第8話 予言の娘
『雨の森で出会うだろう。薄緑色の髪、深い碧色の瞳、ルーンの呪縛に囚われた娘に』というのが予言の内容だとか。
「そ、そこまで言われたら、外見的には私……なのかもしれませんね」
思った以上にピンポイントだったので、私は思わずゾッとしてしまいました。予言ってもう少しマイルドでぼんやりした感じじゃないですかね? それとも妖精界では違うんでしょうか。
ともあれ私は『その予言の娘』の条件を満たしている。気になるのは精霊魔術師レムルの動向です。追っての獣はファンヴァラ様が倒しました。しかし、そうなると事態を大きくした気が……。妖精王同士の関係が不明瞭なので、楽観視は出来ません。それに精霊魔術師レムルが、別の手段で私を連れ戻す、または殺しに来る可能性もあります。
「あの……ファンヴァラ様」
私はもう一つの危惧を彼に話した。精霊魔術師レムルの危険性について説明が終わるとファンヴァラ様は、すぐさま結論を出したのです。
「すでにお前は私のパートナーとして契約がなされた。これを犯すことがあれば死の王への宣戦布告に当たる、そう解釈するだろう」
彼の低く、鋭い声。その眼光は鋭い。
穏便どころか戦争の火種になるような不穏当な発言!?
「このままではまずい」と私は思案を巡らせます。いらぬ争いなどフラグからして折っていかなければ!
「ええっと、ファンヴァラ様。お気持ちは嬉しいのですが、元々の原因は私が脱走したからであって……その、できるだけ角が立たないようにしていただけると嬉しいかなぁ、と。……領土の回復という優先すべきこともありますし……」
「…………」
ファンヴァラ様は顎に手を置いて、検討してくれているようです。お願いですから強硬手段となる結論に至りませんように!
「大地の精霊は噂を好み、その日のうちに妖精界に伝わる」
「え、あ、はあ」と、話の意図がつかめず私は生返事を返すのですが──
「つまり、私がお前を助けたことは、恐らく妖精界中に筒抜けという事だ」
「え!?」
彼は私の驚きに小さく吐息を漏らすと、
「だが、お前が不安を抱えたままでは領土復興にも影響を及ぼすだろう。ひとまずその精霊魔術師と、ミデルに同じ内容の手紙を送るとしよう。あとは《世界樹の種》でもくれてやれば大人しくなるはずだ」
良識がある方でよかった、と私は心底思いました。ええ、本当に。
しかし、気になる単語が出てきたような……。
「あのファンヴァラ様。その《世界樹の種》とは?」
「死した大地を一瞬で蘇らせる妖精界の種だ」
「それって、どのぐらい価値があるんです?」
「妖精界の秘宝のひとつで──」
「秘宝!? そんな高価なものを渡しちゃっていいんですか!?」
「別に問題ない」
「秘宝と私の価値だとしたら完全に負けていますからね。どう考えても!」と叫びそうになりました。ああ、何というか契約をしてから、元気になってきたような……。こ、これがパートナーとしての加護というものなのでしょうか。
「それに私が《世界樹の種》を持っていても意味をなさない」
「どういう意味です?」
ファンヴァラ様は拳を握ると、私へと差し出した。特に何かを持っている様子はなかったのだが──。
「手を出してみろ」
「わかりました」と、言われた通りに彼の拳の下に手を差し出しました。何か出てくるのでしょうか?
彼が拳を解くと、そこから大量の種が零れ落ちてきました。それはもう私の両手から溢れて、地面に零れ落ちていきます。
「な、なんです、これ!?」
「《世界樹の種》だ。私はこの種を作れるが、芽吹かせることは出来ない」
そんな簡単に精霊界の秘宝が、こうもばらばらと地面に落ちているのは良いのでしょうか。妖精界の秘宝って……。いえ、それよりも気になったのは、《領土の死》はこの種では解消できないのかという事です。
ファンヴァラ様では、芽吹かせることは出来ないといった意味も引っかかります。それになにより私は《領土の死》というのがピンと来ていませんでした。となれば、まず私が始めるべきことは他にあります。
「ファンヴァラ様の領地について詳しく教えてください」
彼は私の言葉にどこか驚いて目を見開き──そして口元がほんの少しだけ緩んだ。
「慌てなくとも、お前にはいろいろと教える必要がある。せっかく得たパートナーなのだから」
秋風が一層強く吹き荒れました。大地の精霊の悪戯だったのかもしれません。それでも、宵闇に佇みほんの少しだけ微笑みを浮かべたファンヴァラ様は、死の王というよりは──もっと違った印象を受けたのです。それが何かは、まだ私の中で言葉としてまとまりはしませんでした。