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STO ― 昭和東京オペレーター物語 ―  作者: TAM-TAM
6th Stage.果しなき新宿駅の果に
29/41

6th Stage.(4)平衡点

▼4


「あー、つまりこういうことだ。昭和は情報通信の技術が低いから電波と音声データを変換する変換器の効率とか処理速度も低い。昭和の頃の海外中継とか、声が帰って来るまで結構な間があっただろ? 要はあれと同じ現象だな」


 周囲から先程の発言の意味を求められ、言葉を選ぶ余裕の出てきた島津が解説を始める。


「とすると、この場所から音を出したとしても、渋谷に届くまでに経由する変換器の台数と新宿までの台数、これに差があれば音が実際に向こうで聞こえるタイミングがずれる。つまり同時に倒すつもりが厳密には違うタイミングでそれぞれ攻撃していたという訳だ」

「もう、それならそうと最初から言ってよ。びっくりしたわよ。いきなり電波が遅いとか言い出すんだもの。てっきり錯乱したかと思ったわ」

「という事だから、一旦場所を移す必要がある」


 そこまで言うと、島津は緒賀達前線組に「悪いが暫く体力を温存して時間稼ぎしてくれ」と無茶振りし、HAR(ハル)に仕事を一つ依頼した。


「おハルさんや。渋谷駅前と新宿駅地下7階、この両方に同時に電波が届く地点(ポイント)の逆算を頼みたいんだが」

「かしこまりました~。では高速演算モード起動いたします~」


 快諾した彼女は、まず頭に日の丸を挟んで“合格”と書かれた鉢巻を締め、次いで右手に筆を、左手にやたら長い算盤(そろばん)を構えた。勿論彼女の電子頭脳(ゼッパチ)でも四則演算は問題なく行えるが、昭和の技術だと有効桁数が12桁と少ないので算盤を使用した方が計算精度が上がるのだ。

 そして、地図を広げた机の上で、恐ろしい速さで算盤を弾きながら計算の途中経過を毛筆で書き残していく。


 3分程の演算時間を経て、HAR(ハル)が「判明いたしました~」と笑顔で地図の一点を指し示した。


「此処です~。代々木にあるこのデパートの4階、婦人服売り場北東部の下着コーナー、セクシーランジェリーフェア開催中、でございます~」


 結果を聞いて島津が「ぶふぉっ」とむせた。


「ちょっ、嫌がらせか!?」

「ちなみに、展示されている衣類品は接収可能品目として登録されておりますから、自由にお持ち帰りしても大丈夫ですよ~」

『おっ、そりゃァ良い事を聞いた! なら一枚残らず持ち帰ってくれよ!』

「……勘弁してくれ……」


 げんなりした様子で島津が呻く。

 ちなみに接収可能品目であるが、東京から避難する際に商店等で多数の品物がそのまま置き去りになっている物品の中で、食品とか衣料品のように劣化や流行遅れによる商品価値低下が懸念されるものを指す。仮に数ヵ月後に東京を取り戻したとしても商品として売れなさそうな物は“全サバ特”で自由に使って良いという取り決めという訳だ。

 事実、生協で扱っている品物の大半が近隣の商店からの接収品になっており、足りない分だけを京都から送ってもらう形になっている。


 勿論復興の際は接収分も勘案して補助金を出すことになっているので、それによる商店側の反発も無い。


「そうだ。釘屋も一緒に来てくれ」

「どうして!? 中継役は一人居れば充分でしょう!? 恐くて外になんて出られないわよ!」

「俺が婦人服売り場でアレコレ回収するのには問題があるだろう。頼む、お前さんが頼りなんだ」

「…………しょ、しょうがないわね。そこまで言うんだったら一緒に行ってあげるわよ。ほんと、男子ってわたしが居ないと何もできないんだから」


 得意げな顔がウザかったがここは男らしくぐっと我慢して出撃準備を整える島津。カラオケ機器を道具箱(インベントリ)に一旦収納し、護身用にと愛用の安物拳銃(サタ・スペ)を釘屋に手渡す。


「時間が惜しい。()の道を使うぞ」

「え? 上ってきゃあああああああぁぁぁぁ……っ!?」


 そして、釘屋の細い身体を抱えて窓から飛び出して行った。そのまま屋根伝いに忍者のように飛び移る。


「ちょーっ!? 速い! 高い! 落ちる! 落ちて死ぬうううっ!」

「大丈夫だ。強化人間ならこの程度の所から落ちてもせいぜい捻挫で澄む。ってか身体のスペックはオペレーターでもそんな変わらんからお前さんでも同じ事ができるぞ?」

「無理無理無理無理! 絶対無理! やっぱり付いて来るんじゃなかったあああああっ!」

「もうすぐ着くぞ。舌噛まないように口閉じてな」


 目的地のデパートまでの距離を最短で駆け抜け、勢いをつけて窓をぶち破りダイナミック入店。4階婦人服売り場の南方のようだった。


「全く……無茶苦茶だわ……これだからゲーム脳の男子は……」

「ここはゲームの延長だからゲーム脳の方が正解に近づける事もあるんだよ……っと、あそこで良いのか?」


 それから少し進むと、ピンク色の照明が艶かしい下着売り場へと到着する。色も形状も様々な決戦兵器が所狭しと並んでおり、島津としては目のやり場に困る風景だった。


「ちょっ……! 何なのよこれ……! 薄いし細いし、これなんか何で穴が開いてるの!? 誰が履くのよこんなもの!?」

「全共闘みたいな無政府主義者(アナーキスト)達だろ」

「そんなトンチの効いた回答は求めてないわよ!」

「まあとにかくまずはここに来た目的を達成しよう」


 なるべくピンク色の空間から目を逸らして島津はカラオケ機器を取り出し起動する。同時並行でパーティメンバーへの連絡も欠かさない。


「待たせたな。この場所からもう一度音楽を流す。今度こそいける筈だ」

『おう、待ちくたびれたぜ。オレ達じゃなければ今頃敗走してたところだ。恩に着ろよ』


 通信機の向こうの緒賀の声も疲労の色が濃く滲み出ている。身体的な疲れも勿論だが、斬っても斬っても復活する相手は精神的にも達成感が得られず消耗するのだ。

 そんな中、再度釘屋の歌声がデパートのフロアを満たし、そして渋谷駅と新宿駅に浸透する。


「頼むぜ……」


 テレビが無いので現地でどのような戦いが繰り広げられているのかここからは見えない。島津は祈るようにぎゅっと目を閉じ、仲間に向けて心からのエールを送る。





 新宿駅地下深く。通信機を通して三度目となる釘屋の歌声が聞こえてくる中、緒賀達は端的に言うと苦戦していた。


「ちィッ! 動き辛ェ!」


 長時間の戦闘による疲労の蓄積も勿論であるが、死神マリスの大鎌が持つ空間切断能力が難物なのだ。彼女の攻撃の軌跡に沿って切断された空気が一定時間そのままの状態で残り、迂闊に踏み込んだ相手を切り裂く恐ろしい(トラップ)と化して行く手を阻む。

 盾を掲げつつチャージする安全志向の山路はともかく、身一つで切り込むスタイルの緒賀は幾度もその罠にかかり、着ている防刃性の高いセーラー服もあちこちが切り裂かれ赤く染まっていた。


「島津! 何か良い知恵は無ェか!?」

『粉を散布すればどうだ? 見えるようになれば少しは変わるだろ』

「ソレよ! むしろ何であたしが今までそれに気付かなかったのよ! 余程テンパってたってことね!」


 得心した悠里が道具箱(インベントリ)から片栗粉を取り出して辺りに撒き散らす。空中を漂う白い粉は、空間の断層に付着してマリスの攻撃の軌道をくっきりと浮き上がらせた。


「さて、諦めの悪ィ情熱的な女も嫌いじゃねェが、門限過ぎたシンデレラにはいい加減お帰り頂かねェとな!」

「その言い分だとそっちはまだ余裕ありそうね。あたしはもうヘロヘロだわ、強化人間じゃなければ明後日まで寝込みそうよ」

「あー、判ります。年取ると一晩で疲れが取れないんですよね」


 等と、相変わらず緊張感の無い会話をしつつも攻撃の手は緩めない『東京防衛戦(TDL)』一同。

 BGMに流れる南国の風のような歌に合わせて足でリズムを取り、的確な連携攻撃を繰り出して行く。


「これでもくらえ!」


 エンボス加工のように白く浮き上がった刃の隙間を縫って踏み込み、知能指数の低そうな掛け声と共に緒賀が左手に持った圧縮鋼刀を叩き付ける。


 一方で、迎え撃つマリスも刀の軌道に合わせて掬い上げるように鎌を振るい、二条の光が交錯。


 キィン――と澄んだ音が響き、武器の性能差から緒賀の刀が刀身の半ば程から綺麗に切断され、宙を舞った。


「折り込み済みだ!」


 だが彼女にとってはそれも予想の範囲内だったらしく、慌てたそぶりも見せず左手を離す。半分残った刀に遠心力を乗せて投擲、と言うよりむしろ射出させる勢いで放った。

 鎌を引き戻すには間に合わず、マリスはそれを左手で受けた瞬間、予想外の衝撃で肘から先が塵のように霧散する。


「はッ! 見た目以上に重いだろ? でけェ鉄骨を無理やりこのサイズに潰したような武器だからな」


 得意げに口角を上げる緒賀の背後で、斬り飛ばされた刀の半身部分が回転しつつ落下し、恐ろしく重い音と振動を立てて新宿駅の床にめり込んだ。


 間髪いれずに銃声が轟く。神野の持つコンバット・マグナムから同時に2発、右肩と左脚を狙う高等技術だ。今のマリスにこの両方を防ぐことは望めず、漆黒のドレスから伸び出た左膝を貫いて機動力を奪う。


「よーし、決めちゃって!」


 応援に徹する悠里の声を背中に受けつつ、緒賀が右手に残った極限まで薄く研ぎ澄まされた必殺の刀に殺気を込める。

 左右に細かくフェイントを入れつつ、鎌が下がった隙を逃さず首の高さで水平に薙ぐ。


 だが、その隙はマリスが意図的に生み出したものだった。

 マリスの笑みが深くなったと思うや、柄を90度回転させて鎌の切っ先を首の高さに持ち上げ、その軌道に沿って首の横の空間を切り取り斬撃に対する盾と化す。

 幾度に及ぶ斬り合いを経て、刀の持つ特性や太刀筋や攻撃の癖なんかを学習されたが故の対応だ。


 その結果、緒賀の刀はマリスの首元5センチの距離を残し、動きを止めた。


「緒賀君!?」

「はッ! 問題無ェよ。悪くねェ対応だったが単分子刀(このかたな)に意識を向けすぎたこと、それがコイツの敗因だ」


 緒賀の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、横手から待ち構えていた山路の剣が閃き胴を薙ぐ。

 左腕と左膝に大ダメージを受けていたマリスにはもはやそれを防ぐ手立ても無く、釘屋の歌の終幕と同時にその体は崩れ、大鎌だけを残して黒い塵と化したのだった。


「……って、今度こそ、終わりだよな?」


 タフガイぶりに定評のある緒賀もさすがに疲労困憊した様子で息をつく。そのまま暫く待ってみたが今度こそマリスの残骸は復活する気配も無く、島津の分析の正しさが実証された形となった。


「こちら山路。死神マリスに復活の気配は無いようです。恐らく上手く行ったと思いますが、渋谷の方は如何ですか?」

『あぁ。みんなお疲れさん。渋谷組も無事スパイトを撃破、復活の兆しも感じないからこれで作戦は成功だ』

「よっしゃァー! 帰ったらご褒美にセクシーランジェリー掴み取り大会開こうぜー!」


 テンション高く吼える緒賀だったが、帰ってきた島津の言葉にはやや温度差があった。


『……このフロアの接収品は釘屋に任せることにしたからあいつと直接掛け合ってくれ。俺は5階の紳士服コーナーから色々回収して帰ることにする』

「っふざけんなゴルァ! オレは今回の作戦の功労者の正当な報酬としてエロ下着の分け前を要求する! 労働争議だ! デモもストも辞さねェ覚悟で行くぞ!」


 かくて、緒賀の粘り強い交渉により婦人服分配イベントはネカマにも参加権が平等に与えられたことを追記しておく。


 尚、風の噂によると、誰も欲しがらないだろうと思われていた穴開き下着は『お姉さんの保健室』所属のヒーラーの人が至極ナチュラルな様子で回収してしまわれたらしいが真偽の程は不明である。



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