『リリィの聖剣』
活動報告にて登場キャラ紹介No.1を載せています。是非覗いてみてください。かなり抑えめにしましたが大変マッドです。
そのゲームは、もともと約2年前にインターネット上に公開された無料のフリーゲームだった。
モンスターが住まう異世界、通称『魔界』に一人放り出された12歳の人間の少女が、元の世界に戻るための手掛かりを得るために魔界を巡るという一見よくあるあらすじだが、インディーズ出身でありながら公開後すぐに圧倒的な人気を誇ったそれは瞬く間に大手ゲーム会社にて製品化された。
そして発売からわずか1年足らずで脅威の売り上げ数700万本を達成し、発売から一年半が経った頃にはその年の世界一のゲームコンテスト『ベストゲーム・オブザイヤー』で堂々の一位を獲得。
その後も数多のゲームコンテストの大賞を総なめにした化け物タイトルだ。
こんなにも人気になった理由にはクオリティーの高いUIやストーリー、BGMの出来の良さ等様々な理由が挙げられるが、ひと際民衆の目を引いたのはその謳い文句であったと言われている。
『貴方が真の英雄であるのなら、もう一度最初からこのゲームをやり直すだろう』
あくまでも周回プレイを強いる謳い文句に当初こそ「面倒くさい」と厭うプレイやーも多かったという。
しかしあまりにも残酷で謎に満ちた、人間の本能をザワザワと掻き立てるような『二周目』のストーリーを前に、そんな意見は消えていった。
そう、これは遥か昔に袂を分けた人間とモンスターの確執を、サーシャという一人の少女を通して巡る物語。
配信解禁になった瞬間に配信者たちは競うように動画投稿配信サービスにてそのプレイ動画をあげ、その結果半年間間動画投稿配信サービス再生数ランキングが『リリ剣』で埋め尽くされたのは発売から3年が経った今でも伝説として語られている。
私も自身でのプレイこそしていなかったものの、豊富な実況動画のお陰で最初から最後までストーリーを把握しているくらいだ。
……いや、偽るのはやめよう。
私がこのゲームに対して抱いていた感情は『把握していた』なんて生易しいものではなかった。
私はこのゲームにぞっこんであった。
諸事情によりプレイしたくともできなかった私だが、実況動画を見て心を奪われて以来、仕事の合間や休みの日にはほとんど「リリ剣」漬けになるくらいにオタク活動をしていた。
動画配信サービスにあげられている動画はストーリー実況・考察動画・神プレイ動画問わず全て見尽くしたのではと思うほどに繰り返し視聴し、公式が出していたグッズは財布が許す限り購入。
果てにはファンによる二次創作作品や派生作品まで見境なく漁り、ファンメイド作品即売会にまで足を運ぶほどのであった。
そんな筋金入りのリリ剣オタクである私にとって、今いるこの研究所も目の前の少年も、先ほどまで話していたマッドサイエンティスト改めフリント博士も、大いに見覚えのあるものであった。
何故今の今まで忘れていただろうか。疑問どころか違和感を覚えるくらいだ。
「いやでも、ゲームの世界ってマジ……?」
一体何が起きているのだろうか。フリント博士曰くここは『魔法界』らしいが、間違いなくサーシャが旅した魔界である。
まさか魔界は本当に存在していたという───
「おい!大丈夫なのか!?」
ようやく記憶の本流が収まり、吐き気や頭痛が治って先程の現象は何事かと思考する私の顔が、突然グイッと上を向かされる。
見上げた先にはロイドの焦りと心配が綯交ぜになった顔が間近にあり、思わず「ぬぁぁぁあ!?」と女子らしからぬ叫びが口をついて出た。
「だっだだだだだ大丈夫です!何の異常もありません!ちょっと!立ち眩みしただけでう!」
やべ噛んだ。
「そ、そうか……?ならいいんだけど。っていうか何故また敬語?」
そりゃ大好きなゲームのキャラクターが目の前に現れたら敬語にもなりますわ!
なんて返答できるわけもなく、口をもごもごとさせながらロイドから一歩離れた私は改めて目の前のモンスターをチラリと伺った。
少し癖のある色素の薄い茶髪に、青にも紺にも見える不思議な色合いの瞳。パーカーの上に白衣を纏う、研究者としての衛生管理的に問題ないのかと思わないでもないファッション。
そして今でこそ居ないが彼の周りを浮遊する頭蓋骨。
まごうことなくリリ剣ストーリーにおける主要キャラクターである『アンデッドレクス』のロイドであった。
アンデッドレクスというのはその名の通りアンデッド種における王という意味なのだが……ああ違う、今そのことを考えている場合じゃなくて。
重要なのは本当にロイドが、あのロイドが目の前に存在しているということだ!
大好きなキャラクターが動いて私を認識している……こんな奇跡があっていいのか!?
「……っ!ま、まてよ……まさか!」
感動に打ち震える私は更になる天啓に打たれる。
ここがリリ剣の……魔界だというのであれば、ロイドやフリント博士以外の主要メンバー達も存在しているということでは!?
嘘だろう?ってことはパーシーもミモザもベルリアナもアジェルも……!?
「うわあ、うわああ!」
「おい!?本当に大丈夫なのかよ!?ちょっと怖いぞ!」
喜びで顔を両手で覆い悶える私の肩を揺さぶるロイド。ドン引きしたような声に若干の申し訳なさと「レアな音声ありがとうございまーす!」という気持ちを覚える。
予想外の供給を得たオタクの性だ。許せ……。
と、そこまで思考したところで私はふとあることに思い至った。
ロイドがいる、フリント博士もいる、多分これから出会うモンスター達も存在している。
ということは主人公でもあるサーシャも存在している可能性も、ある……?
サーシャ……サーシャが……?
『これは遥か昔に袂を分けた人間とモンスターの確執をサーシャという少女を通して巡る物語』
そう、その通りなのだが……このゲームの恐ろしいところはサーシャが魔界を巡って終わるという優しい話ではないというところだ。
このゲームが人気になった理由は平和的で心温まる『一週目』と打って変わって残酷な『二周目』が存在するからだった。
つまり、その残酷という言葉が示す意味は……
そこまで考えたところで、ぶわりと全身から汗が噴き出た。
「ロロロロロロロイドぉ!」
「わああ!もうなんだよ今度は!怖い!」
ドン引きどころかちょっと泣きが入っていそうなロイド詰め寄る。「モンスター化した弊害で混乱状態なのか!?」と怯える彼だが、しかし混乱どころか恐慌状態に近い私の耳には届かない。
「今すぐ私を博士のところに連れて行って!」
「は!?な、なんでまた急に……」
「お願い!早くしないと、このままじゃ……このままじゃ……!」
突然の私の要望に目を白黒させるロイドの肩をガクガクと揺さぶる。
ごくりと喉を鳴らした私は、泣きそうな気持で叫んだ。
「このままじゃ、あの子に殺されるーーーー!!」