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大切なこと・中

「なんか甘酢っぺぇな」

「まだ演技してんだ。黙らんかい」

「あ、すいません」


すると涼はまた演技モードに戻った。


「で、結局。私と結婚してくれるの?」

「そりゃもちろん」


すると涼はぱぁっと明るい笑顔を見せた。これはおそらく蕨さんの表情。


「でもいいのか?俺と結婚して。付き合い始めてから、1ヶ月くらいしか経ってないぞ」

「いいよ。中学の頃からずっと涼を思ってたし。中学の頃からそんなに変わんないから、中学の時に付き合ってたこと含めたら、1ヶ月どころじゃないでしょ?酔ってて上手いこと言えないや」


おそらく、蕨さんが言いたかったことは、中学の頃も含めれば、付き合ってた長さは1ヶ月以上になるってことだろう。さらに、中学の頃からあまり性格の変わらない涼ならもう結婚しても大丈夫だろうと思ったのだろう。僕も酔っててうまく言語化できないな。まあでもこれが、1ヶ月と言う短い期間で結婚した理由か。


涼はまた間を開けて、肘をテーブルにおいたまま、口の近くまで手を持っていった。おそらく蕨さんはここで一吸したのだろう。落ち着くためなのか、それとも嬉しさを隠すためか。



「なんか涼は素直じゃないなぁ。もっと喜んでくれればいいのに」

「めちゃめちゃ嬉しいよ」

「じゃあもっと喜んでよ」

「後で見せるよ」

「後じゃダメだよ」


そしてまた間を開けた。


「じゃあさ、誓いのキスしようよ」

「ん」

「なんだ。意外と乗り気じゃん」


おそらく蕨さんの方が言ったのだろう。

ほんで、涼はここでキス顔をしたんだが、ここはあまりにもキツかったので割愛。


「ヤニくさいよ」

「お互い様だろ」


そして素の涼に戻った。


「終わったの?」

「はい。終わりました」

「ドラマの撮影してたのかくらい、現実っぽくなかったな」

「現実なんだなそれが」


なぜかドヤる涼。意味がわからず困惑する僕。

素晴らしい温度差だ。


「夏目漱石風逆プロポーズだったのね」

「そうなんですよ。個人的には結構カッコつけたつもりなだけどやっぱ内心ドッキドキだったわ」

「で、このプロポーズともう話ができないってのはなんの関係があるの?」

「プロポーズされました。その後僕はしっかりとプロポーズしました」

「ちょっ待て。そのプロポーズの話も聞かせてくれ」

「はぁ?しょうがないなぁ」


嫌そうな雰囲気を醸し出していたが、満更でもなさそうなのが顔から伝わってくる。


「じゃあ、話すね」

「演技はしないの?」

「ご所望なら」

「じゃあお願いします」

「はいよろこんで」


そしてまた演技モードに入った。


「その数日後に今度は俺が蕨を家に招待したんだ。で、お泊まりして、その朝にプロポーズをしたんだ」

「じゃあその時の演技をお願いします」


以下涼による再現。


「おはよう」

「おはよう。寝れた?うちのベッド」

「そりゃもう快眠よ」

「それは良かった」

「顔洗っていい?」

「いいよ」


涼はガサゴソと何かを探る仕草をした。

おそらくこれは、蕨さんが自分のカバンにしまっていた洗顔石鹸を探している仕草だろう。

しかしいつまで経ってもカバンの中を探す仕草をやめない。


「洗顔探してるの?」

「うん。持ってきたはずなんだけど...」

「差し支えなけりゃ、俺の使っていいよ」

「えぇ、悪いよ」

「気にしないで」

「じゃあお言葉に甘えさせていただきます」


「ちょっと待て」


僕は少し気になることがあった。


「洗顔の話とプロポーズ、何も関係ないだろ」

「黙っとれ。とにかく話を聞け」

「は、はい」


涼の圧に圧倒されて頷いてしまったが、なんか腑に落ちなかった。


「続けます」

「どうぞ」

「あれ?洗顔どこにある?」

「棚の下にないか?」

「ないよ。黒い箱しかないよ」

「それ持ってきてくれない?」

「なんで?」

「いいから。疑問に思わないでくれ」

「はぁ...。よくわかんないけど持ってくわ」


涼は箱を持って歩く仕草をした。

ほぼパントマイムを見ている気分である。


「これ?」

「そうそう。これ」

「なんなのこれ?」

「これはね」


そう言うと、涼は箱を開ける仕草をした。

開け方で僕は箱の中に何が入っているかがわかった。さらにそこで洗顔とプロポーズの繋がりも理解した。


「ゆ、指輪?」

「結婚してくれないか?」


「ちょっと待て」

「なんだよ」

「なんちゅうタイミングでプロポーズしてんだ」

「これしか思い浮かばなくて」

「おいマジかよ」


僕は涼に心底呆れた。


「ていうかプロポーズの言葉は?」

「え?」


 涼の声が裏返った。


「お前。ここにきて恥ずかしいのか?」

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