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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第五章 偏愛のヴァンパイア
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偏愛のヴァンパイア ⑧

 服についたほこりを払い、上位始祖たちに向き直る。


「ローシュの娘よ。お前はその力を我らに示した。そのことで一つ問題が生じてしまった」


 上位始祖の一人が硬い表情で口にする。


「どんな問題でしょうか?」

「お前の力は強すぎる。我ら上位始祖がたばになっても……いや、国を挙げて戦いを挑んでも負けてしまうだろう。それで私はそれを解消する案を提示したい。お前が倒したミハイラ・フロウスの代わりに上位始祖院に入らないか?」


 それが苦肉の策なのだろうことは分かる。この場にいる上位始祖を皆殺しにすることも、国をほろぼすことも能力的には可能なのだろう。しかし、それが私本来の力でないことは分かっているし、ここにやって来た目的とは異なっている。


「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

「どうしてだ? 力に見合った権力と栄誉が保障されるのだぞ?」

「私の力は魔女シェリア様の影響を受けております。それに今はシェリア様の忠実なメイドとしてあるほうが私にとっては誇りあることです。だから、シェリア様の使者としての仕事をまっとうしたく思います」


 私が一礼して見せると、ローシュが「そうか。自分がいたい場所を見つけたのだな。魔女シェリア……一度会ってみたいものだな」と寂しそうにつぶやいた。しかし、次の瞬間には上位始祖たらん覇気はきまとい直し、


「魔女シェリアの使者の言葉を聞こう。読み上げてくれるな、ミレラア?」


 真っ直ぐに言葉を言い放つ。初めて父親という存在と向き合えたと思うと胸にこみ上げるものがあったが、今は感傷に浸っているときではない。私も表情を引き締め直し、


「ええ。それではあらためて、魔女シェリア様からの書状を読み上げさせていただきます」


 と、前を向き直った。書状を再度広げ、そこに書かれた文章を読み上げる。


「ノーアニブルのヴァンパイアにぐ。我は悠久のときを生きる魔女にして、ストベリク市を中心とした一帯の管理者をつとめるものである。

 誠に遺憾なことだが、ヴァンパイアの中に天秤てんびんを動かそうとする者がいる。我の管理する都市に対しても攻勢の前段階の行為が確認された。

 まず最初に我の管理下にある都市に対して攻撃が確認された場合、ノーアニブルを滅ぼすことを念頭に抗戦することを宣言する。

 しかし、我は闘争とうそうの時代に針を戻すことを望まない。

 かつて人類との間に交わされた条約を遵守じゅんしゅし、高きと自称し実際にそうである知性のもとに賢明な判断を下すことを期待する。

 人類との間にさらなる友好的な関係を築こうと思うなら、協力は惜しまない。そのときは会談、もしくは会食で時と場所を共にすることを約束しよう。

 それでは、ノーアニブルをべるヴァンパイアの指導者らが、正しき選択をすることを期待し、待つことにする。 シェリア・ラグレート」


 読み終えると書状を畳み、上位始祖の一人へと手渡す。上位始祖たちは順に書状を読み返し、自分の目で再度確認する。そして、険しい表情に変わり、私の顔と姿に目をやり、視線は後ろに転がるフロウスに向けられる。


「なるほどそういうことか。人類との間のみならず、ヴァンパイア社会の現状の変更をたくらむ者がいるとはな。しくも先のフロウスの指摘通りではないか。我らは同族を信用し過ぎるあまり気が緩んでいたのだな」


 そう語る上位始祖は隣に立つ二人へと視線を向ける。ここにいる三人はローシュが中立派だが残る二人は穏健派に位置する二人だ。


「それでローシュ。お前の娘はフロウスの差し金とはいえ大罪を犯したことになるな。フロウスの指揮下とはいえ先兵となりクーデターの企てに参加していたこと、他国の要人に情報を流し、さらには寝返り、我らの同胞に刃を向けたという事実は残っている」

「そうだな。しかし、その裏切りこそが多くのヴァンパイア、ひいてはノーアニブルに暮らす民の平和を守る結果となった。それに我が国には、ミレラア・ローシュという強大な存在に対し、適切な裁きを与えられる者が存在しない」

「ならばどうする?」


 ローシュは私に向き直り、今までに聞いたことのないほど柔らかな声音で、


「ミレラア・ローシュ――いや、我が娘よ。お前の希望を教えてくれないか? 今まで父として何もできなかったことへのびというわけではないが、お前の望むことをイヴァン・ローシュの名に掛けて叶えようと思う」


 そう問いかけてくる。ここで私が口にしたことはローシュはじめ上位始祖は本当に叶えてしまうだろう。例えば、ノーアニブルをシェリア様に差し出せと無茶を言ってもそのために全力を尽くすのだろう。

 しかし、シェリア様はそんなことを望みはしない。あの方が望むのはきっと永遠の平穏。

 では、私が真に望むことは何か。そんなこと考える間もなく分かっていることだった。

 私は口元に笑みが浮かぶのをこらえることできず、ローシュ――父と視線を合わせる。


「私は魔女シェリア様のおそばにいたいです。そして、人類とヴァンパイアが真の意味で手を取り合う素晴らしき未来が訪れることを望みます」

「そうか……では、ミレラア・ローシュ。お前の願いを叶えることを約束しよう。そして罰も与える。ノーアニブルの市民権を剥奪はくだつすることにしよう。これからは魔女シェリアのもとで生きることを命ずる。もちろん魔女シェリアが許可すればの話だが」


 ローシュの下した裁定に、私は深く頭を下げ受け入れる意思を示した。


「いいのか、ローシュ?」

「なんのことだ?」

「親としては寂しいのではないか?」

「子供の成長を喜ばぬ親はおらんよ。ただ何もしてやれなかったことは心残りだが」


 ローシュの歯切れの悪い言葉に他の上位始祖はつい笑い出した。


「ローシュの娘、いやミレラアよ。お前の父が寂しがっているようなので、時々は里帰りしてもらえぬか?」

「ええ、もちろんでございます」

「だそうだ。よかったな、ローシュ。優しい娘に恵まれて」


 ローシュは照れを誤魔化すように苦笑いを浮かべる。そこには上位始祖の威厳は全く感じられなかった。その柔らかな空気を纏うローシュは私に優しい声で語りかけてきた。


「そうだな、ミレラア。これから上位始祖院は忙しくなる。書状の返事の作成の前に上位始祖の中で今回のことを話さなければならない。それと並行して裏切り者のあぶり出しと処罰もせねばならない。だから、しばらくはノーアニブルの私の私邸していに娘として滞在してくれないか?」


 その言葉の意味を理解するには時間がかかった。

 私には家族との距離感や付き合い方というものが分からない。親の愛というものを実感したこともない。

 だけど、シェリア様は私を否定することなく受け入れてくれ、クライブとは喧嘩も多いが兄弟姉妹がいればこういう感じなのかもしれないと思うこともあった。私にとっての家族はあそこで初めてできたものだった。

 それを今度は本当の親が与えてくれようとしている。


「……分かりました、ローシュ様。いえ、お父様」


 その呼び方は恥ずかしさを感じてしまうが、温かい響きがした気がした。

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