に自滅するだろう。
私に対抗するために創設された王国特務部隊の攻撃は、能力が制限された私の命に届き得た。自分でも不思議だったのは、確定的な死の予感を感じたときに、思わず転移魔法を唱えてしまったことだ。
未練があったのか。本能の反射なのか。今でもそれは分からない。ただ初めて感じる生命の危機の中で考えていたことを、覚えている。
もういい。あまりにも退屈だ。
――温かい。
誰かに手を握られたことは無かった。この手が握ってきたのは、命を奪うのに効率的な鋭利な武器ばかりだ。
胡乱な意識の中で感じる人肌の温もり。僅かに目を開けると、私を必死に看病する男の姿が目に入った。見たことがない姿だ。きっと向こうにとってもそうだろう。なのに何故、こんなにも一生懸命なのだろう。
それを彼は、打算、だと言った。正直な言葉だ。見ず知らずの命でも救いたいと言う高潔さでもなく、私に恩を売るために大仰な言葉を使うわけでもない、正直な言葉。
私は何故か、この男を試してみたくなっていた。王都で見かけた人間たちとどう違うのか。田舎の小領主とは言え、権力者には違いない。ならば、その小領主には分不相応な幸運を与えてやろう。そうすればこの人間も、絶対にぼろを出すだろう。
だが私としてはちょっと不満なことに、私がもたらした想像もできないような結果を受けてその男は、素直に喜ばずに頭を抱えるばかりだ。私も能力に制限を受けながら、それなりの労力を割いて用意したのに、お礼の言葉よりも溜息を先に吐くのはちょっと酷くないかな?
想像もできないような結果、と言っても実のところ私には人間の基準が余り分からない。普通のつもりでも、人間にとってはやり過ぎになってしまう。ただ彼は最後にはいつも、私のやりすぎを窘めつつも彼なりに受け入れてくれる。むしろ最近は彼の困り顔が見たくて、思わず力んでしまうことすらある。この気持ちは、よく分からない。
ただ一つ分かるのは。
王都に居た頃なんて比べ物にならないほど楽しいってこと。
でも、因果だったんだ。
彼の部下であることも、Sランク冒険者でもあることも、嘘。空虚な偽り。
私は滅びをもたらすだけのただの化け物。
それ以外の、何ものにも成れない。
ラファリアさんが倒れる。普通の人間なら何十回も死んでいるであろう猛攻に晒されながら、彼女の体の形は崩れることがない。確かに、人間とは違うのだ。
だから何なんだ?
頭の中が、らしくない疑問と、情けなさと、怒りで沸き上がって行く。俺はつとめて冷静に、首筋に武器を突きつけている男に聞いた。
「なぁ。じゃあラファリアさんは、Sランク冒険者じゃないんだよな?」
「こんな時に何を……そんなの、当然だろ。あれは化け物だぞ」
「そっか。なら、フリーってことだよな?いや、この際もう関係ない」
適材適所。彼女がSランク冒険者でないのなら。その力を発揮できる場所がないのなら。
俺が雇うしかない。
これまで振り回されてきたとおり、彼女がやり過ぎたのならそれを少しでも抑えるんだ。彼女が化け物なら、やり過ぎる人間の部下として振舞ってもらうのだ。
俺は右手で首筋の武器を掴み上げた。血が滴る。右手に激痛が走る。でもそれより、あの助けを求める目を。彼女が重傷を負っていた時、同じように俺に向けたその目を、そのままにはしておけない。
「シェルバーラ・ロキャスティナ伯爵は、ラファリア・エーデンラルトを正式に部下と認める!!人類の敵だろうと、Sランク冒険者だろうとしるか!いつも通り、やり過ぎろ!俺はそれを受け止めてやるよ!」
大言壮語だ。俺には人類の敵やSランク冒険者を止める力なんてない。それでも、俺に助けを求めたその目に自惚れろ。俺にはラファリア・エーデンラルトと言う部下の無茶苦茶なら、なんとか受け止められるのだと。
直後、足が掬われた。誘拐犯の仕業かと思ったが、それは違うようだ。彼らも俺と同じようにバランスを崩している。
何が起こったのか――最後に、ラファリアさんが立ち上がる姿が見えた。これからいつも通りの、やりすぎ、が起こるのだ。その予感を胸にしながら、俺は息も詰まる存在感を前に、気を失ったのだった。
「……これはちょっと、流石にやり過ぎかな……」
二日後。目覚めた俺は、領土の先にただただ広がる空を見て、呆気にとられていた。
我が領土が空中に浮かんでいる。滅茶苦茶だ。
部下の無茶苦茶をなんとか受け止められる力がある?とんでもない自惚れだったな。
「も、申し訳ありません。シェルバーラさんの魂の部下、ラファリア・エーデンラルト。流石に少々やり過ぎたと自省しております」
「少々?少々で済むか!」
魂の部下にまでランクアップした少女の柔らかい頬を軽く引っ張る。右手が痛むが、これも自罰のようなものだ。
「いひゃいでふぅ」
「……元には戻せないのかな?」
「その、ちょっと……無理なようです。シェルバーラさんの領土を空中に留めているのは私の魔力ですが……何故か上手く操れなくて」
「じゃあ例えば、地上にすぐ降りれるようなワープゲートなんかを設置したりとか……」
「あ、それなら出来ます」
「それは出来るのか」
相変わらずの万能さ加減だが、俺はもう大して驚くことも出来ない。慣れ、って凄いな。空中に浮かぶ領土に比べれば、ワープゲートなんてそれ程驚くことでもないだろう。
そう達観していると、突然ラファリアさんを呼びかける声が聞こえてきた。
「ラファリアの姐さーん!竣工しましたー!」
そう言いながらやって来たのは、俺を誘拐した男だった……いや、なんでこいつが居るんだ?
「何度も言いましたが、私の方が年下なんですから、その呼び方は止めて下さい。単純にラファリアか、偉大なるロキャスティナ伯爵様の犬、と呼んで下さい」
「……俺は何から突っ込めばいいんだ?」
なんでこいつがここに居る?何を竣工したんだ?俺は犬より猫派だ?
俺の最初の疑問に、元誘拐犯は答えた。
「ロキャスティナ伯爵様。その件では、誠に申し訳ありませんでした。我ら元王国特務部隊一同、心を入れ替えて伯爵様にお仕え致します。もし罰として我が命をご所望であれば、勿論お望みの通りに致します!」
俺にそう言った後、元誘拐犯はラファリアの顔色を窺うようにちらりと目線を動かした。相当ビクビクしている。天空の領地に取り残され、孤立無援の状態で彼らが言うところの"化け物"と対峙することに心折られたのかもしれない。
「シェルバーラさん、どうか安心してください。彼ら全員に服従と束縛のスキルを使ってあります。あんなことだって、こんなことだって、もうシェルバーラさんの思いのままですよ!」
「……うん。ほどほどにね?それより、何を竣工したんだ?もしかして、遠くに見えるあの大きなやつ?」
「あ、そうです。シェルバーラさん、来てください!」
居ても立っても居られない。そう表現するようにラファリアさんが走り出す。苦笑しつつ、俺もついて行く。
その先に待っていたのは天にも届きそうな巨大な黄金の像だ。はっきり言って金ってだけでも趣味が悪いとしか思えないが、その像が俺を模したものであるのに気付いて、頭を抱える。
「……これは何かな?」
俺の溜息交じりの質問に、ラファリアさんは実に満面の笑みで答えた。
「当然、偉大なるロキャスティナ伯爵様の像です。これで領民は毎日朝一番に、シェルバーラさんの御姿を拝見出来ると言うものですよ!」
追加の溜息。誰がこんな像をありがたがるって言うんだ?
俺はもう、何度も心の中で叫んだ言葉を口に出した。
「やり過ぎだよ!」
それにラファリアさんが返す。
「当然です!私はシェルバーラさんの生涯の部下、ラファリア・エーデンラルトですから!」
もう少しは悪びれて欲しい満面の笑顔を、俺に向けて。
一万文字で内容を収めようとしましたがそれも出来ず、その上何とも説得力や面白味のない感じになってしまいました。綺麗に纏める力量が欲しい。それでも読んで頂けた方々、本当にありがとうございました。
※追記
自分の力量では分不相応なほどの大勢の方に見て頂けているようです。この場を借りて改めて、見て頂いた方、評価して下さった方、ブックマーク登録をしてくださった方に最大限のお礼を申し上げます。ありがとうございました。
※追記の追記
感想や誤字報告も本当にありがとうございます。