離れて君を想う
正午を過ぎた辺りから園遊会に招かれたお客さん達が続々とアレグロ商会を訪れ始め、いつものこじんまりした広間よりかなり大きめな部屋に案内された私がキョロキョロ周りを見回してると、レジオさんに手招きされて白いお髭のお爺さんに引き合わされた。
「ネイロ、これがうちの祖父さんだ」
フサフサの白いお髭とおんなじ色の髪を後ろでひとつに束ねてニコニコと愛想の良い笑みを浮かべたしわくちゃのお爺さんは、なんだかとても親しみを覚える雰囲気の人だった。
「おぉ!こりゃまためんこい嬢ちゃんだのぅ。爺ぃが飴玉やろう」
大阪のオバチャン的なこのノリ、浪花の商人か。
「……ハジメマシテ」
「それで、嬢ちゃんはいつウチの嫁に来るのかの?」
「ふへ?」
「そこのボンクラ孫が気に入らんのなら、ワシの後添いもおススメじゃ。将来安泰間違いナシ!」
「えーと…。旦那様に早々に先立たれても困るのでお断りします」
「なんと!フラれてしまったわい!」
「…あったりめーだ。こいつがいくら年上好みでも老い先短いヨボヨボのジジイでその気になるかよ」
「残念じゃのう、嬢ちゃんには良い話だと思ったんじゃがのー」
「えーと…玉の輿目当ての線でなら願ってもない良縁だけど、子供も生まないうちからこんな大きな孫は要らないし」
レジオさんを見ながらついうっかり本音で返したら、部屋のあちこちで『ぶふっ!』と噴き出す音が続出した。
――――だってねえ?
十六の若い身空で『無精髭生やした中年の孫』なんて可愛いげの欠片も無い生き物が、もれなくセットで付いてくるってどんな嫌がらせ?
抱き合わせ商法にしたって組み合わせがヒド過ぎるよ。
「確かにな!自分の子供も生まないうちから、こんな煤けたオッサンの孫ができるんじゃあたまらんよなぁ!」
「…っぷ」
ラルゴさんが爆笑する横でリフレさんも口許を押さえて笑いを噛み殺してる。
―――と、そこに今度は女の人の声が加わった。
「ニコラス様と旦那様方だけでそちらのお嬢さんを独占していないで、私達にもきちんと紹介して下さいませ」
「おう、そうじゃったの」
声を掛けて来たのは上品でおっとりした雰囲気の年配の女性で、小学生になったばかりくらいの年齢の男の子が一緒にいる。
そしてその後ろにはもう一組の母子らしき人達の姿が。
でもまあ、そこは予想通りというか?
リフレさんとラルゴさんが『自分の妻と息子だ』って改めて紹介してくれた。
「楽士見習いのネイロです。…いま事情あってアレグロ商会に居候させてもらってます」
なるべくおしとやかに見えるようにニッコリ。
―――愛想笑いと言うなかれ。
初対面の第一印象はとても大事。後々までもずっと付いて回り、場合によってはその後の付き合いにも左右する。
なので、思いっきり余所行きの営業スマイルを奮発したらば、目の前の御婦人が突如としてプルプルと震えだした。
「……あの、どこか具合でも――…」
「可愛いっ!可愛いわ旦那様!!どうしましょう!―――本当に私の好きにしてよろしいんですのね!?ああ、まるで夢のよう!!こんなに弄り甲斐のある素材が目の前に!!」
「はひ…?」
一見してとても物静かな印象の御婦人が、突然テンションMaxでハシャギだしたから吃驚だ。
「ネイロ、うちの奥さんは女の子を飾り立てるのが趣味でしてね。自分達になかなか娘が授からないせいで、ようや生まれた一人息子にやたらと可愛らしい服ばかり着せたがって大変なんです。ここはひとつ人助けと思って妻に付き合ってもらえませんか」
リフレさんが奥さんのハシャギっぷりに苦笑しながらこっちを見て軽く頭を下げる。
姐さん女房の上にかなりの恐妻…ゲフン…愛妻家と見た!
いいけどね!着せ替え人形になるくらい、―――とこの時は思ってた。
お世話になってる恩返しだと思えば安いものだし。
安易にハイと返事を返した瞬間、私は何故か奥方二人にガシリと両腕を掴まれて即座に別室へと連行される羽目になった。
………ドナドナド~ナ~ド~ナ~…。
“売られた感”満載…。
別室に連れ込まれて更に吃驚。
そこには既に女物の衣装がところ狭しと広げられ、使用人がてぐすね引いてスタンバイ!
いつの間に?!
「さぁ、お着替えしましょうか。大丈夫、ちゃんとお手伝いしますからね」
物凄く楽しそうにニッコリ笑う奥方様。
菩薩のような微笑みの奥に有無を言わさぬ迫力を感じるのはナゼ。
「まずその服を脱ぎましょうか。品質は悪くないけれど、いまひとつ貴女に似合ってないから」
「エルヴィラ様、あちらの若草色の衣装は如何です?」
「そうねぇ…春らしくて良い色だけど、どちらかと言えば柔らかで明るい色が似合いそうな娘さんね。そちらの薄紅色の長衣はどうかしら」
次から次へと手元へ運ばれてくる服は、素人目にも高級そうに見える品ばかり。
うっかり汚したりしたら弁償額がいったい幾らになるのか…恐ろし過ぎる。
奥方二人はそんな私の心情にお構い無しに、ああでもないこうでもないと楽しそうに流行りの衣装の話題で大盛り上がり。
ついその場の雰囲気に押され気味になってた私は、最早されるがままに他人の手で衣服を脱がされ、あっという間に肌着一枚の心許ない格好にされてしまった。
「さあどれから合わせて…、……あ、あなたその…傷は―――」
「まあっ…なんて…」
しまったと思ったけど、遅かった。
奥方二人も使用人も私の方を見て目を見張り、痛ましげに表情を歪めている。
無防備になった姿で正面から向き直れば、喉元の傷痕が人目に晒される事をすっかり忘れてた!
鏡が無ければ自分じゃ見えない位置だし、痛みもとうに癒えてて最近あまり意識しなくなってたから……失敗したなぁ…。
この前サウナの鏡で確認したら結構目立つ痕が残ってて、特にグリフォンの前では今後も絶対スカーフを外さないようにしようって改めて誓ったりもしたのに。
たとえ自分が気にしなくたって、女の子の首にこんな傷痕があれば大抵の人は驚くだろうから。
「これは名誉の負傷というか…、もう痛みは無いんです。気にしないでください」
なんとか笑顔を作ればリフレさんの奥さん、エルヴィラさんがシュンとして眉尻を下げながら謝罪の言葉を口にする。
「…強引な真似をしてご免なさい。私が考え無しでしたわ」
「エルヴィラ様だけが悪いのじゃありませんわ。私もつい調子に乗り過ぎてしまって…、本当にご免なさいね」
「気にしてません。もう、癒えた傷です」
今では本心からそう思える。
……あれからの日々を、あの仏頂面した吟遊詩人にこれでもかと甘やかされ、真綿にくるむようにして守られて。
傷はいつまでも傷のまま残りはしなかった。
グリフォン……会いたいな。
あの無駄に鋭い眼差しが、笑うとほんの少しだけゆるむ瞬間を見るのがとても好き。
筋張ってはいるけど男の人にしては繊細な長い指から生み出される流麗なギタールの音色も。
―――そしてあの、全てを包み込むような天上人の歌声。
出会って一年、朝も昼も夜も、あの歌声を聴かない日はなかった。
歌声に触れるたび身体ごと揺さぶられ、知らぬ間にいつも魂を奪われて。
いつまでもその歌声に寄り添っていたいと願うほどに焦がれた。
グリフォンの歌は私を生かす“命の水”そのもの。
あの歌声から離れて、私は生きて行けるだろうか。
『会いたい…グリフォン…』
……今頃どうしてるだろう。
まだあの塒に留まってる?―――それとももう旅の空…?
もし本当にこのまま別れたとして、あの人は私の事をいつまで覚えていてくれるだろう。




