続・図書館慕情 ②
鐘楼からふわりと降下し、図書館の正面入り口に降り立った。
「クライブ。外で待っててもらってていいかしら?」
『いいよ。じゃあ、近くの木の上とかで待とうか?』
「ミアトー村のときみたいに子供と遊んだり、街を見て回ってもいいのよ」
『わかった。じゃあ、また後でね』
クライブと別れ、図書館の中へと足を踏み入れる。見上げれば宗教的で思わず息を呑んでしまう光景と、見渡す限りに広がる本棚とそこに詰まった本の圧力に言葉を失ってしまう。
何度来ても、同じ感想を抱いてしまうし、やはりいいなと思ってしまう。
そんな雰囲気を堪能をしていると、
「シェリア様ですよね? お久しぶりでございます」
と、痩せた壮年の男性に声を掛けられた。名指しで声を掛けてくるということは図書館の関係者で、お久しぶりということは面識があるのかもしれない。
しかし、ストベリク市に久しぶりに来たということを考えると今目の前にいるくらいの年齢の人間に思い当たる人物がいなかった。言葉を交わしたことがあるとすれば、その人物は次に会う時は老いてしまうか、墓の下で。
とはいえ、面識があるということを前提に目の前の男性を観察することにした。
見るからに痩せ型で、一つ一つの服のセンスはいい。だけど、サイズの合っていないぶかぶかのシャツを腕まくりしていて、そこから覗く腕にはそれなりに筋肉がついている。ズボンもウエストのサイズが合っていないのでそれをサスペンダーで留めていた。いい大人がするような服装ではなかった。それも図書館というストベリク市の重要な施設の職員ということを考えれば、なおありえない格好で。
視線を上げて、顔をまじまじと見ると、知的で聡明そうな印象を受ける顔なのに、丸眼鏡が似合っていないのでどこかとぼけた印象を受ける。しかし、それが逆に人懐っこさや優しさといったものを感じてしまうから不思議だ。そして、クルクルとした赤毛の癖毛。
そこでようやく記憶の中の一人の人物と目の前の男性が重なって見えた。以前、図書館で本を運んでいて転んだ少年の成長した姿なのだろう。たしか、名前は――。
「ヨルン……だったかしら?」
「はい、魔女様に覚えてもらっていたようで光栄です。あのときは本当にお世話になりました。さらには迷惑もお掛けしたのに感謝の言葉もしっかりと言えてませんでしたし、なんともお恥ずかしい」
「子供だったのだから仕方のないことよ。それでヨルン、あなたはいくつになったの?」
「今年で三十五になります」
「じゃあ、私がストベリクに来たのはだいたい二十年ぶりくらいかしら?」
「そうですね。正確には二十三年でしょうか?」
それを聞いて時間の経過の速さに驚いてしまう。ストベリク市から連絡もなかったし、図書館との空間魔法にも問題も起きていなかった。ミアトー村には定期的に出向いていたので、ストベリク市を訪れていない期間がそんなにも長いとは思っていなかったのだ。
「そうなのね。ねえ、ヨルン。あなたもいい年齢なのだからもっとまともな格好をしたらどうかしら? 正直、かなり不細工よ?」
「いつも妻にも周りからも同じことを言われているのですのが、こだわりですので」
ヨルンはどこか恥ずかしそうに頭を掻き、はにかんだような笑顔を浮かべる。その表情からは今は幸福なのだろうなと思える充実感のようなものを感じた。
「その不細工な格好にどんなこだわりがるのかしら?」
「それはですね……シェリア様に直接申し上げるのはお恥ずかしいのですが、シェリア様がいつ来られても、あの時の子供だと気付いてもらえるようにですよ」
「馬鹿ね、あなた。私はあの時、賢く生きなさいとあなたに言ったわよね?」
「ええ、そのお言葉は今も心に刻んでいます。おかげさまで、これでも私はここの館長なんですよ?」
「そうなの?」
ヨルンと顔を見合わせ、同時に噴き出してしまった。ひと笑いすると、ヨルンは表情を引き締め直し、真面目な顔へと切り替わる。
「それでは我らが魔女、シェリア様。本日はどのような御用でしょうか?」
「特に用はないのよね。久しぶりに来たくなったから来ただけなのよ」
「そうでしたか。それではごゆっくりしていってください」
「そのつもりよ。あとはここまで足を伸ばしたのだから、色んな話を聞きたいくらいかしら」
「分かりました。それではあらためて館長室でお話でもいかがですか?」
「そうね。じゃあ、紅茶はこちらで用意させてもらおうかしら」
そう言いながら右手は空間の中へ。そこから紅茶の茶葉の入った袋を取り出し、ヨルンへと渡す。その一部始終を真剣な眼差しでヨルンは見ていて、魔法への興味という点では未だに色褪せていないのかもしれない。
成長しても人間の本質というものはそうそう変わるものではいのだろう。そんな風に考えると、目の前のいい年をした男性もかわいらしい子供のように思えて、つい笑みがこぼれてしまう。
どれだけ成長したかは、ヨルンの口から聞かされる話ですぐに分かることになるだろう。だからこそ、今からどんな話を聞かせてもらえるのか楽しみになっていた。




