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穴ウサギ

久し振りに故郷の夢を見た。


私がまだ小さかった頃に、よく両親と手を繋いで歩いた桜の並木道。

薄紅色のトンネルを見上げながら、降り注ぐ花弁を追い掛けて何処までも歩いた。


春が巡る度に花は幾度となく咲くけれど、どれひとつとして同じ花は無いんだよ、と。

そう語ったのは、どちらだったか。


仲睦まじく肩を並べて歩く懐かしい二人の後ろ姿を見送って、ひとり私はその場に立ち止まる。


――――私はまだその道を往けないから。







ふっと身体が浮き上がるような感覚がして目を開けると、そこはここ数日ネイロが見慣れた部屋の天井だった。


『……あれ…なんで部屋で寝て…私…?』


今まで庭園に居たはずなのにと、不思議に思いながら上半身を起こそうとして、自分の上衣がはだけコルセットの紐がゆるめられている事に気付き、ずり落ちそうな前身頃を慌てて胸元で押さえ込む。


『???』


一体これはどういう状況なのかと訳が分からず首を傾げていると、見知った顔の女中メイドが現れてあれこれと世話を焼き始め、ネイロはここでやっと恐怖の豪華衣装から解放される事になった。


「普段着慣れていないとコルセットは苦しいですから、気分が悪くなる方も珍しくないんですよ」


ニコニコと人好きのする笑みを浮かべた年輩女中の説明によれば、ネイロはどうやらそれが原因で気を失ったらしい。


「……………」


―――と、いうことは。


歌の最中無駄に動悸が激しかったのも、おかしな目眩がしたのも。


(~~~~~酸欠が原因かぁぁっ!!)


時と場所を選びもせず、ジャブジャブとタレ流されていたあの男の色香の影響も、もちろんそれなりにあるだろう。

だがしかし。アレはけして乙女のトキメキなどという甘酸っぱいものではなかった。


数キロメートル先の草むらに潜む小さな獲物すら見逃さない猛禽の双眼で捕らえられて、能天気に桃色思考に浸れる小動物がいるだろうか。


まず無理。


ネイロは窓の外にチラリと目を向け、この後どうするかでふと悩んだ。


陽の高さから見てそれほど長い時間失神していた訳では無さそうだが、あの会場に戻るのは少しばかり面倒臭い。

ここはひとつ一宿一飯(?)の恩義に対する義理は一応果たしたという事で、このまま部屋に引っ込んでいるのが得策だろう。


それにたとえあの場に戻ったところで、外野が多過ぎて肝心の話し合いなど出来そうも無い。


「……グリフォン」


相方の言葉が足りないのは今に始まった事では無く、この一年不自由ながらそれでもなんとかネイロの方から歩み寄る事で良好な関係を保ち続けてきた。

けして多くを求めすぎず、相手の私生活に必要以上に踏み込まぬように、注意深く距離を保ちながら。


今更その関係に不満を感じるとしたら、原因は自分の側にあるのだろうとネイロは思う。



『心』が欲しい。『言葉』が欲しい。

その身体ごと『全部』が欲しい。



もしかして自分がそれを素直に望んだなら、一瞬は手に入れられるのかもしれない。

けれどネイロにはあの男をどこまでも信じきれる自信が無かった。

今までのグリフォンの私生活を(かえりみるにつれ、生温い溜め息しか湧いて来ない。


「あーあ…。馬鹿みたい…なんであんな人好きになっちゃったんだろ…」


“初恋は実らない”というジンクスはどうやらかなり信憑性が高いらしい。



その日、ネイロは園遊会がお開きになる夕刻まで部屋に(こも)り続けた。

































































































































































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