第八話(最終話) 武蔵再びおばあちゃんの話を聞く
「うちの娘たちは本当にやかましくてね」
僕はなぜかまたおばあちゃんの前に座り、長い話を聞いていた。ただ今回は愚痴にしては嬉しそうに話しているように見えた。
大体、今回はおとうさんも一緒にいるのに僕にも
「武蔵も座りなさい」
と言ってお菓子をくれた。確かに大好きなチーズ味のお菓子につられて思わず、おすわりしてしまったが犬のおすわりって話を聞かせるときに使うものではない気がする。そもそもこのおばあちゃんはなぜ僕に話を聞かせたがるのか? ひょっとして僕が人間の言葉を理解出来ると知っているのだろうか。ほかの犬のことはよく知らないが、これだけ日常的に日本語を聞いているのだからわからないほうがおかしいと思っている。
人間の赤ちゃんだって最初何も理解できないところから始まるけど二、三年経つとうるさいほどしゃべるじゃないか。まあ、僕ら犬は発声器官の問題で喋ることはできないが、たまにテレビで日本語に聞こえるような鳴き声をする犬を見る。頑張ってるなあと思う。
ちなみ人間は犬同士は犬語で会話をしていると思っているようであるが、そんなことはない。ある程度、感情的なものは伝わってくるからコミュニケーションはとれるがそれは同族同士の阿吽の呼吸というかテレパシーに近いものだと考えている。「わんわん」は犬が聞いたって「わんわん」なのだ。
それはさておき、おばあちゃんの話によると結局駄菓子屋は、月二回こども食堂を開催することを条件にとカフェ兼駄菓子屋に改装することになったそうだ。内装などについては古民家風ではなく、シンプルなイスとテーブルを並べた明るいカフェにするそうだ。
そもそもさつきさんがカフェの営業を持ち掛けたのはおばあちゃんにこども食堂をさせてあげるための方便なので、古民家風でなくても一向に構わなかった。さほど広くはない店内だが、生活スペースの一部であった奥の座敷も一部屋つぶしてベビーカー置き場も作るようにする予定である。
そんな中、話を聞きつけた(というかおばあちゃんが電話で喋ったのだが)二人の女性が改装直前の駄菓子屋を訪ねてきた。
ここからはおばあちゃんによる回想シーンである。
「本当にさつきはやることが急よねえ。おかあさんまで乗せられちゃって」
長女のはづきがため息をつきながら言う。
「ほんと、バイタリティがあるのか、なにも考えてないのか。飲食店をやるには色々と手続きもあるし大変よ。ましてやこども食堂もやるなんて」
次女のじゅんが続ける。
二人の姉とさつきは仲が悪いわけではないが、なんとなくさつきは二人の姉に気後れしているように見える。中学から部活に打ち込んだのも勉強が得意だった姉たちとの差別化をしたかったのかもしれない。
「まあまあ、私がいいって言ってんだからそのくらいにして、でもそんなこという為にわざわざ名古屋と仙台から新幹線で来たのかい?」
私が二人に聞くとはづきはふう、とため息をつき、
「それもあるけど、さつきやマッテオともしばらく会ってなかったしね。息子君とも会いたかったな~」
「そうそう」
はづきの言葉にじゅんも同調する。
するとしばらく家族水入らずを邪魔しまいとさつきの隣で気配を消していたマッテオが返事する。
「マッティアは夏休みも大学のゼミがあって、向こうにいるんだ。でもイタリアの大学は二か月以上夏休みがあるから区切りがついたらぜひ日本に来たいって言っているんだけどね。綺麗な叔母様達にもまた会いたいって」
「本当~? うれしい」
姉二人はイケメンの言葉にほほを緩めるが、多分「綺麗な叔母様」と言うのはマッテオの創作だ。
「で、さつき。準備は進んでいるの? ウチの夫は建築会社に勤めているからなんかあれば相談に乗れるよ」
「いや、改装といってもそこまで大げさなものではないし、旦那さんに動いてもらうほどのことではないよ」
さつきは遠慮気味に返事を返す。
「まあ、でもなんだかんだ言ってもイタリアで生活して立派に子育てもしてるんだから、大したもんだと思うよ。それに私たちはおかあさんからはだいぶ遠いところに住んでいるし、正直日本に帰ってきて、おかあさんの近くに住んでくれたことは感謝してるよ」
はづきの言葉にじゅんも続く、
「そうねえ、昔からイノシシみたいに猪突猛進のタイプで海外にまで行っちゃったけど、ちゃんとおかあさんのことも考えてくれてたんだね」
私はなぜかちょっと気恥ずかしくなり、
「新しいお茶入れてくるよ。」
と言って席を立った。居間を出た後、そういえば貰い物のクッキーがあったから一緒に出すのはお茶じゃない方がいいかもね。コーヒーか紅茶どっちがいいんだろう? と思い、希望を聞こうと部屋に戻りかけるとさつきの声が聞こえてきた。
「私はさ、お姉ちゃんたちがうらやましかったんだよ。いまさらながら何かを取り返したいのかもしれない。今になって急に親孝行をしたって、お姉ちゃんたちにはかなわないのにね」
さつきの言葉にじゅんが食い気味に反応する。
「なにいってんの、私たちこそ、さつきがうらやましかったんだよ。さつきは全然おかあさんのゆうこと聞かないのに、おかあさんはさつきの心配ばっかりして世話を焼いてたからね」
続いてはづきも言う
「そうそう、私たち二人でよく素直に言うこと聞いている私たちの方が損してるよね、ってよく話してた。私たちからしたら、おかあさんとさつきは表面上はよく言い合いしてたけど、奥底では通じ合ってるようにも見えたよ。まあ、二人とも人当たりはいいのに強情で意地っ張りなところはそっくりだからね」
さつきにとっては意外な言葉だったようで、下を向いて黙っている。しばらく間をおいてつぶやくように言った。
「お姉ちゃん達そんなふうに思ってたんだ。結局私もお姉ちゃん達も無い物ねだりしてたのかもしれないね」
「なによ、うまくまとめようとしちゃって」
「さつきのくせに生意気だぞ」
「私はのびたかよ」
お茶の間に笑い声が広がった。
娘たちの笑い声を聞きながら、それでも私は三人とも平等に愛情をこめて育てたよ。もちろんおとうさんも。と心の中で思い、コーヒーを淹れに台所に向かった。よく考えたら我が家に紅茶なんてしゃれたものは無かった。
以上がおばあちゃんの話であったが、さらにその後、こども食堂についても保健所や市役所の住民課と相談しながらコツコツ準備を始めているそうだ。おばあちゃんとさつきさんも二人でいる時間が増えて、たまに衝突しながらも距離が父待っているようだ。
駄菓子コーナーの配置など店の内装についてはまだ検討の余地はあるようだが、僕は犬が入れる店にしてくれれば他は何でもいいと思っている。
終わり
これにて本作品は完結です。最後まで読んでくださった皆様有難うございました!




