十、帰宅。
十、帰宅
新宿をなんとか脱出した司と雪の二人。
二人は崩壊した瓦礫の前に居た。
涙を流し打ち震える雪。
静かに雪の傍で彼女を司は支えていた。
ここにあった建物は、雪と雪の家族が住んでいた場所だった。雪はその場所で育ち、その場所で思い出を築いていった。いま、その場所を得体の知れない何かに破壊されたのだ。そして、雪のご両親とも連絡が取れていない状況だ。
巨人兵はインターバルが存在しうるのか、突如、活動を停止し徐々にぼんやりとし始めた。まるで写真がぼやけたように、姿が認識できないようになり、そして消えていった。
巨神兵が消失した後、二人は地下鉄を降りた。そして、地下から地上へと抜ける道を探し、地上へと脱出した。
地上に出た二人の目の前に広がっていた光景は、瓦礫の山だった。
衝撃を受ける二人だったが、気持ちを落ち着けその場から近かった雪の自宅へと向い辿り着いたところだった。
すると、背後で大きな排気音と唸るエンジン音が聞こえる。
そして、二人の近くでその音は止まった。
「司!」
司は自分の名前を呼ぶ声が耳に届き、司は雪に寄り添いながら頭を声がする方向に動かした。
そこには、大きなキャンピングカーの窓から身をのりだし、司達二人を見ている恵の姿があった。
「姉ちゃん」
その姿を見ておもわず安堵するが故に呟いた。ただ、雪家族の行方がいまだ掴めず、司自身にしても両親二人の安否が分かっていないということが心に引っ掛かっていた。
キャンピングカーをおり、走って二人の元へと走る恵。
瓦礫が転がる地面を走るたびに石が擦れる音がする。走る恵の勢いそのままへと飛び込み抱き着いた。
「司。よかった。本当に良かった。無事で」
ここまで出会うことが出来ず不安に苛まれていた恵が、司の顔を見ることが出来て少し安心した感情が零れる。
「姉ちゃん」
司は再び恵のことを口にする。
恵は二人から距離を取り、二人の顔見た。
「雪ちゃんも無事で良かった」
それでも雪は不安な表情を崩さない。
「でも、家が。お母さんとお父さんが」
「そう」
「お姉さん!」
雪は、司の元を離れ、雪の胸に飛び込む。
「雪ちゃん」
雪を優しく抱きしめる恵。
「姉ちゃん。その様子だと姉ちゃんの元にもあのバカデカイの現れたみたいだね」
「ええ。海から」
恵のの言葉に引っかかる司。脳裏には新宿で姿を見せた様子が瞬間的に再現された。
「海から?」
その反応に気がつく恵。
「俺たちの時は瞬間的に姿を現したんだ。そうまるでテレポーテーションみたい」
「あのデカイ奴の姿って、SNSやニュースでアップされていた奴と一緒?」
恵の問い首を縦に振る。
「あいつ、本当になんなの」
「姉ちゃん。話は変わるけど」
「何?」
「あれは何?」
そう言った司の視線の延長線上にキャンピングカーがあった。
「ああ。ちょっとあいつらから避難した後、移動中に鍵が刺さったままのキャンピングカーがあったから、ちょっとね」
「ちょっとねって」
「借りただけだから、借りただけ。それはいいから二人ともキャンピングガーに乗って」
「ったく」
司と雪は、恵に促されキャンピングカーに向かう。
色んなサイズの瓦礫に埋め尽くされた地面は、非常にバランスを取りづらく歩きにくい。多少時間をかけながらもキャンピングカーの元へ向かう。恵は運転席。助手席に司が乗り込む。恵は客室に足を踏み入れる。
「雪ちゃん。後ろのソファー、ベッドにできるからそこで横になって休んでなさい」
「ありがとうございます」
雪は恵の指示に従い、ベッドに横になった。
「姉ちゃん。この車にやけに詳しいね」
「昔の彼氏にねって、何を言わせんの」
恵は司に突っ込みを入れながらキャンピングカーの差し込んだ鍵を動かし、エンジンを動かした。
唸るエンジン。
恵がアクセルを踏み込むと同時にタイヤが動き出す。
瓦礫が両サイドに溢れるが、なんとか残った車道を進む。
車中を静寂が支配する。
「姉ちゃん」
「ん?」
「母ちゃんと父ちゃん大丈夫だよね」
司の問いに臆してすぐに言葉が出てこなかった。
「たぶん、大丈夫。たぶん」
その言葉になんの確証もない。でもその言葉と反対の言葉を述べたら、司も崩れるかもしれない。いいや、司だけじゃなく、恵自身も一気に心の中にある何かが簡単に崩壊してしまうような気がどことなくした。
車内にキャンピングカーのエンジン音が響き渡る。
運転を続ける恵。
外に視線を向ける司。
ベッドで横になり休む雪。
すると外を眺めていた司の視界に人影が映り込んだ。
「?」
まじまじと眺める司。
「姉ちゃん! 止めて!」
その司の言葉にびっくりしながらも恵は、キャンピングカーのブレーキを強く踏み込んだ。キャンピングカーのタイヤがブレーキによりロックをし、無理矢理道路の上を滑った。同時に軽く埃が宙に舞い上がった。
「どうしたの!?」
司は恵の質問に応えず、ドアを開けて飛び降りた。キャンピングカーのドア大きく開いたままになる。
大股で走る司。
「父ちゃん!」
キャンピングカーと同じ方向へと進んでいた人影は、前に進んでいた足を止め、司のほうを振り向いた。
そこに居たのは康義だった。
司の背後から駆け寄る足音がした。
「父さん」
恵だ。
恵はそのまま康義の胸に飛び込む。
康義はそれをただ受け入れる。康義の大きな腕が恵を包む。
「父さん」
「二人とも。無事だったか」
「父ちゃんこそ」
安堵するもどこか照れ隠しで、素直になれず若干気恥ずかしい司。
「あとはさゆみさんだけか。無事だといいが」
康義の言葉が、空気を重くなる。いま、この場所に居て、さゆみが生きていることを諦めている気持ちが大半を占め始めてた。
周囲は瓦礫の山で、巨人兵に襲撃され原型を留めている建物は、数えるほどしかその場にはなかった。それに三人は目の前で多くの生命があっという間に消し去られた事実を目の当たりし、同行している雪の家族は今だに行方不明だ。
「……とにかく。とにかく、自宅に戻ってみよう。もしかしたら俺たちの帰りを待っているかもしれないし」
「……そう。そうね。帰ろう」
自分に言い聞かせるように恵は、言葉を吐露する。
「ああ」
その言葉に納得する康義。
三人は、キャンピングカーに向かっていく。
「父さんは、歩き疲れただろうから助手席に乗って。司はあんたは後部座席。雪ちゃんを見てあげなさい」
「わかった」
司は、後部のドアを開け、キャンピングカーに乗り込む。そして、恵は運転席に、康義も助手席に乗り込んだ。キャンピングカーに乗り込む際に大きな音が響く。
キャンピングカーのエンジンを始動させる恵。それに伴ってキャンピングカーのエンジンが動き出す。
ゆっくりとアクセルを踏む恵。アクセルと連動し、前に動く。
前進するキャンピングカー。周囲に荒々しい粉塵が舞う。
「ここもか」
自宅へ向かうキャンピングカーの両サイドは瓦礫の山だ。
恵は静かに呟いた。
その雰囲気にどんよりとした重い何かがキャンピンガーに同乗していた人間にのしかかってくる。
時折、道路にあるくぼみでキャンピングカーが上下に揺れる。
康義は周囲の風景に、不意にさゆみの生存についてどう思うか口に出そうという思いがよぎる。しかし、寸前でその言葉をぐっと心の奥底へと沈める。
今、その言葉を外に漏らせば、二人の心情がどうなるか親として、人として考えなければということが頭に浮かんでいた。
彼らもバカじゃない。当然、その可能性があることも覚悟してはいる。しかし、事実が確定していないのに言葉を吐き、不安を煽る行為を抑えようと彼らもぐっと言葉を押し殺しているのだ。
康義には二人の表情からそう思えたのだった。
自宅へ近づく。
「あっ」
最初に自宅を発見したのは恵だった。その恵の目に映ったのは、
二階建ての二階部分があの巨人兵に吹っ飛ばされたであろうことが推測できるくらいに残っていなかった。
「俺たちの部屋消えている」
思わず口にしたのは司だった。
この壊れ方は、非常に異様で異質で地震や台風ではありえない壊れ方だった。
恵はキャンピングカーを停車させ、エンジンを停止させる。エンジンが完全に停止するとキャンピングカーに乗っていた全員が、車外へと足を踏み出した。
キャンピングカーの前に横一列で並ぶ四人。半壊した瀬戸家自宅と対峙をする。自宅の損壊具合を静かに見つめる。
止めていた足をまた動かし始める。まずは、康義が先陣を切り最初に自宅だったものの玄関へと向かった。次に恵、司、雪の順で康義の後を追った。瓦礫が周囲に散らばっており、進む際に足と接触し、その場でくるくると回転する。
康義は、玄関の鍵を急いで開く。鍵を回すと同時にドアからが小さい金属音がした。その小さな金属音からドアが開錠されたことを認識した康義は、ドアを激しくひっぱった。ドアは大きな音と共に開き、四人は家に入室していった。
室内は、メチャクチャという表現があてはまるように、
「さゆみさあぁぁぁあぁん!」
「母さん!」
「母ちゃん!」
「おばさま!」
四人のさゆみを呼ぶ声が、室内で交錯する。
室内は激しく荒れており、棚やタンスが倒れており色々な物品が床の色んな場所に散らばっていた。
その場の様子に四人は息を呑んだ。
「父ちゃん。こんなに荒れていたら、母ちゃんはこの場に居ないんじゃあない」
その言葉に康義は押し黙る。そして、数秒後、口を開いた。
「……それでも」
「えっ?」
「それでも、さゆみさんが居そうな気がするんだ。もう少し、探してみよう」
「……わかったよ。父ちゃん」
「頼む。みんな手分けして探してみよう」
その言葉を合図に四人は、色んな物が散らかった部屋に足を踏み入れていく。
キッチンへと向かう司。廊下を通る途中、二階と続く階段の前を通り過ぎるのだが、視線がそこに向かう。
完全に外から見ていた同じで、完全に崩壊しオレンジ色に夕焼け空が広がっている。その様子が、司に事態の深刻さを改めて深く実感をさせた。
司はキッチン。康義はリビング。恵はバスルーム周辺。雪は居間。それぞれの部屋に足を踏み入れ捜索を始める。どの部屋も元の状態を保ってはいなかった。
恵は、まず脱衣所から手を付け始める。
激しく多くのものが散乱した床を進もうとして、ある物は踏み台にし、ある物は場所を移動し、恵は道を確保しながら前へと足を進めていった。
「母さん」
恵はさゆみに対する想いが、口から零れた。
時折、棚の上に積んでいた荷物が、音を響かせながら床へと落下してくる。恵はそれを何とか避けた。そして、バスルームの扉の前に何とかたどり着いた。
ゆっくりとバスルームの扉を開ける恵。
そこには多くの瓦礫が浴室中にあり、その状況を見た恵はここにはいないと判断をした。しかし、瓦礫で蓋をされた浴槽が妙にきになった。
バスルームを離れ別の部屋を捜索しようとした恵だったが、浴槽が気になりバスルームに踏み込んだ。瓦礫の上を踏むので、非常に不安定な状態で体が激しく左右に揺さぶられれる。それでも前に進む恵。なんとか浴槽の前に辿り着く。そして、浴槽の蓋の如く折り重なり、積もっている瓦礫を上の少しづつ動かし取り除いていく。
洗い場の床に徐々に瓦礫の山が積もっていく。高かった瓦礫の山が徐々に低くなっていく。同時に浴槽の様子も見えてきた。
「えっ」
恵が目にしたは足。服を着た靴下を着用していない素足が誰かの見えた。ゆっくりと瓦礫を動かしたていたが、そのスピードを徐々に上げ、急いで瓦礫を取り除いていく。
「母さん!」
大きな声を叫ぶ恵。そこには水が抜け表面が濡れたままで、横に倒れているさゆみの姿だった。さゆみは、死んでいるのか、意識を失っているのか、目を閉じていた。横には風呂の栓が開いていた。
「父さん! 母さんが居た!」
今持っている自分の声の全力で、家の中でさゆみを発見したことをみんなに伝わるよう叫んだ。
「えっ!」
「母ちゃん!」
「本当!」
皆、さゆみを探す動きを止めて、その場を離れ急いで恵の元へと向かっていく。
「恵! さゆみさんが見つかったって本当か!」
「ここ!」
康義の問いに恵は反応する。
康義・司・雪の順番に二人の居るバスルームへと向かっていく障害物競走は、決着しバスルームへと足を踏み入れていく。
「さゆみさん!」
一番最初にバスルームへと入室した康義は、水が空になった浴槽の中で横に倒れていたさゆみを目に言葉にする。
バスルームに来た三人の動きも止まる。それでも数秒後には康義はまた動き始めていた。さゆみと浴槽の隙間に足を置き、ゆっくりとさゆみの身体を起こした。
「さゆみさん! さゆみさん!」
さゆみの体温が低下していること康義の肌を通して感じる。そして、さゆみはゆっくりと瞼を開いていく。
「康義……さん」
さゆみは小刻みに震え続ける。
「私、キャンピングカーからタオル持って参ります!」
雪はタオルを取りに急いでキャンピングカーへと向かって走っていった。
さゆみは、頭を上下に動かし周囲を見渡し、雪と司の姿もその目で確認をした。
「二人とも……お帰り」
「ただいま」
「全員、帰ってきたね」
ここに三人は帰宅し、瀬戸家は全員が揃った。




