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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第四章 続・図書館慕情
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続・図書館慕情 ④

 仕事を切り上げたヨルンと共に図書館を出た。図書館の正面入り口前には、要人用の豪奢ごうしゃな馬車が横付けされていて、その用意周到さにエーレンツの影を見てしまう。


「では、シェリア様。馬車ヘどうぞ」

「ちょっと待ってくれるかしら、ヨルン。クライブ、近くにいるかしら?」


 そう呼びかけたところで言葉がクライブに届くかは分からない。どのくらいの距離まで声が届くのかという実験はしたことがないのでちょうどいいと思ったのだ。


『シェリー? 今、鐘楼からこの街の人を眺めていたんだ。すぐに行くよ』

「分かったわ。図書館の入り口にいるから」


 そのやりとりの半分しか分からないヨルンは隣で首を傾げている。


「シェリア様、誰とお話をしていたのですか?」

「使い魔のクライブよ。そろそろ来るはずよ」


 私の言葉通りクライブは上空から降りてきて、私の肩へととまった。


「鳥……ですか?」

「惜しいわね。今はこんなかわいらしい姿だけど、この子は本来はそこの馬車の馬よりも大きなグリフォンよ」

「グリフォンですか。シェリア様の使い魔でないとこの都市には入れないでしょうし、一般の人の目に本来の姿をさらせば、騒ぎになるかもしれませんね」

「だからこその、このかわいらしい姿をしてもらってるのよ」

「なるほど」

「じゃあ、行きましょうか」

「ええ、では、馬車にどうぞお乗りください」


 ヨルンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。目的地はエーレンツの眠る墓のある墓地。

 途中、花屋に寄ってもらい、私から代金を受け取るのを拒む店主を説得して、花束を買った。それからあらためて墓地へと向かい、ヨルンの案内でエーレンツの墓に辿り着いた。

 エーレンツの墓に花束を供え、さらには空間転移で取り寄せたミアトー産のビンテージものの果実酒もえる。

 それから墓石の前に膝をついて、目を閉じて静かに祈りを捧げた。死者に対してこうして祈りを捧げること自体、数百年ぶりでそのせいかひどく感傷的な気分になってしまう。

 祈りを捧げ終えると、果実酒だけ抱え上げる。そして、私をそんな気分に支えたエーレンツに対して、


「死人には酒は見せてあげるだけよ。あなたは飲みたかったのかもしれないけれど、もうどうやったって飲めないのだから。悔しいと思うなら、どれだけ時間をかけても生まれ変わって私に会いに来なさい。そのときは望むだけ飲ませてあげるわ。なにせ私は悠久のときを生きる魔女なのだから」


 そうちょっとした嫌味を口にする。墓に語りかけても届いているなんて思わないが、聞いているならきっとガハハと笑いながら、「それではまたお会いできる日を心待ちにしております」と私と同じようにほぼ叶うことはないだろうことだと知りながら口にするのだろう。


「じゃあ、ヨルン。行きましょうか」

「どこに行くのですか?」

「あなたの家よ。まだあなたの仕事としても私に話さなければいけないことはあるでしょう?」

「ええ。たしかにそうですね。では、今日は我が家で夕飯でもいかがでしょう?」

「いいわよ。でも、カーヤはドーリネほどの料理の腕があるのかしら?」

「そこは大丈夫です。妻のカーヤは義母ははに料理を習っていましたし、その腕は義母も認めるところですので」

「そういうことなら、楽しみにさせてもらうわ」


 それから馬車に戻り、ヨルンの家へと向かう。街中を通り過ぎ、平民街にある見覚えのある邸宅の前で止まる。


「まだここに住んでいるのね」

「ええ。家を出てもよかったのですが、妻も私もこの家には愛着がありますし、義父ちち義母ははも一緒の方が安心だとか、孫の世話をさせろだとか、何かと引き止められてしまいまして」

「本当に子煩悩ね。あの二人は」


 私の率直な感想にヨルンは笑い、「子離れができないところに、孫に骨抜きにされてしまいましたから」とため息交じりに口にするも、幸せな家族の絵面しか想像できず、温かさを感じてしまう。きっとヨルンたちも親離れをしたくないのかもしれない。特にヨルンは幼いころに本当の両親を亡くしていたはずだから、そこへのこだわりは強いはずで育ての親へ誠心誠意、親孝行をしたいのだろう。


 玄関の扉を開けると、扉についていた真鍮しんちゅうのドアベルが澄んだ高い音を家の中へと響かせた。するとすぐに、二人の人物が出迎えにやって来た。


「パパ、おかえりー!!」


 元気な声で出迎えながらそのままの勢いでヨルンの足に小さな女の子が抱き着いた。その女の子はぱっと見でヨルンとカーヤの子供だということは分かった。髪の毛だけでも二人の血が反映されていた。カーヤ譲りの綺麗な黒髪に毛先だけ内向きにくるりと巻いていてヨルンの癖毛が残っていた。顔つきはどちらかというと幼いころのヨルンに似て可愛げがあった。


「こら、ユーリリー。玄関で抱き着くのは危ないって、いつも言ってるでしょう?」


 そう小言混じりでカーヤが後を追ってきた。そして、私の顔を見るなり、母親の柔らかな表情から高級役人の妻の顔へと変わる。


「お久しぶりです、魔女シェリア様。またこうして会えたことを幸せに思います」

「久しぶりね、カーヤ。今のあなた、若かりし日のドーリネにそっくりね。本当に美人に育ったものね」

「ありがとうございます。しかし、シェリア様のお美しさにはかないませんよ」

「謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるわね。それに丁寧すぎる言葉も不要よ」

「謙遜ではありませんよ。それより紹介がまだでしたね。ヨルンの足に抱きついているのが娘のユーリリーです」


 カーヤに紹介されたユーリリーは顔を上げて、私の顔をまじまじと見つめてくる。


「こんばんわ。ユーリリー。あなたは今いくつなのかな?」

「五歳」


 ユーリリーは右の手の平を広げてこちらに見せながら答えてくれる。その姿が愛らしく思えた。そして、名前からとある花を連想した。それは子供だったカーヤにあげた花の種類を古い言語で表わす単語で。

 そう思うと同じようにユーリリーにもその花をプレゼントしてあげてくなった。


「しっかりして、えらいわね。ユーリリー」


 そう言いながら優しく髪を撫でながら、一本の花を魔法で取り出してそっと髪に挿した。そのことにすぐに気づいたカーヤは懐かしさからくすりと笑みをこぼし、ユーリリーとヨルンだけが驚きの表情になった。


「この綺麗なお花もらっていいの?」

「もちろんよ。この花はねユリという種類の花でね、古い言葉でリリーと呼ばれていたのよ」

「私の名前にそっくりだね。これ花瓶に飾っていい?」

「それはカーヤに聞いてみなさい」

「シェリア様……そこで私に尋ねないでくださいよ」


 カーヤは幼い日のことを思い出して顔を赤くしながら、ユーリリーに「もちろんいいわよ。先に戻って飾ってきてくれるかしら」と優しい声音で口にしていた。

 それを聞いて、ユーリリーは一人先に嬉しそうに駆けていった。


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