後悔と嫉妬のベルクワイア ⑪
夜が明け、まだ陽も昇り切っていない時間に私はエリクと共にストベリク市へと出発することにした。エレナと魔力的なパスを繋ぎ、毒を引き受けているので魔法をできるだけ使いたくないので、クライブに乗って移動することに決めた。
「それじゃあ、行きましょうか」
私の言葉に合わせて、クライブが羽ばたいて空へと舞い上がる。しかし、エリクは空に上がってくる気配がない。
『シェリー、あいつどうしたのかな?』
「分からないわ。とりあえず、一度降りてくれるかしら、クライブ」
『うん、わかった』
クライブは下降し、エリクのそばに着地する。
「どうかしたのかしら?」
「俺は飛べないんだ」
「だけど、ストベリク市の宰相や議員たちは飛んでいる姿を見たと話してたわよ」
「あれは、妹の魔力で飛んでいたんだ。だから、恥を忍んでお前に頼みたい。魔力を貸してくれ」
思わずため息が出てしまう。エリクの話が本当なら、魔法師の才能の欠片もないということになる。しかし、私と戦った時に魔力で身体能力を向上させていたところを見ると、体内で魔法を行使することはできるようだ。
しかし、今の私にはエリクのお願いを聞くことはできなかった。
「嫌よ。あなたに貸す魔力はないわ。ただでさえ、あなたの妹の治療で疲れているのよ。それにこれ以上あなたに施す義理も理由もないわ」
自分の状態を誤魔化すために、あえてつれなく振る舞ってみせる。エリクは奥歯を噛みしめ、仕方ないとうなだれるばかりだった。
エリクが飛ぶことができないのでストベリク市までは走って向かうことになった。エリクは自分の体を魔法で強化して、出来るだけ早く移動をし、その隣を私はクライブの背に乗り、付いて行く形になった。この速度なら休憩を挟んでも今日中には到着できそうだ。
「それで魔女シェリア。俺はお前に何を話せばいい?」
エリクは走りながら呼吸を乱さないペースに落として尋ねてきた。
「昨日も言ったけど、シアク様とあなたたち魔法師について知っていること全てよ」
「大師匠様のことはよくは分からない。魔法師だけで暮らしている隠れ里で俺たち魔法師を教育し、守る活動を何百年としておられることくらいしか知らない。そして、俺たち魔法師は大師匠様に恩義を感じ、それを返すために働いているんだ」
エリクは隠れ里でシアク様の元で活動している一人前の魔法師はベルを持っていて、自分たちをベル奏者と自称し、名前のなかった組織はいつからかクワイアと名乗りだしたことを教えてくれた。
それを聞きながら、エレナの持っていた杖にはベルが付いていたが、エリクの持っているそれにはベルがないことから、一人前の基準と言うのはある程度しっかり決められているのだと思った。
「そうなのね。シアク様は魔法師を守る活動をすると最後に会ったときに言っておられたけど、実際にやっていたのね。それで隠れ里はどこにあるのかしら?」
「詳しい場所は分からない。俺たちはベルを介して空間を繋いで出入りしているんだ。それ以外に里に出入りする方法があるのかすら分からない」
「そうなのね。でも、なんとなくわかった気がするわ。シアク様は歴代の魔法師の中でも最高の空間魔法の使い手で、同時に魔道具を作ることに関して突出した才能を持っていたわ。きっと空間魔法で移動できる魔道具のベルを作って、自分の配下の魔法師に渡し、自分の代わりに色々とやらせていたのでしょうね」
「お前の言う通りだ。魔法師の素質や能力が高いほど、都市機能の維持など難しい仕事を任せ、魔法師としては力が弱い俺みたいなやつでも、里では農作業をしたりと、役割を与えられるんだ」
「能力で区別をしても、差別はしないか……シアク様らしい優しい考え方だわ。それでストベリク市にもその空間魔法の出口はあるのかしら?」
「あったと聞いている。だけど、機能はしてないみたいだけどな。大師匠様は噂に聞く限りは、ストベリク市とそれを守護している魔女をずっと注視して、追っていたそうだ」
私は少しだけ驚いてしまう。もし空間魔法の出口になる場所があり、私がストベリク市の管理を始めて以降、一度でもそこに誰かが魔法でやってきたら察知できたはずだ。そして、ストベリク市は何度か隅々まで見て回っているので、そういう場所があれば気付けたはずだけど、私には心当たりがなかった。
また、私を調べるために諸外国からストベリク市に人が入ってきていることは、かつて私的な協力者だった図書館の館長をしていたエーレンツの調査で知ってはいた。その中にシアク様に関わる人が混じっていたとなると、ずっと私はシアク様に見守られていたということになる。
もしそうなら、私にとっては嬉しいことでしかない。
「そうなのね。シアク様は私のことを覚えていて、気にかけていたのかしらね」
「今ではそうなのだろうと思うよ。ただクワイアの魔法師たちはお前のことをよく思っていないけどな」
「どうしてかしら?」
「身近にいる自分たちよりも気にかけられているという事実が面白くないからだ。それにシアク様に協力する素振りもないから不敬に感じるし、何百年かけて調べても正体が分からないのだから、気味が悪いと思うのは当然のことだろ?」
エリクは苦々しい表情で口にする。それは本心からの言葉なのだろう。
「だから、俺たちはお前の正体を暴くついでに、大師匠様から寵愛を受けるお前から全てを奪ってやろうと思ったんだ……」
「醜い嫉妬心だこと」
「……そうかもな。今となっては正面からお前に会いに行き、大師匠様にお前の情報を持ち帰ればよかったと思うよ。そうするだけで、俺は褒めてもらえただろうし、後悔することもなかった」
「後悔は先に立たない――いい勉強になったじゃない」
「本当にそう思うよ」
それから口数少なくストベリク市に向かって急いだ。ストベリク市に到着したのは日が暮れかけたころだった。
外郭の衛兵に宰相のティアヒムを呼んでくるように伝え、しばらくすると、ティアヒムが衛兵隊を引き連れてやってきた。
エリクは衛兵隊に拘束されて、連れていかれることになった。
「シェリア様、この度はご迷惑をお掛けしました。魔法師クーセラは二人組だったはずですが、もう一人はどうしましたか?」
「もう一人は私の監視下に置いているわ。ワケあって、動ける状態ではないのよ。それで今回の件の罰はもう受けているわ。だから、ティアヒムはあの子の処遇だけを考えることね」
「そういうことでしたら……分かりました。それともう一つ……私たちは魔法師と対峙した経験が薄いので、魔法師クーセラが逃げ出すことを懸念しているのですが、どうしたらよろしいでしょうか?」
「それはきっと大丈夫よ。あの子はもう一人を置いて逃げ出すことはできないわ。もし逃げても私から逃げ切ることはできないことは理解しているはずよ」
「そうですか。では、シェリア様のその言葉を信じることにしましょう。では、私どもはこれで失礼します」
ティアヒムは深々と頭を下げる。それに合わせて衛兵隊も私に向かって敬礼をした。
「じゃあ、クライブ。帰りましょうか」
『分かった。ミアトー村でいいんだよね?』
「ええ、そうよ。お願いするわ」
クライブは力強く羽ばたき、空高く昇っていき、ミアトー村へと進路を取った。私はクライブの背中で風を感じながら、遠くの地平線に沈みゆく太陽を眺め、シアク様のことに思いを馳せる。
今回のことでエリクたちの所属しているクワイアは私と直接的な接点ができ、さらには借りを作ることになった。シアク様の意思を尊重する組織と言うのならば、近い将来に私との交流を望むかもしれない。
シアク様と話をしたいという欲求が高まるが、私からはどうすることもできない。しかし、私には無限の時間があり、シアク様も私と似た存在なのだろうから、お互いに急ぐ必要はない。
だから、いずれやってくるであろうその日をのんびりと待つことにしようと今は思うことにした。




