偏愛のヴァンパイア ⑦
シェリア様からの書状を広げると、ローシュはじめ三人の上位始祖は警戒心を抱きつつ、真剣な表情で私に注意と視線を向ける。
明らかに空気感が変わった。緊張の糸が張りつめ、覚悟もなく言葉を発することも指先一つ動かすことも難しい重たい空気感。
「ノーアニブルのヴァンパイアに告ぐ。我は悠久のときを生きる魔女にして、ストベリク市を中心とした一帯の管理者を務めるものである――」
冒頭を読み終えたと同時に「やれっ!」という言葉が背後から聞こえた。それと同時に三本の銀製の刃が私の体を貫き、言葉の代わりに血が口から流れ出る。体に受けたダメージの大きさにその場に膝をつくと、追撃とばかりに放たれた一閃により、首と銀の髪が宙を舞った。
次の瞬間には床にごとりという音と共に頭部は体から少し離れたところに落下した。
「フロウス、どうして殺した? 我らは話を聞くと言ったはずであろう? それにローシュの娘は戦闘の意志はないと言葉と態度で示していたであろう」
上位始祖の一人が表情を一切変えず、しかし不快感の混じる声で尋ねた。フロウスは首をはねた際に剣についた返り血を払い納刀し、私兵たちに下がるように手で合図を出した。それと同時に剣を体に刺したまま、私兵たちは距離を取り、上位始祖たちに向けて膝をつき頭を下げた。
「これは身内の――いや、ヴァンパイア全体の問題と言ってもいい。私が斬ったのは敵の手の内に落ちるだけでは飽き足らず、情報を渡し、さらには敵の使者となり下げた裏切り者だ。ローシュの娘であると同時にあれは私の孫でもあるのだ。生き恥を晒されるくらいなら処断するのが愛というものだろう? そうは思わぬか、ローシュ」
「思わぬな。まずは話を聞いてからだと思っていた。その後で処罰しても変わらぬであろう?」
「甘いな。魔女からの書状だぞ? もしその読み上げた言葉の中に我らに攻撃をする魔法が仕込まれていたらどうする? 人間は呪いというおぞましい魔法も使う。古の大戦時に我らが魔法師に苦しめられた歴史を忘れたのか?」
「しかし、今は均衡が保たれている。わざわざ手を出してくるもの好きもおるまい」
「そういう気の緩みを相手は利用しようとするのではないか?」
フロウスとローシュの会話はどこまでも平行線をたどる。それもそのはずだ。フロウスは意見を交じらわせるつもりなど最初からなく、この場を上手く煙に巻けばいいと思っているだろうからだ。そんな魂胆を見抜き、そんなことをしようとする理由を詳細に知っているのはこの場には私しかいない。
だから、思わずため息が漏れてしまう。肺と繋がっていない頭部なのに息が漏れるということが不思議でなんだか面白かった。
「ちょっといいかしら? 勝手に話を進めないでもらえるかしら?」
体を動かし、体に刺さりっぱなしの剣を抜き、頭部を拾い上げると首を乗せる。最初こそ支えていたが、すぐに体と首は元通りに繋がっていく。
「なぜ……なぜ銀武器で体を貫かれ、首を斬り落とされても生きていられる? 始祖の血を引いているとはいえ、そんなことありえない!」
フロウスは冷静さを保てなくなったのか驚愕と恐怖に顔を歪めながら、声を荒げた。
「フロウス様、少し黙っていてもらえませんか? あっ! もう服に穴が開いてるじゃない。それに髪の毛も短くなってるし。まじ最悪」
シェリア様にいただいたメイド服には剣で貫かれた箇所に穴が開き、せっかく綺麗に伸ばしていてシェリア様と同じくらいの長さの自慢の髪も首と一緒に斬られたせいで短くなっていた。シェリア様からいただいた服に穴を開けたというだけでも万死に値する愚行なのに、シェリア様との唯一の共通点まで傷つけられたとなると許すわけにはいかなかった。
「上位始祖様。私に向けられた敵意に対して相応の報いを与えてもよろしいでしょうか?」
「許そう。しかし、ほどほどにな」
ローシュ含む、上位始祖たちは何かを感じ取ったのか、口元を緩める。まるでこれから目の前で始まるショーを楽しみにしているかのような表情。
「それでは失礼いたします」
一礼すると、床に置いてあった日傘の元に一瞬で移動し拾い上げた。いきなり目と鼻の先に現れた私にフロウスは戸惑いつつもすぐに冷静さを取り戻し、距離を取りながら私兵に「私を守れ。そして、この裏切り者を殺せ」と命令を下す。その言葉の通り、フロウスを守るように私とフロウスの間に私兵たちは位置取り武器を構え直した。
「私はフロウス様にしか興味がないわ。このまま何もせずに引くというのなら私からは何もしない。さあ、どうする?」
私の煽るような言葉にも私兵たちは眉一つ動かさない。きっとフロウスの理念に盲目的に心酔しているか、洗脳されているのかもしれない。もしかしたら私がこうなっていたかもしれないという可能性と対峙しながら、そうならなくてよかったと安堵の息を漏らした。
そんな私の一瞬の気の緩みを見逃すはずもなく、私兵たちは飛び掛かってきた。私は迎撃のために日傘を構えるわけでも、回避するために距離を取るわけでもなく、不用心にフロウスに向かって歩き出した。もちろん私に向かって振り下ろされる武器は止まるわけも手加減されるわけでもない。
だけど、振るわれた攻撃は全て私の体を素通りする。その異常事態を信じられず、私兵たちは何度も斬りかかるが結果は変わらない。
「霧化――か。なるほど面白い。古のヴァンパイアの魔法だな。どう見るよ、ローシュ?」
「そうだな。始祖の血を引く一部のものは使えるかもしれんが、魔力が薄いこの環境では我ら上位始祖とて五秒で実体を晒すだろうな」
「でも、お前の娘はもう十秒はああしているぞ。殺しても死なず、古の魔法まで扱うとは――いやはや、誰よりもヴァンパイアらしいではないか」
「……そうだな。私は自分の娘の器を……違うな。娘がどんなヴァンパイアなのか知らなさすぎたようだ」
私がフロウスの正面にまでたどり着くと、フロウスの盾にならんと私兵たちは最後の猛攻を繰り出してきたが、その場で回転しながら日傘で私兵全員を打ち払った。そして、日傘の先をフロウスの首先に向ける。
上位始祖の一人が「チェックメイトだな」と口にしたが、フロウスは認められないようで、
「そんな武器では私の首は取ることはできまい」
と、口にしながら右手で剣を抜きながら斬りかかってきた。霧化すらせず、左手でそれを受け止める。
「終わりですよ、フロウス様」
憐憫の目をフロウスに向けながら、日傘を上に放り投げた。フロウスからは布地や持ち手で見えなかったもう一つの武器が姿を現した。それは伸ばし、硬化させた鋭利な指の爪。
その爪でフロウスの首を切り裂いた。そして、落ちてきた日傘をキャッチして、返り血の雨を傘で受け止めた。
「フロウス様。上位始祖が首を落とされたくらいでは死なないであろうことは知っています。なので言葉が届いているものとして話します。これまで育てていただいたことと、シェリア様に引き合わせていただいたことにだけ感謝をしますわ」
私はフロウスの首に向かって礼をすると、フロウスは「この生意気な娘が」と痛みに表情を歪めながら捨て台詞を吐いた。




