第18話:廃棄知識体
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目を開けると、俺は──立っていた。
地面に倒れていたはずの俺が、今は立っている。
思わず、自分の手足に目を向ける。指を動かす。膝を曲げる。そして──恐る恐る腹に目をやる。
「……穴が塞がってる」
視点の高さまでが、以前とは違う。
「…………ああ、そうか。俺はイデアをスキルで取り込んだのか」
ポツリと呟く。
この感覚……間違いない。俺は“イデアの身体”を、自分のものにした。
その事実に実感が湧くより先に、俺の視線は一点へと吸い寄せられる。
ソフィア──。
血に濡れたその身体は、微動だにしない。豪胆で生意気だったあの笑みは、もうそこにはなかった。
静かに目を閉じた彼女の顔は、どこか安らかで……それがかえって、胸を締めつけた。
「……お前も、ゴミなのか……ソフィア」
その言葉が、無意識に漏れた瞬間だった。
【ユニークスキル:廃棄収納を発動可能です】
頭の奥に響く、あの無機質な声。
……そうか。俺は、また“何か”を拾える状態にあるらしい。
だが思い出す。このスキルは、俺が「価値がない」と認識したものしか取り込めない。
俺自身が“ゴミ”だと見なしたものだけが対象だった。
じゃあ今、目の前に横たわるソフィアが、そうだというのか。お前は。
……確かに。今の彼女は動かない。ただの、声を持たない死体だ。
喋らない。
動かない。
何も、残らない。
もう、この世界に価値を残せない存在。
それが、“ゴミ”じゃないと言えるか?
「──なら、お前も……俺の糧となれ」
俺は、静かに手を伸ばす。
無言で、動かない死体に向かって。
……
…………
………………
「……こいつはイデアのような肉体は無かった。本当に価値のないゴミだったか」
もしかしたら、イデアの様に何か貰えるなんて考えていたが、浅はかだったか。
でもまぁ、この体に胸が付いたりなんてしたら最悪だしな。結果的に良かったと言えるだろう。
ゴミを埋葬したんだ。置いておくよりはマシだろう。
【おい】
不意に、どこからか声が響いた。
【──誰がゴミだ、ガキ】
……スキルの声?
だが今まで聞いてきたような機械的な音声じゃない。妙にリアルで、生々しい。しかも、女の声……?
【俺様だよ。お前、俺を変な力で取り込みやがったな。ふざけんじゃねぇ。俺様を“ゴミ”扱いとは、良い度胸してんじゃねぇか】
「……ソフィア……なのか?なんで俺のスキルになってんだ」
混乱する。
だが、この乱暴な口調、威圧感……間違いない。
【なんで俺様がお前のスキルとか言うのになってんだか、そんなの俺様にも分かんねぇよ! けどそれより、イデアはどうした】
「……お前と同じだ。取り込んだ。あいつは……俺の身体の一部になった」
【……そうか。そういう事か】
「何がだよ」
【……お前に取り込まれてから、やけに情報が流れ込んでくると思ったら……あれはイデアの記憶……いや、あいつの想いだ】
「……お前らの友情なんてどうでもいい」
【ああ? ……お前、その仏頂面、ほんとイデアに似てきてるな】
「かもしれないな。……感情も、考え方も変わった気がする。……いや、確実に変わった。全部、イデアのせいだ」
【……なあ。イデアと俺様を取り込んだ今のお前なら、あの魔族……殺せねぇのか?】
「無理だな」
即答だった。
「身体がイデアになっただけ。スキルが乱暴に喋るようになっただけ。それだけじゃまだ、あの黒い魔族に勝てるわけがない」
あいつは、人外であるイデアすら瞬殺した。
取り込んだだけで超えられる様な壁じゃない。
【……そうかよ】
「…………アイシス」
目の前の亡骸へ、名を呼ぶように呟いた。
【……コイツも取り込むのか?】
「……そんなわけねぇだろ。彼女はただの人間だ。ゴミなんかじゃない」
【……随分な言い草だな、俺様たちには】
「お前らは人外で、魔族を殺すために人生を捧げた馬鹿だ。──けど、彼女は違う」
【……お前、ほんと口が悪くなったな】
「スキルが喋り出してから、ろくなことがねぇんだよ」
【いいか。俺様は魔族を倒すために必要な知識をたくさん持ってる! 俺様を使えば──】
「……ああ、分かった。いい加減黙れ。必要な時は呼ぶ。だが今は、黙ってろ」
【チッ……ったくよ。俺様のナイスバディ、もっと堪能しとけばよかったのにな】
「……はぁ」
【……分かったよ。じゃあ、黙る。俺様、もう喋らねぇ!】
(……俺のスキル、退化したのかもしれない)
---
「……この国は、もう終わったな」
ぽつりと、そう呟いた。
今頃あの黒い魔族は、街を蹂躙しているか、あるいはもう終えたか。
ならば、もうここにいる理由はない。
「出るか。この国を」
本来の目的。それは、最初からそうだった。
【待て】
頭の奥に声が響く。
「……喋らないんじゃなかったのか」
【あそこに落ちてる、俺様の武器を持ってけ。魔族を殺すために、俺様が生涯を懸けて作ったモンだ。お前にとっても、絶対役に立つ】
視線を落とす。筒のような形状のそれ。大砲か、あるいは砲身兵器か……。
「無理だな」
【なんでだよ!? 魔族を殺すために作ったんだぞ!? あれさえあれば──】
「だからこそだ。お前が生涯かけて作ったそれは、“ゴミじゃない”」
はっきりと告げる。
「俺のスキルは、“俺が価値がないと判断したもの”しか取り込めない。そして今の俺のスキルは、ソフィア──お前だ」
【……つまり、俺様がそれを“ゴミじゃない”と認めちまってる以上……】
「ああ。お前が否定する限り、それは俺には扱えない」
【……そっか。……そうだな】
「分かってくれたならいい。──出るぞ、この国を」
歩き出す。
振り返ることはない。
ヴァレシア王国。ここに俺の居場所はない。
ここにいたのは、死体と、終わりと、もう失われた過去だけだった。
【なぁ……ちなみに一応聞くが、あれは結局何だったんだ?】
ちらりと後ろを見ずに問いかける。
【よくぞ聞いてくれた! あれはな──】
「やっぱいい。出だしから腹が立つ」
【……なんだよそれ】
――歩く。
瓦礫と血の匂いが混じる風を裂いて。
---
ヴァレシア王国を出た。
これで、ようやく自由になれた。
「……そういえば、この世界をこの目で見たのは初めてかもしれない」
俺がこの世界で見てきたのは、転生先の村と、この国だけ。
この国に来るまでの道中は意識がなかった。
だから、ここから先は──未知の世界だ。
それなのに、俺は、なぜか笑っていた。
感覚で分かる。この身体だ。軽い。イデアを取り込んだ俺の身体は、確かに強くなっている。
今の俺なら素手でも岩くらいなら砕けるかもしれない、そう思えるほどに。
「なぁ、ソフィア」
【……】
「おい」
【……んがっ!? な、なんだよ】
「……今、寝てただろ」
【寝てねぇ! 俺様が寝るわけねぇだろ!!】
「……まぁいい。お前、魔族以外の知識、あるか?」
【……無い】
「……やっぱりか」
ため息をつく。
どうやら、俺のスキルは、喋る“魔族専門家”になってしまったらしい。
あまりにも偏ったスキル構成に、頭が痛い。
「さて、どこへ行くか……」
【だったら、俺様の故郷へ行け】
「お前の? そこに何がある」
【強くなれる。……そういう場所だ】
「……行けば分かるってやつか?」
【ああ。信じるかはお前次第だ】
……正直、行く当てもなかった。いや、あるにはあるが分からない。
なら、少しくらい信じてみてもいいか。
「分かった。じゃあ──」
その時だった。
地面が鳴った。
土を踏みしめる音が、無数に迫ってくる。
音に反応して顔を上げると、見えたのは──黒い影。
牙を剥き、唸り声を上げながら迫る魔獣の群れ。
数十匹はいる。
「……そう簡単には、行かせてくれねぇか」
剥き出しの殺意。
空気が張り詰める。
だけど、俺は恐怖を感じてなどいなかった。
不思議と、落ち着いていた。
そう──この世界は、優しくなんかない。
それを、俺はもう知っている。
アレシア、アイシス。
俺に優しくしてくれたのは、あの人たちだけだった。
……ああ、そうだな。イデア、お前も一応入れといてやるか。
「……蹴散らしてから行くか」
俺にはこの世界について知る権利がある。それを知っているのは恐らく──
【そうだなァ! そう来なくっちゃなァ!!】
「スキル──いや、今は“お前”だな。武器をくれ、廃棄知識体」
【へへ、つっても……ゴミしかねぇぞ、お前の中】
「……忘れたのか? 俺の取り柄は、“ゴミ”を扱うことだ。ゴミの中でも使えそうなモンをよこせ」
手に握られるのは、折れた剣。
──だが、それでいい。
「……上出来だ」
価値なんてものは、使う奴が決める。
それが“俺”だ。
牙を剥いた魔獣たちが吠える。
俺はそれに応えるように、大地を蹴った。
「はあああああああああああああっ!!」
剣を振るう。
手応えは重く、鮮烈だった。刃が錆びているせいか、力量で叩き込んでいる感じだ。
折れた刃が、喉を裂き、肉を断ち、血飛沫が舞う。
一匹、また一匹。狂ったように吠える魔獣たちが、無心で振るわれる刃に沈んでいく。
腕が悲鳴を上げても、止まらない。
──止めない。
「は……あはははははははははッ!!」
俺は、笑った。
これが、今の俺の“力”だ。
この世界の、ゴミみてぇな現実の中で──俺は、生きている。
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