8 爆発の衝撃が納まったのを確認し、サミュエルは力を抜いた
爆発の衝撃が納まったのを確認し、サミュエルは力を抜いた。ぎゅうっと抱き締めていた少女が息をついたのがわかる。力加減を誤ってどこか折ったりしていなければいいのだが。
目を固く閉じてもなお侵入してくる光に、サミュエルは眼球を焼かれるような痛みを感じていた。光は自分の周りをぐるぐると回っているようだ。テレンスの結界はきちんと作動しているらしい。
光の源は少女の体だ。特に口から出てくる光は強烈で、何もかも焼き尽くす天の劫火にも見える。この光に比べれば先ほどの眩しさなど蛍の光だ。自分という存在が裁きの光で燃やされているような気になる。
この光を直視したら目が潰れると思ったサミュエルは、少女に巻き付けた守護のマントの端を少し切り裂き、自分の目の上に巻き付けた。
何も見えないが、少女が腕の中にいる感触はある。
光で彼女が苦しまないよう、余っていたマントの端で目を覆うように巻き付けると、少女は身を竦ませた。
光が強くなる。かなり怯えているようだ。
無理もない、と思う。知らない男に捕まった、そう思われても仕方ない状況だ。
だが、こちらとしても状況がああだったので仕方ないのだ、できれば少女にもそう思ってほしいと切実に願うサミュエルである。
パッと見ただけだが、少女への生活環境は酷いと言う言葉以上のものだった。どのくらいいたのかはわからないが、確実に精神をやられているだろう。自分だったらトラウマ以上の鎖になるに違いない。
鎖、で思い出した。
そういえば、少女の足首には重そうな鎖があった。この光の爆発で弾き飛んでいれば問題ないが、そう思いながら少女の足のほうに手をやる。
足に手が触れた瞬間、彼女は大きく身を竦め、ガタガタと震えだした。体が震えるたびに光が強くなり、サミュエルの体が悲鳴をあげる。
「ああ、すまなかった。怖がらせるつもりはなかったんだ。鎖が気になって……」
サミュエルは言い訳しながら足から手を離し、少女の華奢な体を引き寄せた。胸のあたりに頭を押し付ける。怖がられたのか、輝きはどんどん増してきていた。おかげで何も見えないので感触だけで判断しないといけないのが辛い。もっと女性の心を学んでおけばよかったが、機会がなかったので仕方ないな。世の中仕方ないことばかりだ。
「いや、俺は君を怖がらせに来たわけじゃないんだ。でも君にしてみたら、確かに迷惑な話で。16歳の女の子が見知らぬ32歳の男にいきなり捕まえられてこうして抱きかかえられているっていう状況は、その、なんだ、非常に不本意だと思う。しかもバアンとか壁を蹴破ってしまった、こう、バアンとか……」
とりあえず何か話そう、そう思って思いついたことを口に出したがうまくいかない。
くすり……。
そのとき、少女が笑ったような気がした。
「バアンと、壁を蹴って……」
くすくす……。
「バアン……」
ふふふ……。
どうやらバアンが気に入ったらしい。
サミュエルはしばらくそれを繰り返し、少女が徐々に身のこわばりを解いていくのを待った。
「結界の中でよかった、見られていたらきっと奴らに馬鹿にされる」
思わず呟くと、少しだけ光が納まってきたような気がした。
少女が少し落ち着いたようだ。
サミュエルはほっとし、状況を確認するために気を鎮め、探知の魔法を使った。
しかし魔法は少女から出ている輝きに消され、無効化される。
やっぱり、そう思いながら、この光だけの世界で自分がすべきことを考える。
『お前は誰だ?』
ガツンと殴られたような衝撃が声とともに来た。大きな音だったのかと思えばそうではないようで、腕の中の少女は無反応だ。
『お前は何だ?』
もう一度同じのが来た。頭の中身をすべて揺らされるような振動で目が回る。遠くなりかけた意識をかき集め、気配を探ると、一番近いところから声が届いているのに気づいた。
少女の口の中だ。
『我は光の神の乙女を守護する光霊だ。お前は何だ?』
光は一直線にサミュエルに向かってきて、額を貫いて止まる。痛覚を刺激されるがどこも傷つけられていない。まさしく神の御業だな、とサミュエルは思った。
「俺はサミュエル=ウィンバリー魔法伯。王宮で魔術師をしている」
『なぜここに来た』
「魔力過多の娘がいるという噂を聞き、調査に来た」
『ほう』
「あと、彼女の存在を知った馬丁がかわいそうだから助けてやってくれと言ってきた。だから助けに来た。それだけだ」
『それだけ、か?』
光霊と名乗る存在は鼻で笑うような声を出した。
「ああ、それだけだ」
何だかむっとした。それ以外に何かあるかと聞かれても困る。
光霊はサミュエルが本心から言っているのを確認し、呆れたように笑い出した。
『お主は馬鹿か無欲かどちらかだな。他の人間のようにこの娘の魔力を抜き出して利用しようとは思わないか?』
「なんだそんなことか」
サミュエルはわざと光霊と同じように鼻で笑った。
「俺は魔力が多いからわかるが、魔力は必ずしも人を幸せにするとは限らない」
光霊がいぶかしげな声をあげる。
仕方ないなと言いながら、サミュエルは自分のことを少し話した。
サミュエルはこの国で一番の権力を持つ大貴族ウィンバリー公爵家の三男として生まれた。
生まれたときから魔力を引き入れる道が広かったが、なぜか道の制御が生まれたときからできたため、魔力過多にはならなかった。
ちなみにこの世界の魔力をその身に宿して生まれてくる者はいない。魔力とはもともとこの世界を作る要素なので、生き物を構成する物質ではないのだ。
魔法の素質は魔力をどれだけ取り込むことができるかで決まる。
人間がその身に魔力を取り込むには生まれ持った「魔力道」から力を取り入れる必要があるので、魔力道の太さと魔力の高さは比例すると言われている。つまり太ければ身に取り込む魔力が多く、細ければ魔法の才能がほぼないといった具合。これは生まれつきのもので、後天的に広がったり狭まったりすることはない。
そんなわけで、魔法が使えると言うのはそれだけで才能であり、魔法伯になったサミュエルは太い魔力道を持った人間だと言うことだ。
サミュエルは三男だったので、ウィンバリー公爵は魔法の才能をとても喜んだが、同時に悔みもした。これが長男もしくは次男であれば間違いなく公爵家の為だけに魔力を使うことができたが、三男なのでそうもいかない。またウィンバリー公爵は国の宰相でもあったため、国のためになれと勝手に魔法伯にされ、留学という名目で国外に飛ばされ、さらに学を極めて箔をつけて来いとわけもわからず大学に入れられた。結果的には友達がたくさんできたので良かったが、人生を決められたとも思っている。
その時に、魔力過多ぎりぎりの存在はそのために利用されることが多いと知った。
確かに魔力は便利だ。一瞬で移動できるし、酷い怪我も治せる。結界で魔物だけでなくいろいろなものから身を守ることができるだろう。
使い方次第で、だ。
「人は便利な生活に慣れればもっともっとと駄々をこねる存在だ。そうなると魔力が多い国がほかに攻め込んだり、ほかの国が攻める口実にしたりするだろう? 今くらいがちょうどいい。むしろ俺はこれ以上魔力過多の娘が魔力を提供することがないようにと思っている」
サミュエルはそう言って肩を竦めた。
「この子を見てみろ。自分の意志でなく魔力を吸い出され、まるで道具のようにされている。この子はこんなことをされるために生きているんじゃない。魔力が多いのならば魔力道を制御することを教えてやりたい。ケントが魔力を加工して取り出す方法を禁書から得たようだが、その結果、溢れた魔力でこんなことになったんだろ?」
『ふむ』
「たしかに、この子の魔力はすごい。加工する技術もすごい。ケントは天才だと思うよ。いや、天災かな。これだけのことを本で読んだだけでできるなんて、それだけでも才能だと思うよ。まあ奴は嫌いだから認めたくないがな」
『最終的には感情論か』
「人間だからなあ。その辺は目をつぶってくれや」
ため息を吐く。
光霊はしばらく無言だった。その間も光っているんだからタフだとサミュエルは感心した。まあ存在が光だから光ってるのが当たり前だなと呟いたりもしているが。
『本当は、この地を滅ぼし、光の神の乙女の体も吹き飛ばして、その魂とともに神のもとに帰るつもりだった』
光を増しながら呟く。また眩しくなったなと思いつつ、神に近いものはなんとも物騒なことを思うものだと思う。
『だが、お主はおもしろい。乙女の守護となることを我と光の神に誓うなら、乙女をしばらくお主に預けてやろう』
「誓う? どうやって?」
『知らぬのか? 人が誓いと言ったら口と口を合わせることだろう? 光の神の神殿では男女がよくこうして誓いをたてているぞ』
「!!!!!!!!!!」
それは結婚式だから!!!
サミュエルは思わず少女を落としそうになった。慌てて抱えなおし、その口の中でほくそ笑んでいるであろう光霊に思う限りの悪態をつく。
『何か問題があるのか? ならばお主が乙女と口を合わせるたび、魔力をその身に移せるようにしてやろう。魔力を口で吸い出すような感じになるな。その魔力はお主が使えばいい。そうすれば乙女は魔力過多に苦しむことはない。どちらにも利があるな。うむ、それがいい』
「ちょ、ちょっと、光霊さん?」
『我ながらいい考えだ。嫌なら今すぐ乙女の体とこの地を吹き飛ばすが』
「誓わせていただきます!」
事実上選択肢がなくなった。
光がゆっくりと納まり、少女の輪郭が見えてくる。そのうち目がなれたのか、はっきりとわかるようになった。
痩せこけているが、すごくかわいい。というか極上の美少女じゃないか。
こんないたいけな子に、キスとか、同意なしにしていいものなのか?
というか、犯罪者にならないか、俺? 大丈夫か、俺???
「あああ、もう、どうしたら……。俺、キスなんてしたのいつぶりだ? 生誕祭の時のヤドリギは、あれはほっぺたか。そしたら留学の時に隣の国の王女様に、あ、あいつたしか女装した王子だった。学生の時は彼女とかいなかったし、今も婚約者どころかヨメもいないし、あ、あれ?」
『どうした、ほれ?』
「あ、でも、ほら、彼女まだ16だし、俺、32だし。ほら、いろいろと、問題が」
『そろそろ限界だな。ここら一帯を吹き飛ばしてお前の仲間たちも』
「がんばります!」
少女には申し訳ないが、これはあくまでも『守護の契約の形』だから、ファーストキスにはならない、はず。その後も魔力を定期的に吸い出す必要があるが、それも『魔力過多を緩和する手段』ってことで。
……、許されるかなあ。
本当に好きな人ができたら、そっちとのキスで上書きしてほしい、そう痛烈に願いながら、サミュエルは少女に口づけした。
同時に、少女の全身から光が溢れ、広がっていく。
その光はとても穏やかで、少女を祝福するかのようだった。
溺愛パートスタート、と言いたいところですが、サミュエルの恋愛レベルが1でした……。
勢いで書きましたのでいろいろ抜けているところがありそうです。後日、本筋に関係ない修正が入るかもしれませんのでご了承ください。