後悔と嫉妬のベルクワイア ⑩
「エレナを……妹をどうかお助けください。お願いします」
魔法師は地面に頭をつけながら、私に助けを求めてきた。その姿を見ただけでも助けたいという気持ちが伝わってくるので、このまま手を差し伸べてもいい気がしてしまう。
しかし、残念ながら世界はそこまで甘くない。何かを得るためには対価が必要で、それが釣り合わなければならない。
「いいわ、助けてあげましょう。しかし、助けるには条件があるわ」
私から出した条件は二つ。目の前の魔法師が大師匠と呼ぶシアク様についてと、魔法師に関して知っている全てのことを話すこと。そして、ストベリク市で与えた誤解を解き、相応の罰を受けること。
「分かった……しかし、妹を助けるのが先だ。そうでないと俺は何も話さない」
「それでかまわないわ。ところで、あなたたちの名前は?」
「エリク・クーセラだ。こっちは双子の妹のエレナ」
「そう。じゃあ、エリク。約束は守りなさいよ? そして、先に確認するわ。エレナを助けるためにはどんなことをしてもいいのかしら?」
「ああ……何をするのか分からないが、それでエレナが助かるなら……」
「死なせないために手っ取り早く、私の影響下に入れたいのよ。その代わり死ねなくなるけどいいわよね?」
私のその問いにエリクは言葉が出てこない。それもそうだろう。死なせなたくないという気持ちと死ねない運命に追いやるは違う感情だ。
そして、私が今回この提案をしたのは私からの二人への罰だった。妹のエレナからすれば、エリクと同じ時間を過ごせなくなり、先立たれることが確定しているというのは辛いものだ。エリクからすれば、エレナを助けるにはそれしかないとはいえ、そういう運命に妹のエレナを囚われていいのだろうかという葛藤もあるだろう。
「……わかった。エレナをお願いします」
エリクに頷いて見せると、地面に倒れているエレナに近寄り、すぐそばから見下ろすように眺める。私の魔力がエレナに流れ込んでいるのが見て取れた。きっとストベリク市の魔法陣に付け加えられた魔法因子はエレナに私の魔力を供給する仕組みなのだろう。これを利用した何かがエレナの準備していた私への対抗策だったのかもしれない。
エレナの下の地面に使い魔の契約の魔法陣を設置し、魔法で自分の手の平を軽く切り裂き、流れる血をエレナの口元に垂らした。エレナは口の中に入った血液を無意識に飲み込んだ。
その瞬間、魔法陣から強い光が放たれる。正式な契約ではないとはいえ、これでエレナは私の影響下に入り、不死に近い力を得たはずだ。もちろんいつでも私から解除することができ、寿命を全うする人生に戻ることも可能だけれど、少なくともエリクが死ぬまではそうするつもりはない。時が来れば、エレナの選択次第ということになる。
「これで死ぬことはなくなったはずよ。あとは時間をかけて、毒を浄化すればいい」
「ありがとうございます……それで解毒剤はどうするのですか?」
倉庫代わりに使っている空間から昔作った解毒薬を取りだした。
「昔作ったものだけど、空間魔法の中で保管していたものだから大丈夫でしょう」
エリクはホッとしたような表情に変わった。離れていたところにいた村人を呼び寄せ、エレナを村長のジェレオンの家へと運ばせる。そこでベッドを借り、エレナを寝かせた。
相手が普通の人間だったりすると、治療の方法を選ばなければならないが、不死の魔法師が相手となれば、私と同じやり方ができるので気を遣うこともしなくてよく、ある程度の無茶ができるので気持ちは楽だった。
背中の刺し傷にそっと手を触れ、自分の傷を治す要領で魔力を流し込み、傷ができる前の状態にまで戻していく。それから解毒薬を飲ませ、痛みを和らげる魔法としばらく起きることのない眠りにつく魔法をエレナにかけた。エレナの呼吸は分かりやすく落ち着いていき、静かな寝息を立て始める。
そして、次にエレナと私の間に特殊な魔力的なパスを繋ぎ、少しずつ毒を私の方に流し、浄化した魔力を戻す仕組みを作り上げる。そうやって、安全性を高めつつ、毒を浄化する速度を上げようと考えたのだが、自分の側に毒が周って来た瞬間に強い倦怠感を感じてしまった。
そして、その毒という不純物がストベリク市やミアトー村に供給している魔力に混じらないように毒が循環する部位を意識的に隔離させる。おかげで隔離させるイメージに使った足が重くなった。おそらく私が魔法をいつものように使ったりすれば、魔力の流れに乗って毒が回ってしまうリスクが高く、そうなると他のところにまで影響が出かねないと思った。
しかし、この弱みは絶対に誰にも気づかれてはならないものなので、私は表向きはいつも通りに振る舞わなければならなかった。
そういう事情を悟られないように澄ました表情のまま、治療している様子を見守っていたエリクにゆっくりと向き直る。
「さて、エリク。私は責務を果たしたわ。次はあなたの番よ」
「分かっている。妹を助けてくれたことには感謝する」
エリクは私に向けて頭を下げた。今日はもう夜も遅いので、明日ストベリク市に戻る道すがら話をすると約束をしてくれた。窓の外を見れば、深い夜の闇に包まれていた。出発は翌朝にということになった。
私は身の周りの世話をしてもらうことを含め、ミレラアとクライブをミアトー村に呼びだした。
クライブをいつものようにソファー代わりにしつつ、毒のせいで歩くのがしんどいので、ちょっとした移動の際も今日は疲れたからと言い訳をして、乗り物になってもらった。クライブは私の役に立つのが嬉しいのか、嫌な顔をすることなく私を運んでくれた。
ミレラアにはエレナの世話と監視をするように言い含めた。毒の浄化が終わるまでは苦しんだり、断続的な体調不良のような症状が続くだろう。だけど、浄化が始まっているのでこれ以上悪化することはなく、快方に向かうばかりなので辛さが続くわけではない。しかし、エレナが魔法を使い、毒を体に循環させるという事態は避けたいのでミレラアにはお目付け役をしてもらうことにしたのだ。
そうして、色々とあった長い一日は終わりを迎え、疲れきった身体をクライブに預けながら私は深い眠りに落ちていった。




