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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第八章 後悔と嫉妬のベルクワイア
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後悔と嫉妬のベルクワイア ③

 エリクとエレナはストベリク市を最初からだますつもりだった。だからこそ、自分たちの所属する組織の名前を出さなかったし、それをまとめる大魔法師の名前も口にすることはなかった。

 しかし、そうやって隠し事ばかりでは信頼を得ることはできない。

 だから、手っ取り早く、分かりやすく自分たちを売り込む方法を考え、計画を立てた。


 計画を立てる段階で色々と調べ、ストベリク市の唯一の弱点と潜在的に感じているであろう不満点を突くことにした。それはシェリアという魔女以外の魔法師を知らないということと、魔女シェリアが怠惰だということだった。

 もし目の前に自分たちの知る魔女と同等かそれ以上の能力を持っているかもしれない魔法師が現れた場合、ストベリク市にその真贋しんがんを確かめるすべはおそらくないだろう。それは魔法師の情報は各国が隠したがる情報で、魔法師自身も公にすることを望まないことだからだ。

 だからこそ、最初に魔女シェリアよりも優秀かもしれないと見せつける必要があった。

 そして、次に魔女シェリアがストベリク市に訪れるのが不定期で、十年以上も都市に訪れないことがあることを利用しようと思った。最低でも一年ごとに都市機能の魔法陣を確認するのが自分の所属する魔法師の組織やそれに関わる都市の中での常識だった。それほどまでに重要な魔法で、わずかでもほころびが生じると困るからだ。

 エリクたちはそんな常識をストベリク市の人間は知らず、また魔女シェリアのことも『魔女シェリアを追って』という百年ほど前に書かれた本を読んで知っていた。本当に長い時を生きる魔女ならば、生活リズムや価値観がなかなか変わらないということは自分たちの組織をまとめる大魔法師のこともあるので知っていた。

 もし仮に魔女シェリアを名乗る魔法師がひそかに代替わりを重ねていたとしたら、そういうのは演じるうえで都合のいい特徴となりえるので直すこともない。

 ストベリク市に暮らす人々が、自分が生きている中で数える程度しかやってこない魔女を手放しに信用するということは難しいのではとエリクは疑念を抱いた。それが普段、都市機能が維持され何不自由なく生活していてもだ。その不自由のない生活が当たり前になっているからこそ、どれだけ特別なことなのかきっとストベリク市の人たちは理解できていない。だから、たまに来た魔女のような存在を歓迎はするが、エリクたちも歓迎したところを見れば一般市民はその見分けもつかないようだった。


 恵まれ過ぎたストベリク市の心理的な隙と、長き時を本当に生きる魔女ならば普通の人間との間に生じる感覚のズレに上手く付け込めれば、妥協案を引き出せるほどには崩せる部分があるのではないかと感じていた。


 しばらくして、別室に行っていたティアヒムたちが部屋に戻ってきて着席しなおした。エリクとエレナはどんな決定が下されたのかと不安になってくる。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません。本来ならば、時間をかけて決定すべき案件なのですが、今回は特別な措置をくだすことにしました」


 エリクはティアヒムの言葉に生唾を飲み込む。緊張から喉が渇き、水を飲みたい気分だが、それをやってしまうと余裕がないと認めてしまうことに繋がるのでぐっと我慢した。


「それで特別な措置とはどういうことでしょうか?」

「私たちはあなたたちの都市機能の魔法を強化し、それにより被害を少なくしたということを高く評価しました。なので、まずは都市機能の強化をしていただきたい。もちろんそれに対する対価は払わせていただきます」

「そうですか。都市機能の維持は任せてはいただけないのですね」

「申し訳ありませんが。この後、ストベリク市は魔女シェリア様と今回のことで会談を開くつもりです。そこで話をし、その後のストベリク市の都市機能の状況を見て、クーセラ様たちの方が優秀であると判断した場合は、次回あなた方が訪れる予定の二年後からはお任せするつもりです」

「もし魔女シェリアが怒って、ストベリク市を見捨てた場合はどうするのでしょうか?」


 ティアヒムはすぐには答えず、同席している議員の顔を見渡し、一息ついてからエリクに視線を真っ直ぐに向ける。


「見捨てられれば、ストベリク市は崩壊するかもしれませんね。しかし、魔女シェリア様は狭量なお方でも、聞く耳を持たぬ方ではありません。そして、お優しい方でもありますので即座に見捨てるということはしないでしょう。またあの方が固執していることを私たちは理解をしています。だからこそ、クーセラ様たちにお任せすると決めたとしても、二年間という魔女シェリア様からすれば短い時間の猶予ゆうよくらいは稼げると思っています」


 ティアヒムの言葉に部屋の中は静まり返った。それほどまでに今回の決定は重大なことで、ストベリク市の覚悟の表れでもあり、魔女シェリアとエリクたちの両方を立てるギリギリの案だった。

 そして、エリクたちにはストベリク市に暮らす人々の命がその身に背負わされるということを今さらながらに実感することになった。元々エリクたちには、魔女シェリアに対する嫉妬と対抗心しかなく、責任感や上位者として持つべき矜持というものは持ち合わせていなかった。

 そこからはストベリク市の主導で、合意書を作成し、お互いに署名を交わした。



「大変なことになったね、兄さん。これからどうするの?」


 会談を終えた夜、ストベリク市に用意された高級ホテルの一室でエレナが不安そうにエリクに尋ねた。


「計画は変わらない。ただストベリク市のことは、ちゃんと“クワイア”に報告して、判断を仰ぐことにしよう」

「怒られないかな?」

「怒られるだろうね。でも、大師匠様は寛大で慈悲深いお方だから、許してくださると思うんだ」


 二人は壁に立てかけた杖の先のベルに目をやる。そのベルは魔道具であると同時に大師匠様の慈悲の証だ。大師匠様の元につどっている魔法師は自分たちを“ベル奏者”と自称している。そして、ベル奏者が集まる組織だから“クワイア”と名づけられた。

 ベル奏者であることは誇りで、大師匠様へ命をかけて恩を返していくのがクワイアの使命でもある。


「計画は変えない。大師匠様のこだわる魔女シェリアがどんな魔女なのか暴いて、白日の下に晒すことができれば、大師匠様にお目通りできるかもしれないし、交渉のカードにもできると思うんだ」


 エリクは拳を握りしめ、自分の判断が間違っていないと自分に言い聞かせるように呟いた。


「エレナ。明日は魔法陣に手を加えて、街を出なければならない。忙しくなるから早く休もう」


 エリクはエレナを安心させるために笑みを浮かべて見せる。


「うん、そうだね。兄さん」


 エレナも笑みを返すが、不安は消えることはない。嫌な予感がしてならないのだ。


「何があっても私は兄さんの味方で、兄さんを守れるのは私しかいないもの……」


 そんなエレナの決意の言葉は誰の耳にも届くことなく、夜の闇に溶けていった。

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