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第一話 武蔵(前編)

新連載です。ある駄菓子屋の親子の関係の再構築をテーマにしました。

全八話に予定でそれぞれの視点から語られる物語をお楽しみいただければ幸いです。

挿絵(By みてみん)

 僕は正直戸惑っていた。普段とても温厚な駄菓子屋のおばあちゃんが怒りを露わにしていたからだ。

 今僕がいる小さな駄菓子屋はおばあちゃんが一人で経営しており、正月以外は基本的に営業している。今どき駄菓子屋なんかで生計が立てられるのかと思われるが、郊外にある持ち家の一階を店舗として使用しており家賃は発生しない。それに年金ももらっているし駄菓子屋は生活費を稼ぐためというよりは、日常の時間つぶしと近所の住人とのコミュニケーションを楽しみとしているのであろう。むろんインボイスなんか登録していない。


「ちょっとむーちゃん、聞いておくれよ!」

 おばあちゃんは鼻息を荒くして僕に語りかける。なんだか長い話になりそうな予感がする。僕はいつものようにおとうさんと散歩中に駄菓子屋に寄っただけなのにどうしてこんな状況になっているのだろう。

 つい先ほどの話だが、ちょっとの間おとうさんが急用でこの場を離れることになり、僕はおばあちゃんの保護下の元、今駄菓子屋にいる。


 ちなみに僕には武蔵という男らしくてかっこいい名前があるのだがこのおばあちゃんは昔から僕のことを「むーちゃん」と呼ぶ。僕はもう今年十歳になったし、いつまでも「ちゃん」付けで呼ばれるのは、はなはだ不本意ではあるが、お年寄りのつけるあだ名なんてそんなものかと思い、そう呼ばれることをしぶしぶ受け入れているのだ。そんな僕の不満を知ってか知らずかおばあちゃんは言葉を続けていく。

「昨日ね、末娘のさつきが来て、このお店を改装してカフェにしたいって言うんだよ。改装のお金は全部自分が出すからって。しかもね、古民家風カフェだっていうの。確かに古い家で築五十年は経っているけど私がまだ住んでいる現役の家を捕まえて古民家って失礼じゃないかしら?」

 僕は黙っておばあちゃんの顔を見上げるようにして聞いている。おばあちゃんとは呼んでいるが、毛量が多くて見た目も若く見えるおばあちゃんは怒るとちょっと怖い。普段は愛想のいい人なのでなおさらだ。おばあちゃんの怒りのポイントがちょっと分散しているが、今回の問題はそもそも今年四十ニ歳になる三姉妹の末娘が二十年程前に、突然家に長身の金髪男を連れてきたことに端を発する。


 それはある春の日曜日。この日は気持ちよく晴れており気候も暑すぎず寒すぎず過ごしやすい気温であった。おばあちゃんは、なんだか今日はいいことがありそうだ、といい気分でコーヒーを飲んで今日は何をしようか思案していた。

 そんなは期待に満ちた一日の始まりを見事に打ち砕いたのがその金髪の男とさつきであった。

「おかあさん、ただいま。姉さんたちもちょっといい?」

 少し前に「ちょっとそこまで」と言って家を出たさつきさんが金髪の男を連れて帰って来て、家族を畳敷きの居間に集合させた。

 部屋の真ん中にはまだ往生際悪くこたつが居座っていたが、それを端に寄せて空いたところに人数分の座布団をひいていた。二人はそこに正座して、

「私この人と結婚することにしたからね」

 と家族に声高らかに宣言したそうだ。

 金髪の男といっても不良でもなければバンドマンでもないし、カズレーザーでもない。その正体はイタリア生まれのイタリア人である。

 よって、金髪であることは問題ではなかったが、問題はそこではなく、中学高校大学とソフトボールに打ち込んでいた男勝りのさつきさんにこれまで一度も彼氏ができたという話を聞いたことがなく、本人も初めての彼氏だと言っている。


 そんな娘がいきなりイタリア男子などという恋愛偏差値が高そうな男と結婚するって? おばあちゃんはさつきさんが騙されているのではないかと危惧し、猛然と反対したそうだ。しかし、

「もう、婚姻届けは出してきたから」

 とのこと、よく聞くと娘は友人夫婦を証人として、大安吉日の昨日にとっとと婚姻届けを出していたことが判明した。おばあちゃんは、

「事後申請とはいい度胸ね」

 と低音でつぶやいてその場は凍り付いたそうだが、いかんせん法律的にはすでに婚姻が成立しているわけで、後の祭りというやつである。反対するという行為自体に意味がないので、さすがのおばあちゃんもあきらめるしかなかった。

 結局なあなあでことは進み、二か月後二人は夫の故郷であるイタリアのボローニャで結婚式を挙げそのままイタリアに住むこととなった。ちなみにおばあちゃんは腰痛に加え、飛行機が大の苦手ということで結婚式にはオンラインで参加した。

 今ではテレビ電話もスマホでも簡単に出来るが当時としてはかなり画期的で、結構な設備が必要だったし、タイムラグがあるので会話がかみ合わず、中々にシュールな光景だったそうだ。


「まったく、あの子はいつも突然なんだから!」

 おばあちゃんの声に怒気が孕んでいる。そんな経緯で日本を出て行ったのに、今年の初め、さつきさんは夫とともに突然日本に、それも実家の近くに移住してきたのだ。二人には息子が一人いるが今年からイタリアの大学に入っており寮で生活を送っているそうだ。

「さつきの旦那のマッテオもいい男だから、別に日本に帰って来て近所に住むのはいいんだけど、連絡が引っ越しの前の週って絶対おかしいよね?」

 お婆ちゃんはそう言って僕の顔を覗き込むので僕は思わず目をそらす。

 今年七十五歳になるおばあちゃんには娘が三人いてそれぞれ独立し、暮らしている。長女と次女は結婚して今現在、長女は名古屋、次女は仙台に住んでいるが、盆と正月と春秋の彼岸には几帳面に実家に戻って墓参りをしている。墓参りとは亡くなった父親、つまりおばあちゃんの夫である。

 ややこしいのでこの先は「おじいちゃん」と表現することとするが元々はこのおじいちゃんがこの駄菓子屋の前に同じ場所でお好み焼き屋をやっていたが、二十五年前に若くして他界したことをきっかけにおばあちゃんが店を改装して駄菓子屋を始めたということだ。

 当然僕が生まれる前の話だが、おばあちゃんからこの話を百回ぐらい聞いたのでこの店の歴史を完璧に覚えてしまった。


 話がそれたが、今回の日本への移住はむしろ夫であるマッテオが強く望んだことらしい。関係ないが、本人曰くマッテオという名前はイタリアではかなりメジャーな名前だそうで日本でいうところのダイスケくらい多いらしい。結婚の挨拶の時にそう説明されたおばあちゃんは「だからなんなの?」と返したそうだ。そりゃそうだ。

 まあ、本人の持ちネタなんだろうけど、もうひとつ面倒くさいネタがある。「ちょっとマッテヨ! 僕はマッテオ!」という本人的に鉄板ギャグがあるのだが僕はそれがウケているところを見たことがない。けれど本人は言った後、毎回自分で笑って完結している。

 マッテオは留学生として高校から日本に住んでおり、日本の文化が大好きで、日本語も流ちょうに喋れるし日本人っぽい気遣いもできるのでおばあちゃんとも仲がいい。今や実の娘のさつきさんよりも仲よく見えるくらいである。

 僕もマッテオには何度も会っているので彼が魅力的な人間であることは知っているが、実の娘よりも気に入られるなんてイタリア男子のコミュ力恐るべしである。まあ、見た目がイケメンということも大いに影響しているであろうことは想像に難くない。

 そんなこんなで最初の数か月は多少のぎこちなさを残しつつも、平和な日々を過ごしていたのだが、昨日さつきさんが来ておばあちゃんに持ち掛けたのがくだんのカフェの話なのである。

「こんな純和風の駄菓子屋をカフェに改造するなんてよく思い付くわよね」

 おばあちゃんはため息交じりに僕に言う。

 さつきさんはイタリアで家の近くのカフェで働いていた経験があり、日本に帰って来てきてからもしばらくは有名なカフェで働いていたようなのだが、そのうち自分で理想のカフェをやってみたい、と思うようになったそうだ。


 イタリアのカフェを再現するのに古民家カフェというのはよくわからないが、イタリアのカフェでは日常的に誰もが気軽にティータイムを楽しんでいて、要はその地域に根差していて皆から気軽に来てもらえることが目的なんだということで、さつきさん曰く、

「日本であれば見た目はむしろ日本風がよいのよ。だって来るのは主に日本人だもの。そのほうがみんな気安く通うことができるでしょう?」

 だそうだ。なお、夫のマッテオは外資系の大企業でITコンサルタントをしており日本支社に転勤という形で働いているため、生活的には余裕がある家庭ではある。そのため商業的に成功したいというわけではなく、実家のような人情味のある下町でやりたいというのがさつきさんの意見だ。

「おかあさんもいい歳だし、そろそろ引退してゆっくりしても良いんじゃない?近所の人とおしゃべりしたいならお母さんも好きなときに一緒にお店に出ようよ」

 なんて母親思いのセリフも添えてあったそうだが、おばあちゃんにしてみれば駄菓子屋のおばあちゃんとしてはむしろ今からが適齢期であり、やがて全盛期を迎えるとさえ思っているのだ。

 駄菓子屋の店主がセットのように一体化するには、それ相応に貫禄のある年寄りになる必要があるからだ。確かに今のおばあちゃんは七十代後半とはいえ服もテレビの駄菓子屋に出てくるような割烹着ではなく、上下有名スポーツメーカーのジャージで決めているし髪も茶髪のショートなので、以前から多少の違和感は覚えていた。


 いよいよおばあちゃんも髪型をお団子にして割烹着デビューを飾るつもりになっていたのだろうか。それはさておき、とにかくおばあちゃん的にはまだまだ現役で働くつもりなのでこの話が出たときはきっぱりと断ったのだがさつきさんはあきらめず、明日もまた来るといい残し去っていったらしい。

 そんな話をところどころ繰り返しながら聞いてもう何十分経っただろうか、足がしびれてきたそのとき、後方から引き戸を開ける音とともに、聞きなれた声が聞こえてきた。

「かすみさん、すみません。戻るのが遅くなってしまいました」

 僕はやっとおばあちゃんの長話から解放される喜びとおとうさんが来てくれたWの喜びで興奮し、しっぽを激しく振っておとうさんの元へ駆け寄った。おとうさんは僕の小さな頭をすっぽりと抱えるようになでながら言葉を続ける。

「いやいや思ったよりも時間がかかってしまって、武蔵はいい子にしてましたか?」

「ああ、むーちゃんは本当にかしこい犬だね。私のくだらない愚痴を黙って聞いてくれていたよ、時々飽きてきたのか足で耳を掻いていたけどね。ははは」 


                                        後編に続く


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