生きた証をその胸に抱いて ⑧
アルバロの結婚式に出席し、お祝いとして花嫁にブーケを渡し、さらに魔法で花火を打ち上げた。
アルバロは結婚して以降は私の家に来ることはほとんどなくなった。今まで以上に真面目に働き、それ以外の時間は家族のために使い始めたからだった。
それでも、私が村を訪れると必ず会いに来て、近況を教えてくれた。
久しぶりにアルバロの方から私の家に来ても、
「シェリア様。今度産まれてくる私たちの子供の名付け親になってくれませんか?」
そんな幸せの報告と共にささやかなお願いをしにやってくる程度で、次に来る時はどんな幸せな話を聞かせてくれるのだろうと楽しみになった。
歳を重ねていけば、アルバロが森を踏破するのも難しくなり、最後に私の家に来たときはもう老齢に差し掛かり、「孫が無事に産まれました」と皺の深くなった笑顔で教えてくれた。そのときは帰り道はクライブに村まで送らせた。
アルバロの人生の終点は近いのだろうと姿や振る舞いから察してしまう。
ある日、森に人が入ってくる気配を感じた。道に迷わされ何度も村に戻らされても、それでも諦めずに森の奥へと進もうとするそんな気配。
「クライブ。ミレラアとちょっと森を見てきてもらっていいかしら?」
『どうしたの、シェリー? 何か気になることでもあるの?』
「ええ、村の方から誰かが森の奥に来ようとしている気配をね」
『分かったよ』
クライブはミレラアの頭部を後ろから不意打ちのように突いて、事情を説明し、連れ立って外に出ていった。それからしばらくして、二人は暗い顔をして帰ってきた。
『おい、お前からシェリーに話せよ。話を聞いたのはお前だろ?』
「こういうときだけ私に押し付けやがって……この鳥が」
二人は何やら押し付け合っていて、ミレラアが観念したのか大きく息を吐きだして私の前までやってくる。
「あの、シェリー様。大事なお話があります」
「何かしら?」
「アルバロがもういつ死んでもおかしくないそうです。それで最期にシェリー様に会いたがっていると……」
「そう。それを誰から聞いたの?」
「森の入り口辺りで涙目でいた人間の子供からです。アルバロの孫だと言っていました」
「分かったわ。アルバロの最期の願いを叶えに行きましょうか」
読みかけの本をテーブルの上に置く。私はミレラアとクライブに留守番を頼み、ミアトー村へと一人飛んだ。
夜の帳が下りた空を月明かりを頼りに飛び、何度も訪れたアルバロの家へと降り立った。玄関の前には涙をいっぱいに浮かべた女の子が待っていて、私の姿を見つけて「魔女様!」と寂しさと嬉しさの同居したような表情で声をあげた。
「あなたがアルバロの孫ね。話は聞いてるわ。こんなかわいい孫に恵まれるなんて本当にアルバロは幸せ者ね」
女の子の頭を優しく撫でると、女の子は私の手を引いて家の中へと連れて行ってくれる。その光景を見た女の子の両親は申し訳なさそうな表情を浮かべるが、私が空いた手の人差し指を口元に立てて見せる。それだけでちゃんと伝わっているようで女の子の両親は深々と頭を下げた。
女の子はとある部屋の前で足を止めた。
「ここにおじいちゃんがいるの。それでね、魔女様……」
「分かっているわ。あなたのおじいさんと少しだけお話してくるけど、その間は誰も入らないように言っておいてくれるかしら?」
「うん。でも、どうして?」
「おじいさんも聞かれたくない話もあると思うの。それに私にしか話せないようなこともね」
できるだけ優しい声音で口にすると、女の子は小さく頷いて、離れていった。それを見送ってから、ノックもせずに扉を開ける。それはアルバロが子供のころにクリスランの家に居候していたときから変わらない入り方で。
部屋の中はランプも付いておらず真っ暗だった。その中を真っ直ぐに窓のそばのベッドまで歩いて行き、すぐ脇からそこに横たわるアルバロを見下ろした。髪の毛は真っ白で窓から入る月明かりを受けて銀色に輝いているようだった。
魔法を使い部屋のランプに明かりを灯した。ランプの橙色に染められた顔は深い皺が刻まれていて、私とは違い歳月と共にゆっくりと老いていった果ての姿に羨ましさを感じる。
アルバロの目がゆっくりと開き、
「シェリア様でございますか?」
と、細くかすれた声が聞こえてきた。そこにはもうかつての快活だったころの面影はなかった。
「そうよ。よくわかったわね」
「もちろんですよ。子供のころから、シェリア様にはお世話になりましたから……部屋に入ってきたときから気配でなんとなく気付いておりました」
「あなたとは長い付き合いだものね。それでアルバロ。もうすぐ死ぬらしいわね。かわいい孫が教えてくれたわ」
「ええ。申し訳ありません、シェリア様。孫が迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「いいえ。こうやって、あなたが死んでしまう前に言葉を交わす機会をくれたのだから、感謝をするべきかもね」
「シェリア様の優しさは変わりませんね……」
アルバロは口元が笑みを浮かべるようにわずかに緩んだ。もう分かりやすく表情を変えることすら難しいのだろう。
「それでアルバロ。あなたの最期のお願いを聞きに来てあげたわ。私に何かしてほしいことはあるかしら?」
私の言葉にアルバロはゆっくりと一度深呼吸をする。私はアルバロの言葉を静かに待った。
「そうですね……では、話相手になっていただけませんか?」
「それくらいならいくらでも」
そう答えながらベッド脇の椅子に腰かけた。
こうやって話すのはいつぶりだろうか。アルバロが横になったベッド脇でというシチュエーションならまだ怪我が治りきっていない子供のころまで遡る。ゆっくり話すということなら、もうしばらくしていない気がする。アルバロが年老いてからは顔を見る程度で腰を落ち着かせて話すこともなくなっていた。
これが最期かもしれないと思えば、惜しい気もする。しかし、アルバロの人生という幸福の多かった物語の最後の一ページまで見届けるという約束が私にはあった。
そして、私に何を語り、遺してくれるのか――それを余すことなく受け止めなければならず、私は覚悟を決め、アルバロへと向き直った。




