第16話:紅の遺言
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それでは、本編をお楽しみください。
俺様には、弟がいた。
二人きり、小さな村でひっそりと暮らしていた。
優しくて、穏やかで……俺様とは正反対な、誇れる弟だった。
両親はもういなかった。
冒険者として命を賭けて生きた二人は、魔獣との戦いの末にその命を落とした。
だから、弟は──俺様にとって唯一無二の、守るべき存在だった。
だが、悲劇は突然訪れた。
魔族。
魔獣ではない、人の姿をした“魔”。
あいつは、外見だけなら完全に人間と見紛うほど整った容姿をしていた。
言葉を話し、態度も人間と同じ。
だから、俺様も──そして、弟も、疑いすら持たなかった。
「案内してほしい場所があるんだ」
──そう言って、そいつは弟を連れていった。
……それきり、弟は戻ってこなかった。
胸騒ぎがした。
嫌な予感が、喉の奥を掻きむしるように広がっていった。
俺様は全力で弟を探し回った。
そして──
「…………嘘、だろ」
弟は、無惨な姿で転がっていた。
首が不自然な方向に折れ、胸には深々と切り裂かれた跡。
その体は、まるでおもちゃのように壊されていた。
人間に、こんなことができるわけがない。
……いや、魔獣でも、こんな“壊し方”はしない。
食い荒らされた痕跡はなかった。
そこにあったのは、ただの──悪意による殺戮。
弟の死体に残されたものは、明確な“意志”による暴力の痕だった。
俺様は頭が真っ白になった。
何も考えられなかった。
それでも、必死に足を動かして、家へと戻った。
何か……何か手がかりがあれば。
そして、俺様は狂ったように書物を漁った。
「魔族……魔族魔族魔族魔族……!!」
“伝説の存在”とされる、かつて世界を脅かしたという化け物。
誰もがその存在を「作り話」と断じていた。
だが──弟を殺した、あの化け物は。
間違いなく、“魔族”だった。
俺様は村を飛び出し、この『ヴァレシア王国』にたどり着いた。
この国に、真実があると信じて──
⸻
俺様は魔族について調べ続けた。
なけなしの金で魔族に関する文献を買い漁り、衣服や食事すらろくに取らず──
ただ、ひたすらに“魔族を知る”ことに執着した。
……だが。
どの書にも、書いてあることはバラバラだった。
「魔族は絶滅した」
「魔族は未だ世界のどこかに潜んでいる」
「魔族は人間の心の闇に宿る存在である」
どれもこれも、肝心なことには一切触れていない。
まるで、何かを“隠そうとしている”ような……
「……なぜだ。なぜ誰も魔族の実在を記録に残さねぇ……?」
魔獣の存在は当然のように扱われているというのに。
魔族の話になると、どの文献も曖昧で、証拠も具体性もない。
「──まるで、魔族という存在が“この世から消された”かのようだ……」
疑念は拭えないまま、時間だけが過ぎていった。
俺様は知識の空虚さに苛立ち、焦り、時には絶望し──
そんなある日、あいつと出会った。
「君、なんで悲しそうな顔してるの?」
……そいつは銀髪で呑気な奴だった。
魔族に弟を殺されて血の底から煮えくり返ってるってのに、そいつは一人で球遊びをしていた。
「俺様に構うな」
「一緒に遊ぼうよ。僕、ずっと一人なんだ」
こいつは馬鹿だった。
寂しいなら一人で球遊びなんてしねぇだろ。
……そう思ったのに。
「友達がいないから仕方ないよ。君が友達になってくれるなら嬉しいな」
……あまりにもバカで。
あまりにも真っ直ぐで。
気付いた時には、俺様の中にぽっかり空いていた穴を、そいつが少しずつ埋めていってた。
そして、今──
「……ば……か……イデ……ア……」
血の泡混じりに、ソフィアはかすれた声を漏らした。
「ソフィアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
イデアの悲鳴が、空に響き渡る。
魔族の尾に貫かれたソフィアの体から、力が抜ける。
あれほど大事に抱えていた得物が、無惨に地面へ転がり落ちた。
それはアイシスと同じ結末だった。
「後は……頼んだぜ……俺様の……たった一人の……ダ……チ……」
彼女はそう言い遺し、瞳を閉じた。
呆気ないほどに、静かに──
血が流れる音が、風の中に消えていった。
立っているのは、イデアただ一人。
ダストは瀕死で地面に横たわり、ソフィアは──もう、動かない。
「……僕は……ずっと……謝りたかったよ、ソフィア……」
拳を震わせながら、イデアが呟いた。
「君を……信じてやれなかった……あの日の”僕”を……”俺”は何度も悔やんできた……」
声が、かすかに震える。
けれど、確かな意思がその眼に灯っていた。
「だが──君の死は、絶対に無駄にしない」
彼はゆっくりと、ダストの方へ振り返る。
「……少年」
その瞳には、どこか遠くを見つめるような陰が宿っていた。
「君もいずれ気づくだろう。この血がどれだけ“呪われている”かを」
そう言うと、彼は上着を脱ぎ捨てた。
肌の上を這うように走る、青白い血管。
それは、明らかに人間のものではなかった。
「……私は、混血者だ」
魔族の血を受け継ぐ者──
「……私たちは、魔族の血と人間の血の狭間で生まれた存在。
戦いの中でしか、生きる術を知らぬ者たち」
そして、イデアは鋭く息を吐いた。
「──よく見ておきたまえ。これが“混血者”の力だ」
そう言い残し、イデアは再び魔族へと歩を進める。
その背に、もう迷いはなかった。




