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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第六章 遺産は時を超えて
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遺産は時を超えて ④

 私の優しい降伏勧告に対して、あろうことか建物の中にいた人間たちは武器を捨てるどころか、激昂して襲い掛かってきた。


「もう面倒くさい……私が殺さないって言ったから、調子に乗りすぎよ」


 ため息交じりに振り下ろされる剣をよけて、軽く蹴り飛ばす。そこへ死角に近い角度から木の棒の先にナイフを装着しただけの槍を構え突撃してくる影がちらりと見えた。勢いよく突かれたそれをよけるのは簡単だが、よければ対角にいる武器を構えて隙を見て斬りかかろうとしている人間を巻き込む可能性があった。


「なんで襲われてる側がここまで配慮しないといけないのよ」


 移動を重視するあまり、日傘を持ってこなかったことを今さらながらに後悔しながら、両の手の爪を伸ばし硬化させる。爪で槍の先のナイフを弾き飛ばし、そのまま爪を振り下ろしかけて、人間はヴァンパイアとは違い斬撃で簡単に死ぬことを思い出し、もう一歩踏み込んで手首あたりで殴り飛ばす。


「ヴァンパイアか……」

「だったら、何よ?」


 人間のリーダー格らしき男が私の正体に気付き、全員にいったん退いて陣形を整え直すように命令した。


「力の差は分かったでしょう?」

「そうだな。普通に戦っても勝ち目はないな」

「じゃあ、さっさと降伏しなさいな」

「断る!」


 リーダー格の男が拒否の言葉を発すると同時に剣を持った手を上に挙げた。それがなんの合図かは分からないが仲間を何人呼ばれたところで私からすれば手間が増えるだけでやることは変わらない。

 しかし、予想外のことが起こった。建物の中に深い霧が立ち込め始めたのだ。明らかに自然の霧ではないことに動揺するが、視界が全くなくなったわけでもない。霧に乗じて攻撃しようとするところをわずかな視界と近づく音から冷静に反応すれば大丈夫だと、自分の中で対処法を決め、動揺した気持ちを落ち着かせる。

 だけれど、攻撃を待っているのに近づいてくる気配すらしない。逃げたのかと疑うもそれならそれでいいと思った。目的は戦うことではないのだから。


『ミレラア! 後ろに飛べ!』


 上からクライブの声が聞こえ、私の名前を呼んでしまうくらいには緊急事態なのだろうととっさに判断して、言われた通りに後ろに跳躍ちょうやくする。それと同時に風圧を感じ、気付けない攻撃をされたことに気付いた。私が接近に全く気付けず足音もなく迫り、さらには今までにない強力な攻撃を仕掛けてきた。クライブの場所からは見えていたのか、その発達した嗅覚で気付けたのかは分からないが、今はどちらでもいい。


「助かった。次の攻撃のタイミングだけ教えてくれる?」

『わかった。――――来た!』


 その合図に合わせて、霧ごとなぎ払われるように繰り出された攻撃を両の爪で受け止める。爪が折れるかもしれない思うほどの衝撃に耐え、どんな攻撃をされたのか確認する。それは数本の剣を等間隔に並べただけの爪を装着した巨大なこぶしだった。拳とはいえ人間のそれではない。受け止めた衝撃で周囲の霧がわずかに晴れ、目の前に現れたのは見上げるほどに巨大な首がない人型の機械だった。


「なによ、これ?」


 私の動揺などよそに機械はすっと音もなく距離を取り、霧の中に消えていった。どうやってこちらの位置を把握しているのか、そもそもどうやって動いているのか、全てが謎だらけだ。


『また来た。今度は横から!』


 クライブの声を頼りに後ろに飛んで攻撃をかわし、できた距離を最大限に利用して全体重と勢いを乗せた爪で一撃を加えるが弾かれてしまった。この攻撃が効かないのであればどうしようもできない。

 それからはクライブの声を頼りに防戦を強いられてしまう。死ぬことがないと分かっているので攻撃を受けつつ反撃してもよかったがシェリー様からいただいたメイド服に傷をつけるという覚悟ができなかった。

 集中力を切らすことのできない極限の状態と打開策が見えない状況にいつからか肩で息をするようになっていた。ストベリク市に来るために無理をしたのが響いているのか、霧化をする体力も魔力も残っていない。シェリー様と魔力的な繋がりを利用して無制限に引き出すこともできるだろうが、そうやってシェリー様に負担をかけるのは使い魔として――メイドとしての矜持きょうじが許さない。

 この状況を切り抜ける選択肢として、逃げるという選択が脳裏にちらつき始める。


「すいません。シェリー様……」


 シェリー様の使い魔でありながら、未知の機械が出てきたとはいえ、ただの人間の前に敗北をしてしまうということに悔しさと惨めさを感じてしまう。


「謝るのも諦めるのも、まだ早いわ」


 そこに幻聴かシェリー様の声が聞こえた。しかし、それが幻聴でないことにすぐ気付いた。大きな魔力が突然現れたというだけでなく、使い魔だからこそ感覚でシェリー様の存在を感じることができたからだ。

 シェリー様は魔法で風を起こし霧を吹き飛ばすと、巨大な機械の全容があらわになった。それは人が搭乗とうじょうして動かすタイプの機械だったようで、操縦者の姿が最上部にたしかに見えた。


「まさかこんなものが今の時代に動いているなんてね」


 シェリー様は舌打ちをしつつ、機械が再展開しようとしていた霧を即座に吹き飛ばす。それと同時に移動し、操縦者がむき出しになっている後方から手加減をした雷の魔法で操縦者にショックを与える。


「ミレラア! そいつを支配しなさい!」

「はい。かしこまりました」


 返事をすると同時に飛び上がり、搭乗部の正面装甲の上に着地した。私の存在が嫌でも目に入った操縦者は反射的に私の顔を見つめてくる。その目を見つめ返し、魔眼により一時的とはいえ支配下に置いた。


「とりあえず、これを止めてあなたは降りてくれる?」

「……分かりました」


 操縦者は握っていた操縦桿そうじゅうかんから手を離し、搭乗部から背部を伝って地面へと降りた。

 シェリー様はそれを確認しつつ、残りの人間全員に対して魔法でどこからか現れた縄で一瞬にして全員を縛り上げ、その場を制圧する。


「じゃあ、話を聞かせてもらいましょうか。どうして魔導文明時代の兵器“魔導アーマー”をあなたたちが持っていて動かせたのか――」


 シェリー様は大きく息を吐いた。そして、ふいに上を見上げクライブを呼び、元の大きさに戻ったクライブの背中に腰かける。それからシェリー様が手招きすると、縛られた人間たちが見えない何かに引きずられるようにシェリー様の前に集められる。


「正直に答えるなら、お前らの処遇は悪くしないように掛け合うことを約束しよう。抵抗しても、このヴァンパイアの力を使うので無駄だと思いなさい」


 シェリー様の言葉に人間たちは観念したのかうつむいている。シェリー様に「それであなたたちはどうする?」と選択を迫られ、リーダー格の男が「本当に素直に話せば、俺らは助かるのか?」と尋ねてきた。


「ええ。私はストベリク市を統べ、守護する魔女よ。その私が命の保障は約束しよう」


 リーダー格の男は少しの間考え込み、「分かった。全てを話そう。しかし、約束は守ってくれ」と口にしながらシェリー様に向かい合うように座り直し、これまでのことを話し始めた。

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