第一話 王太子の婚約破棄の伝言
「おまえはクラリッサの腰巾着だったな」
王太子レオンハルト・ヴァルデンブルクは、伯爵令嬢ミリア・エーレンフェルトを王宮の応接室に呼び出し、そう言った。
人払いをしたはずにもかかわらず、レオンハルトの隣には、見慣れない美しい女が立っていた。
ミリアが執事に連れられ入室し、王太子がかけた一言目が「腰巾着」だった。その言いようにむっとしたが、相手は敬愛する公爵令嬢クラリッサ・レーヴェンハイトの婚約者の王太子だ。失礼はできない。
「クラリッサ様とは懇意にさせていただいております」
レオンハルトは鼻で笑った。
「『懇意』とはよく言ったものだ。未来の王太子妃に媚びを売っているだけだろう?」
「私はクラリッサ様のお人柄と気高さに憧れてお慕いしているだけですわ」
ミリアはさすがに頭にきてそう言い返した。
「気高さ……? 高慢さの間違いではないのか?」
レオンハルトがそう言うと、隣にいた女性がおかしそうに手で口を覆った。
——笑っている……? でも目がまったく笑っていないわ。
ミリアには何かその女の様子が気になり、そして気に障った。
「ご用件は何でしょう?」
ミリアは早くこの場を去りたいと考えていた。
「婚約を破棄すると伝えろ」
レオンハルトの言葉にミリアは耳を疑った。
「は? 何か聞き間違いをしたかもしれません。もう一度よろしいですか?」
「聞き間違えなどではない。クラリッサに婚約を破棄すると伝えろ、と言ったのだ。それだけ伝えれば、もうおまえはあの高慢な女に媚びを売る必要もなくなる」
ミリアはレオンハルトの意図をはっきりと理解はしたが、納得はしていなかった。
「理由をお伺いしてもよいですか?」
レオンハルトは面倒そうに答える。
「もともと父上が決めた婚約だ。だが、あいつが王太子妃、そして未来の王妃に相応しいとは言えん」
「国王陛下のご判断が間違っていたと仰るのですか?」
「ああ、その通りだ」
「クラリッサ様以上に、未来の王妃に相応しい方がいるというのですか?」
「そうだ。例えば、聖女リュシア・フローレンスなんかが相応しいだろう」
そう言って、レオンハルトは隣の女を見て微笑んだ。
「あら、殿下ったら」
女も微笑み返す。
つまり、この女がリュシアだということだ。
聖女リュシア・フローレンス——世間では慈愛に満ち、奇跡の治癒を施す聖女として人気を集めている。
けれど、ミリアが目にしているその女にはむしろ邪悪な何かが感じられた。
「そのリュシア様が、クラリッサ様より王太子妃に相応しいとお考えになる理由は何ですか?」
「そんな簡単なこともわからんのか? まあ、あいつの腰巾着をするくらいだからわかるはずもないか」
レオンハルトは嘲るような、あるいは哀れむような視線をミリアに向けた。
「あの高慢な女とは違い、リュシアは人を慈しみ、民を思いやる心がある」
「クラリッサ様だって、とてもお優しい方ですわ。民を想うお心もございます」
自分が侮辱を受けるだけならまだしも、クラリッサが侮辱されることが許せず、ミリアは強い口調で言った。
しかし、レオンハルトの耳には届いていないようだった。
「それに……」
再びレオンハルトはリュシアに視線を送る。
「俺は真実の愛を見つけてしまったのだ」
ミリアはあまりのことに、口が開いてしまった。
「……婚約を破棄されるのであれば、ご自身でお伝えしたらよいのでは? なぜ私に?」
「ふん……。直接顔を合わせたら、いちいち抵抗されるであろう。あの女は強情だしな」
なんて情けない男……。自分で伝えるのが怖くて、私のように弱そうな人間に面倒を押し付けようとしているのだ。
「承知いたしました。ですが、一つだけはっきりお伝えしておきます。たとえクラリッサ様が王太子妃でないとしても、私はクラリッサ様から離れるつもりはございません。私はあの方の肩書きではなく、お人柄をお慕いしておりますので」
そう言い残して、ミリアは王宮を後にした。




