花の庭にて 1
芸人が宴席に招かれて依頼人の屋敷に上がるのはよくある事だ。
そしてそれが羽振りの良い商家からの依頼とくれば、招かれる側に断る理由など何も無い。
「本日は《暁の女神》一座にお声掛けをいただきまして誠にありがとうございます~」
決められた時刻に園遊会の会場に現れ、依頼主である男に恭しく礼の姿勢を取る芸人一行の面子を見た招待客達は、皆一様に目をドングリのように丸く見開いた。
本日のメンバーは座長、女形、女形ときて、極道紛いの鋭い目付きをした吟遊詩人。
芸の腕前はともかくとして、他の人選は無かったのかと問い詰めたくなるようなキワモノ揃いだ。
特に幼い子供にとってはかなり衝撃的なビジュアルであろう。
なにしろ極彩色の衣装に身を包んだ筋肉ムッキムキのゴリマッチョ×3。
流石に無精髭や無駄毛は処理されているものの、そこはかとなく滲み出る野郎臭さは如何ともし難い。
「あー…その…なんだ。自分で呼んどいて言うのもなんだが……もうちょっとこう……控え目な人選でよかったんだが」
「んまぁ!申し訳ございません。生憎と他の団員は皆出払っておりますの、オホホホホ。ですが、本日のメンバーも楽士としての腕前は折り紙つきですわ!」
「……そ、そうか…」
間近に見る人外生物の迫力に気圧されるようにして視線を外したレジオは、団員達の端の方でギタールを抱えて無言で立ち尽くす男に目を向けた。
「―――よう、楽士の。ちったぁ頭は冷えたか?」
ニヤリと笑いかけられて仏頂面を絵に描いたような男の面に憮然とした表情が浮かぶ。
「………………」
ゆるりと頭を回らせて会場を一望した後、何か言いたげにレジオの顔を見返したのは、探し人の姿が見当たらなかったためであろう。
「…別に隠しちゃいねえ、あれはじきに来る。それまでお前さんは仕事でもしててくれや」
「――……承知」
レジオが遠回しにこの男を屋敷に呼んだのは、単にけじめをつけないと気が済まない性分からだ。
娘が目の前の男と元の鞘に戻るにしろ決別を決めて定住の道を選ぶにしろ、それは本人が決める事であって外野が唆すようにして囲い込むのは悪手と、直感的にそう感じたからでもある。
誰にでも人当たりが良さげでいて所々で情の強さが見え隠れするあの娘は、保護者から強引に引き離すような真似をすればその途端こちらに一欠片の未練も残さずスタコラと逃げ出すだろう。
たとえどれだけ餌付けで慣らしたところで、野の鳥とはそういうものだ。
そうしてたった一羽で空に放たれた世間知らずの小鳥が、果たしてどれだけの月日を無傷で永らえる事が出来るだろう。
うっかりこちらが下手を打てば娘を無意味に窮地に追い込むだけの結果にもなりかねない。
ネイロは既に過去に一度、酷い心的外傷を抱えていてもおかしく無いほどの悲惨な目に遭っている。
かつて“事後”を目撃した人間としては、慎重にならざるを得ない。
だからこそ、この首都で再会した娘の以前と変わらぬ様子に、別の意味で驚きはしたもののレジオは心底安堵したものだ。
*
「―――この音…」
花木の茂みの向こう側から、フィドルや笛の音色に混じって聴き覚えのあるギタールの音が聴こえたような気がして、庭園に続く回廊を歩いていたネイロはふと足を止めた。
艶やかで幾重にも深みを感じさせるその音色は、この一年ネイロが朝夕絶え間無く耳にしてきたもの。
今更他人の“手”と間違えるはずも無い。
「……グリフォン……」
迎えに来てくれたのかとほっとする半面、何故か胸の辺りに苦いものが沸き上がるのも感じて、ネイロは無意識に眉を曇らせる。
あっさり見切りをつけられ、置いてきぼりにされなかった事は素直に嬉しいが、あれだけの啖呵を切った後でどんな表情をして会えば良いのか正直判断に困る、というのが本音だ。
会えば感情が動くのは避けられない。
けれど相方を信じきる事も出来ないネイロには、うっかり情に流された自分が近い将来、色々と後悔する羽目になる結末しか思い浮かばなかった。
「まぁ…楽士の演奏がもう始まっているようですわ、エルヴィラ様」
「あら、本当。…うふふ、でも主役は遅れて登場するものですからね」
「それもそうですわね。さ、参りましょうか」
「…はぁ…」
長い裳裾を踏んづけて転ばぬようにとエスコートの形で右手を引かれ、ロイヤルウェディングさながらに裾を流したデザインのドレスを身に纏ったネイロは、花魁道中の如き牛の歩みを再開した。
(……うぅ、ナニこの拷問…。靴は痛いわ、頭の簪は重たいわ…。ちょこっとでも衣装を汚したら弁償額が…恐ろし過ぎる…!!)
『着せ替えごっこ』に夢中になった奥方二人の勢いは止まる事を知らず、下着一枚の姿に剥かれたネイロはあれよあれよという間に素人目にも一目で高価と判る品を次々と宛がわれ、最早『仮装』というか『作品』の域にまで仕立て上げられてしまっていた。
間違っても粗忽な振る舞いなど出来ようもはずもなく、ネイロは一足ごとに恐る恐る歩を進めるのが精一杯という有り様。
(布が重いよー…歩きにくいよー…)
下着が布製のコルセットのみの上半身はまだしも、下半身にはスカート部分に膨らみを持たせる為に何重にもペチコートを履かされ、嵩張って歩きにくい事この上無い。
おまけにスカートの内側で布地を蹴飛ばすようにして歩かなければ、足が縺れて前に進む事さえ難しいときている。
故郷での軽装がつくづく恋しくなったネイロだが、女性が人前で素足を晒すのははしたないとされるこちらの文化では、膝上丈のミニなど言語道断もいいところであろう。
(………あれか。優雅に見える水鳥が実は水面下でバタバタと足を忙しなく動かしているという…)
オホホウフフとおしとやかな笑みを浮かべる貴婦人も、見えないスカートの内側ではコサックダンスを踊っているのかもしれない、とネイロは本気で思い始めていた。
―――そして、些か現実逃避気味の思考に走りながらもやっとの事で庭園にたどり着いたネイロは、視界に飛び込んできた光景に何とも言えぬ脱力感を感じて膝から崩れ落ちそうになった。
身の丈二メルテはありそうなゴリマッチョが木製のフルートを構えるその両脇に、澄ました表情でフィドルとチターを奏でる女形が約二名。
(…………あー…うん。そりゃそうだよね…)
ギタール以外の楽器の音色が聴こえた時点で他の奏者がいるのは当然なのだが。
―――なのだが。この人選はどうなんだ、とネイロは胸の内で密かに突っ込まずにはいられなかった。
風雅な庭園で茶器を傾けつつお上品な会話を楽しむ園遊会に、極楽鳥のごとき極彩色な衣装を身に纏った二の腕ムッキムキの人外生物×3。
お陰で彼等の横にいる相方が至極まともに見える。
(…黙ってギタール弾いてればふつーに格好良いんだよねぇ。素のままだと目から怪光線でも発しそうな雰囲気だけど)
演奏に集中しているグリフォンは庭園の端に姿を現した弟子にまだ気が付いておらず、その弟子はここぞとばかりに相方を観察し始めた。
元から身嗜みにはきちんと気を配るタイプであるため、着衣や身繕いに乱れは見受けられないが、目の下の隈が男のこの数日間の不摂生をばっちりと物語っている。
(……あんまり眠ってないみたい。あの分だと食事もろくに摂ってないのかも)
グリフォンは何かに没頭すると寝食を忘れる典型的なタイプで、出会ったばかりで言葉がろくに通じない頃のネイロは、音の世界にのめり込み過ぎたグリフォンに何度も食事を忘れられたものだった。
なのでネイロがこちらの暮らしに慣れて来るに従って、何やかやとグリフォンの世話を焼くようになったのは、ある意味自然の成りゆきのようなものかもしれない。
何もかもグリフォンのペースに任せていたら、不規則極まりない生活しか送れないのは目に見えていたからだ。
その『世話』の最たるものが美容師兼スタイリストとしての役割であるのだが、ネイロが毎日こまめに手をかけて身形を整えた影響は、グリフォンの朝帰りの増加という形で現れた。
見目が若返り装いがすっきりと垢抜けた事で以前にも増して女性客の視線を集め、結果的に『来るものは拒まず』というスタンスのグリフォンは女性関係のだらしなさを更に拗れさせた。
(…ひょっとしなくても私のせい?いやでもさ!イイ歳をした大人なんだから自己責任だよね!?)
余人に訊けば『全くもってその通り』と、百人中百人がそう答えるに違いない。
楽士達の演奏が一段落するのと、エルヴィラに手を引かれたネイロが会場の中心に到着するのはほぼ同時だった。
「―――こりゃまたえらい別嬪さんになったのぅ、嬢ちゃんや!さぁさ、爺の隣に座っておくれ」
新たな招待客が訪れたものとばかり思っていた会場の面子は、アレグロ商会の先代当主が手招きしながら放った台詞で、老若男女を問わぬ全員が驚きの表情を顔に貼り付けた。
そして『愉快な仲間達』とグリフォンもまた驚愕の表情で両目を限界までカッ開き、目の前に現れた『貴人』の姿を凝視したのだった。




