赤鷲隊隊長と近衛兵長
赤鷲隊隊長の長男としてオリバーはこの世に生を受けた。将来は近衛兵と決められていたが、彼はそれを特に逆らうことなく受け入れて今に至る。反抗しなかったのはガレス王国と戦争中故に父親となかなか会えなくとも、母親が国の為に戦っている素敵な人だと言い続けていたからかもしれない。父親と同じ道を歩めないと知って落胆はしたものの、生涯仕える予定のエドワードと出会ってからは覚悟を決める。
とにかくエドワードは人使いが荒かった。身分が違うとはいえ従兄弟である。それなのに彼は王宮内からレヴィ国内のどこの情報を持ってこい、帝国に潜入して任務に当たれと命令されてあちこち行かされた。弟であるジェロームはそんなエドワードを気にせず振り回していたが、オリバーは常に振り回される側だった。しかしオリバーは文句を言わず黙々と命令に従った。元々オリバーは父親が配属された軍団基地の近くの都市で成長した為にレヴィ王宮の居心地が良くなく、外出している方が気楽だったのである。
しかしエドワードが即位してから十年が過ぎ、レヴィ王国も安泰となれば情報収集の為に各地を巡る必要性はそれほどない。それを狙ってなのか前任者が年齢を理由に退職を申し出た為、オリバーはエドワードから近衛兵の兵長に任命されたのである。
近衛兵は国王及び王太子にのみ仕える。公には護衛の近衛兵以外見えていないが、所属人数はそれなりにいる。オリバーは長らく裏方であったが、兵長という立場上表での活動も必要になる。面倒だとは思うが自分より年下の従弟ジョージは十八歳から赤鷲隊隊長を務めているのだから、致し方がないと割り切った。
「珍しいな、ここへ来るなんて」
赤鷲隊兵舎の中にある応接間でジョージとオリバーは向かい合っていた。
「ウォルター殿下の状況を把握しておきたいと思いましたので」
赤鷲隊隊長と近衛兵長。肩書だけ聞けば近い階級のような気もするが、実際はレヴィ国軍総司令官と近衛兵の長であり、指揮出来る人数が大きく違う。ただジョージの指揮を近衛兵は聞く必要のない独立した兵力なので、簡単に上下を決められるものではない。それでも国王の次に権力を持っているのが赤鷲隊隊長なのは間違いなく、敬語を使うのはオリバーになる。
「ウォルターならよく励んでいる。ただ裏方が得意な側近をつけた方がいいだろう」
「ハリスン家の次男以下はどうですか?」
「ハリスン家の贔屓が過ぎると言われないか?」
ハリスン家当主ウォーレンは長らく宰相の座にいる。カイルの長男グレンは王太子リチャードの側近になるべく育てられていた。
「リチャード殿下の側近はスミス家とハリスン家、それにベレスフォード家で確定です。モリス家は軍隊に入れるのを嫌がると思います」
「侯爵家の次男以下でもいいと思うが」
「リスター家の次男は少し年が離れていますので、それならいっそ騎士階級の有望な少年でいいと陛下は思っているようです」
赤鷲隊の隊員は二十年で退役である。この法をジョージは変える気がない。故に既にカイルは赤鷲隊所属ではなくなっている。現在ジョージに側近はいないが、右腕になる参謀役は騎士階級出身者だ。
「アレックスを近衛兵に入れるまで側近のような扱いでも構わないが」
「陛下は彼をリチャード殿下の四人目の側近にしたいそうなので難しいですね」
「四人目?」
ジョージは怪訝そうな表情を浮かべる。エドワードは自分の仕事量を減らす為に他の者でも出来るものは次々と差配していった。その為側近が四人も必要だとジョージは思えなかったのだ。
「閣下の長男はかなり優秀だと聞いていますよ」
レヴィ王宮で暮らしている以上、エドワードの監視からは逃れられないとジョージも理解している。赤鷲隊兵舎は対象外でも、ナタリー主催の茶会時に遊んでいる子供達を彼女の監視のついでに確認していても何も不思議ではない。それ故にジョージはアレクサンダーの才能を彼らが察していても別段驚かなかった。
「アレックスは王家の血が濃い。本気になれば簒奪も出来るだろうから、その手綱を握りたいのか」
「リチャード殿下の手には負えないと私も陛下も認識しています。ですから従兄弟として側にいて欲しいのですよ」
「他の三人の監視役も含めてか?」
「ベレスフォード家は詳細不明ですが、エドガー・スミス及びグレン・ハリスンはリチャード殿下を上回らないだろうと陛下は判断しています」
アレクサンダーとグレンは同い年なので、同じ教育を受けている。それはライラがかつてエミリーとやりたかった事を息子達にやらせているのだ。二人は同じ速度で勉強しているので、アレクサンダーとグレンの学力に大きな差はない。上回るか否かは学力ではなく、性格的な部分を指しているのかもしれない。
「エド兄上とは性格がかなり違うと聞いているが」
「そうですね。恐怖を与える素振りは出来ないでしょう。しかし相手の立場に立ち、物事を考えられます。平和ならばそのような国王が適しているとは思いませんか?」
オリバーの口調は穏やかだ。レヴィ王国は国王が最終決定権を持っている。平和ならば確かに問題がないだろうが、有事に非情な判断が出来ない国王では不安が残る。
「ローレンツ公国はいつどうなってもおかしくないと思うが」
「それは陛下が在位中に片付けると思いますよ。退位して王妃殿下とゆっくり過ごすには避けて通れない道ですから」
エドワードが退位して夫婦水入らずで暮らしたがっているのはジョージも知っている。しかしあれ程自分ですべてを決めたいが為に執務を休まない人間が、本当に生きている間に国政から離れられるとジョージには思えなかった。
「父と同じようにケィティにでも隠居するのか」
「離宮のいずれかに移るみたいです。ケィティでは王宮からの距離がありますからね。閣下は一生王宮暮らしですか?」
「赤鷲隊兵舎に近い方が色々と楽だからな」
平和そのものなので緊急の呼び出しなど暫くない。王都内に邸宅を構えれば家を維持する為の雑事が増える。しかし王宮内に暮らしていれば雑事と無縁でいられる。そもそも国内で一番出入りが厳しいのがレヴィ王宮であり、仕事で外泊が必要な時に安心して出かけられるのだ。
「王宮で育てた方が簒奪者にはならないでしょうからね」
「私の子供二人は簒奪などしない。特にアレックスは向いていない」
「向いていない?」
聞き返すオリバーにジョージは笑顔を向ける。
「好奇心が旺盛だから玉座でじっとしていられないだろう」
「父親譲りなのですね」
「顔は全く似ていないがな」
ジョージとライラの子供二人は、どちらも金髪碧眼で顔が整っている。ライラも金髪碧眼なので母親譲りと言えばそうなのだが、見た目ではジョージの血が流れているのかわからない。
「私は前陛下に一番似ているのが閣下だと思っています。閣下には確かに王家の血が流れていると彼を見て感じましたが」
「どこがだ」
ジョージは今でもあまり父親であるウィリアムを好いてはいない。一番似ていると言われても面白くなかった。
「目つきですね。リチャード殿下はお持ちではありませんが」
「アレックスには表に出すなと言ってある。もう少し成長したら調整出来るようになるだろう」
オリバーの指摘はレヴィ王家特有の人に有無を言わせない視線の鋭さだった。全員が必ず持つものではないが、直系の場合は持たない方が少数だ。そしてリチャードは王太子であるにも関わらず持っていない。
「アレックスは器用貧乏になるかもしれない」
アレクサンダーは好奇心が旺盛なので興味を持てば何でも挑戦したがる。剣術も勉学も励み、ライラとエミリーの会話から外国語までも吸収しようとしていた。
「陛下に任せればいいのではありませんか」
「エド兄上に?」
「近衛兵になれば陛下命令は絶対です。私のように便利に使われますよ」
「それは父親として受け入れ難いな」
「しかし法で決まっています」
法と言われてしまうとジョージに返す言葉はない。赤鷲隊隊長の息子は全員近衛兵になるのは決まっている。
「しかしエド兄上はジェリーを例外扱いしているだろう?」
「表向きはシェッドに潜入中です。ジェリーは愛する人の側で人生を謳歌しているみたいですが」
昔から自分を振り回していたジェロームの手綱をエドワードは捌ききれなかった。強制するよりは自由にさせた方がいいだろうと、エドワードは結局ジェロームの望みを叶えたのだ。ルジョン教の次期教皇の父という肩書を持ってしまったジェロームを近衛兵に復帰させられないので、彼は一生シェッドで暮らす事になるだろう。
「アレックスも例外になる可能性があると」
「否定はしません」
オリバーの言葉にジョージは視線を窓の向こうに向ける。雲ひとつない晴天だ。その空を自由に羽ばたく鳥を想像する。アレクサンダーは何にも縛られないでいて欲しい。それをエドワードは汲んでくれるだろうか。リチャードに扱えるだろうか。
「リチャードは将来アレックスを縛り付けないだろうか」
「愛称では呼ばれないのですか?」
「あれはライラが勝手に呼び出した。王家のしきたりは父上が先に破っているから教えていないが」
レヴィ王家は子供を愛称で呼ばない。親子でありながらも一線を引くからだ。しかし末息子を哀れに思ったウィリアムはフリードリヒを愛称で呼んでいた。エドワードはしきたり通り子供達を愛称で呼ばず、ナタリーもそれに従っている。しかしライラは元々の自由さで勝手にリックと呼び出し、何故か幼なじみの間で定着してしまった。いくつか愛称の候補がある中で何故リックを選んだのかとジョージが尋ねると、リックという雰囲気だからと答えるライラに彼は何も言えなかった。
「近衛兵は陛下を愛称で呼ぶ権利を誰一人持っていません。しかし弟は持っていなくとも呼びます」
「エド兄上に出来ない事をリチャードに頼むのは難しいな」
「その辺りも含め、陛下に任せてみてはいかがですか」
オリバーの表情は穏やかだ。オリバーが優秀な人間だとジョージは知っている。情報分析において右に出る者はいないと言われている男の勧めを、ジョージは断り切れなかった。
「成人後は任せるとしよう。それまでは俺の手元に置く」
「かしこまりました。ウォルター殿下の側近の件も宜しくお願い致します」
「それは俺が決める事なのか?」
「赤鷲隊所属になる者ですから閣下の判断で問題ないと陛下は仰せでした」
エドワードは一応黒鷲軍に所属して軍事経験を積んだが向いていないとわかっている。ウォルターの側近選びはジョージに任せた方が確実だと思ったようだ。
「わかった、考えておこう。ちなみにレティが近衛兵になりたいと言えばなれるものか?」
「近衛兵に所属する上で性別の規定はありません。ただ、表に出た女性は前例がありません」
近衛兵に所属する女性は基本裏方である。故に赤鷲隊隊長の息子は全員強制的に近衛兵所属だが、娘は自由なのだ。また、近衛兵と結婚する女性も多い。近衛兵は機密保持事項が多く、事情を知っている女性を妻にした方が情報漏洩の危険が少ないからだ。
「レティは剣筋がいいのだが、どうにか活かせる道はないものか」
「女性はいずれ男性に勝てなくなります。今は良くても成人後、兵士として戦えるかは怪しいですよ」
「そうか。そうだな」
ジョージは視線を伏せながらも納得した。その様子を見てオリバーは口元を緩める。若くして総司令官となり今も現役であるジョージが、娘の将来を心配する普通の父親で安心したのだ。
「陛下なら王妃殿下かアリス殿下の護衛騎士に抜擢する可能性がありますけれど」
「それはあるかもしれないな」
オリバーの言葉にジョージも笑顔で頷く。こうして珍しい対談は静かに幕を下ろした。




