後悔と嫉妬のベルクワイア ⑫
ストベリク市を騒がせた魔法師クーセラ兄妹はそれぞれ罰を受けた。
兄のエリクはストベリク市で十年単位の奉仕活動が命じられた。
道路や建物の工事、畑仕事や荷物運びなどの肉体労働をはじめ、迷子のペットの捜索など街の雑用係をさせられことになったが、エリクはそれを甘んじて受け入れた。最初こそ、民衆から責められることもあったが、真面目に働くその姿に少しずつ認められることになった。
「そうですか。兄はストベリク市で……」
エレナが目を覚ましたのは二週間後のことで、エリクの処遇を聞いて物思いにふけっているようだった。
「それでシェリア様。私にはどのような罰を与えるつもりでしょうか? ただの善意で傷や毒の治療をしたというわけではないのですよね?」
「そうね……強いて言うならば、エリクに頼らず生きていくということかしら」
私はエレナに私の許可なく死ぬことができなくなったことを告げる。それは双子の兄であるエリクと同じ時間を生きることができなくなったということだ。さらにはエリクが死ぬまではその契約を解除しないこと、エリクの死後、自分が死にたいからという理由で契約の解除を望むならそれを拒むことも話した。
「まるで呪い……ですね」
「そうね。でも、私はこの呪いに数百年以上も縛られているわ。しかも、あなたと違って誰も解呪してくれないから、永遠に続くわ」
「それはきっと辛いことなのでしょうね」
「最近では悪くないとも思っているわ。私と同じ時間を生きてくれると約束してくれた使い魔もいるし、気まぐれに誰かの一生を見届けることも嫌いじゃない。それに長く生きていたからこそ、シアク様の弟子と出会うこともできた」
「そうですか……では、私にもシェリア様と同じように生きろとおっしゃりたいわけですね」
「いえ、そんなことは言わないわ。だって、あなたは私じゃないもの。どうやって生きていくのかはあなたの自由よ。長い時間をかけてでもゆっくり探すといいわ」
「……分かりました。シェリア様は優しいのか厳しいのか分からないお方ですね」
「ただの面倒くさがりな魔女なだけよ」
エレナは思わず笑みを浮かべた。その表情に私も安堵の息が漏れ、足を引きずるようにして部屋をあとにした。部屋の外ではミレラアが怒ったような表情で待ち構えていた。
「シェリー様」
「何かしら、ミレラア?」
「今の歩き姿で確信しました。シェリー様も毒を受けておられますね」
しまったと思い、一瞬だけ言葉に詰まるが表情を変えぬまま、「なんのことかしら?」ととぼけて見せる。それから場所を変え、人払いをし、村長宅の応接室のソファーでミレラアと向かい合った。
「ここ最近、ストベリクの図書館からもノーアニブルの書庫からも本を取り寄せていませんよね。それだけでなく魔法をほとんど使っていないし、移動にはクライブをわざわざ使っていますよね。私は使い魔であり、メイドでもあるのでそこまであからさまだと気付くに決まっているじゃないですか」
「もしあなたの言う通りだったとして、どうするの? 今なら私を押し倒すのも簡単よ」
「ふざけないでください! どうして私たちをもっと頼ってくれないのですか? そのことに私は怒っています」
「……悪かったわ。だけど、わずかでも弱みや綻びを人に見せるわけにはいかなかったのよ。もし知られてしまえば、私の管理下にいる人々は不安になるかもしれない。今が好機と第二第三のエリクのような存在が来るかもしれない」
「だから、事情を話してくだされば、私たち使い魔がもっと自然な形で支えることもできたでしょう? クライブは何も考えていないから、今はシェリー様に相手にしてもらえる機会が増えて喜んでいるようですが、そろそろ異変に気付くんじゃないですか?」
「そうかもしれないわね。これからはもっと頼りにするわ。特に毒の浄化がある程度すむまではね」
まさか頼らなかったことを怒られるとは思わなかったけれど、嫌な気はしなかった。一人でいた時間が長すぎるあまり、自分の中で完結させたがることが身に染み付きすぎていたのだろう。私はもっと自分の育んできた絆というものを信じてもいいのかもしれない。
エレナは半年ほど寝たきりで起き上がることもできずにいた。解毒薬を服用し、私が毒の一部を引き受け毒の浄化を進めてもそれくらいの期間は絶対安静だった。
体が起こせるようになってからは、村の女性たちに教えてもらいながら手芸をはじめた。一年が経つころには私が毒を引き受けて浄化するための繋がりを解除した。エレナは毒が体内にまだ残っているため、魔法は使えないが体は動かせるようになったので、畑や果樹園の仕事を手伝うようになった。
そうやって過ごすうちに、エレナは村の女性たちのコミュニティーにすっかりと馴染み、笑顔が増えるようになった。
また私の使い魔と同じ立場になっていたことから、森の中を最短経路で私の家まで来れるようになった。
「それでエリク兄さんの様子はどうですか?」
「元気にやってるわよ。最近は空いた時間で体を鍛えだしたみたいね」
「そうですか。それならよかったです。それでシェリア様、今日のお菓子です」
「ありがとう、エレナ。ミレラア、紅茶を淹れてもらっていいかしら?」
「もう淹れてますよ」
ミレラアが紅茶の入ったポットとカップを持ってきて目の前で注いでくれる。それからエレナの持ってきたお菓子を手に一度下がり、皿に盛り付け直して持ってきてくれた。
「ありがとうございます、ミレラアさん」
「いいのよ。あなたも私たちと同じなのだから気を遣うこともないのよ」
ミレラアとクライブはエレナのことをあっさりと受け入れた。ミレラアとは同じ魔女に仕えることになったこと以上に、私に対して犯してしまった過ちが似通っているため特に意気投合しているようだった。
エレナは最初こそ、私には平身低頭でかしこまってばかりで感謝とお詫びの言葉を顔を合わせるたびに言ってきた。私はエレナの世話をしているのはミアトー村なのだから礼がしたければ、そちらに返せと言ったのだけれど、「それでは私のこの気持ちは晴れません。私たち兄妹は殺されても文句が言えない場面で、生かされたばかりか命まで救われたのですから」と何かさせて欲しいと強い感情を滲ませる。
エレナは昔からエリクの影に隠れ、自分の意志を表に出すことが苦手だとストベリク市に様子を見に行ったときにエリクから聞かされていた。それが短い間でずいぶんと変わったなと思ってしまう。出会いと環境が人を変えるのかもしれない。
そこで私は「紅茶の時間の話し相手になってもらおうかしら」とエレナに提案し、シアク様の守っている魔法師の隠れ里での生活やミアトー村での暮らしぶりを聞かせてもらうことにした。
魔法師の少年エリクは今日もストベリク市で肉体労働に従事し、汗を流していた。今ではストベリク市の人たちから差し入れを貰うほどに街に馴染んでいるが、背負っている十字架の重さを忘れたことはなかった。
魔法師の少女エレナは自分で焙煎した紅茶と手作りのお菓子を手に、魔女の住む森を行く。森に入ってしばらくすると、エレナの上空には魔法が使えないことを心配して迎えにやって来たグリフォンの姿があった。
「クライブくん、ここだよ!」
エレナは笑顔で空に向かって手を振った。
その様子を使い魔の目や耳を通して、またミアトー村やストベリク市に張り巡らせた魔法陣を介して、見守ることが私の日課になりつつあった。
その日課をこなす隣で「シェリー様は過保護すぎます」ともう一人の使い魔のヴァンパイアが紅茶を淹れながら、笑みと苦言をこぼしていた――。




