遺産は時を超えて ⑥
ストベリク市の議事堂内にある宰相執務室で私はヘルマールとヴェルナーに、魔導プラント跡でのあらましと魔導アーマーの件を伝え、その後に思いついていたことを提案した。
私が思いついたこととは、魔導アーマーの部品を使い魔導プラントを再生させるということだった。魔導プラントを再生させることができれば、少ない材料で多くの食料品が生産できるはずだ。その魔導プラントの稼働に必要な魔力はストベリク市の都市機能を維持する魔法陣から枝葉を伸ばす要領でなんとかなる。またプラントで働く人材はプラント周辺に居ついている賊や浮浪者を使えばいいというものだった。
そうすれば、ストベリク市の抱えている魔導プラント跡の維持や警備にかけていた負担は減ることになり、メリットの大きいものだと私は確信していた。
そんな私の提案にヘルマールとヴェルナーは一様に難しい表情を浮かべる。
「そんなことが本当に可能なのですか?」
ヴェルナーが半信半疑といった感じで尋ね返してくる。
「さすがに絶対とは言い切れる自信はないわ。だけど、やってみる価値と勝算はそれなり高いと思っているわ」
「シェリア様がそう言うのであれば、私はいいと思います」
ヴェルナーは頷き、執務机に座り難しい表情を浮かべたままのヘルマールに判断を仰ぐように顔を向けた。
「ヘルマール。あなたが首を縦に振れば、私の権限と相まってすぐにでもできるはずよね?」
「そうですが……私はストベリク市の宰相としては賛同しかねる部分が多くあります」
「そう。ヘルマール、じゃあ、あなたの意見を聞かせてもらおうかしら?」
ヘルマールは一度目を閉じ、自分の考えをまとめているようだった。そして、目を開くとヘルマールは宰相としての意見を述べ始めた。
「シェリア様の提案された意見には個人的には同意したいところですが、宰相としては同意しかねる部分も多いのです。まず賊の罪をこれからの働き如何で許せというのはどうなのでしょう? まずはそれなりの罰を受けてもらわねば、遺恨を残しかねないと思うのです。そして、もう一つ。シェリア様の計画ではその魔導アーマーなる古代兵器を破壊するということですよね? シェリア様のお力を借りれば魔導アーマーを稼働させることもできるのでしょう? それを都市防衛へと回す方がいいと思うのです」
ヘルマールの意見はある意味ではもっともなことにも思えた。
「ヘルマール。本音を言いなさい。あなたは魔導アーマーを失うのが嫌なだけでしょう? せっかく手に入った今の時代には強大過ぎる兵器ですもの」
ヘルマールは頷くことも首を横に振ることもなく無言を貫くが、その沈黙が肯定を意味していた。
「それは上に立つものなら間違っていないかもしれない。しかし、今の時代に巨大すぎる兵器を持ってどうしたいのかしら? 都市防衛をするというのであれば、魔法を今の世界で無尽蔵に使え、死ぬこともなく悠久の時間を生きている私に守られている時点で不要よね? それとも国威発揚に利用したかったのかしら?」
「いえ、ただ何かあった時のために手段が多い方がいいと私は考えます」
「何かって、何かしら? 私が対処できないような事態が起こるとしたらそれは魔導アーマーがあったところで無意味よ。ただ滅びるしかないわ。私以外はね」
「ですが……」
「私の出した以上の案があると言うなら聞きましょう。もしないのであれば、強引にでも私は実行するわ。魔導アーマーをこの世に残しておくことこそがリスクになりかねないのよ。もし他の魔法師の手に渡り悪用されれば、それこそ世界の情勢が変わってしまう可能性もあるわ。それだけはあってはならないことよ。もしそうなった場合、あなたは責任を取れるのかしら?」
私の圧と言葉の前にヘルマールは言葉を失ってしまう。私はヘルマールの返答を待つことにした。しかし、結論がでるのに時間はかからなかった。それもそのはずで、たかが一都市の宰相の肩に世界の命運すらも背負う覚悟はあるわけがなかった。
「……分かりました。しかし、魔女シェリア様の責任でという条件付きでよろしいでしょうか?」
「かまわないわ。不測の事態が起きたときは私が責任を取りましょう。たとえば、プラントの稼働が失敗した場合は私の責任でプラントごと全てを破棄します。魔導アーマーだけでなく浮浪者と賊を含めて全てをです。また魔導プラントがうまく稼働したとしても、そこで働くことになる浮浪者や賊が問題を起こした場合はこちらで対処しましょう。それでどうかしら?」
「それならかまいません。もう一つ、プラントで生産した食料や生み出した利益はどうなさるつもりですか?」
「食料はそうね……そこで働く人へ現物支給として余ったらストベリク市でも配給として使えばいい。ストベリク市に今ある食料品店と客層は被らないはずよ。利益は掛かった予算などとの差額で給与や設備投資に回せばいいでしょう。軌道に乗れば、ストベリク市の財源にもなるんじゃないかしら? それなら表向きにも説得も共感も得られるでしょう?」
ヘルマールは再度黙り込み、しばらくしてゆっくりと大きく頷いた。
「それでは魔女シェリア様の権限でということで、議会には事後承諾になりますがなんとか説得できるかもしれません。その根回しと下準備はヴェルナー君、大丈夫だと思うか?」
「はい。シェリア様が魔導プラントを再興させることができれば、可能でしょう」
「では、シェリア様。あなたの力を信じましょう。それではそのための話をしましょう」
「ええ。まずはストベリク市の機械や工学に強い技術者や研究者のなかでも優秀な人材を集めてもらえるかしら?」
「わかりました。ヴェルナー君、今すぐにリストアップして連れてこれるか?」
「無理でもやってみせますよ」
ヴェルナーは力強く頷いて見せ、「失礼します」と私に頭を下げ、執務室から飛び出していった。ヘルマールはほっと一安心したような表情に変わり、大きく息を吐きだした。
「それじゃあ、私はしばらくプラント跡の面倒を見るために滞在することにするわ」
「わかりました。それではシェリア様が過ごされるということでどこか高級ホテルを貸し切りにしましょうか?」
「それは不要よ。その代わりとは言ってはなんだけど、賊や浮浪者を大人しくさせるための食料をもらえるかしら? 私に差し出すものとして集めれば簡単でしょう?」
「……分かりました。手配して後ほどプラントまで届けましょう」
「ありがとう。助かるわ」
ヘルマールはどこかまだ納得しきれないという感情が表情や態度に見え隠れしているが、私に対しての口約束であってもその不履行はストベリク市の滅亡を意味していることを分かっているので、自分の感情をかみ殺しているのだろう。そうやって我慢できるだけ、為政者としては優れていると言えるのかもしれない。
話がついたことで長居をする理由もないので、プラント跡に戻ることにした。
人と関わったり、真面目な話をしたりするのは本当に疲れる。引きこもりの魔女を長時間、外に引っ張り出すというのはある種の拷問だろうと思ってしまう。
だからこそ、早くクライブの毛並みに癒されながら、ミレラアに淹れてもらった紅茶を飲んでダラダラしたいと心の底から望んでいた。




