それからどーした
台詞ばっかしで中身が…薄いっ…。
翌朝陽も高くなった頃合いに、男は再び部屋の扉が叩かれる音で覚醒した。
昨晩の一件もあって煩わしさから無視を決め込もうとしたのだが、今回の訪問者はかなり強引だった。
なんとしばらく扉を連打し続けて、相手の反応が無しと見るや否や錠前破りで男の部屋にドカドカ乱入してきたのだ。
「んまぁ、ヒドイ有り様ねっ!!―――何よ、その目の下の隅!もしかしてろくに寝てないのかしら?今にも死にそうな顔色じゃないのよォ」
「………お前は空き巣か…ブルース」
「ご挨拶ねぇ、せっかくイイ話を持って来てあげたのに―――って、そうよ!アナタねぇ!ウチの若い娘使い物にならなくなるほどビビらせないでちょーだい!たとえ尻軽でもマチルダは一応ウチの稼ぎ頭なのよ!!」
口では盛大に毒づきながらも、室内に足を踏み入れて先日の色男振りが嘘のように荒んだ空気を纏う男を目にしてた途端、ベロニカは内心ヒヤリと汗をかいていた。
(―――良くない兆候だわねぇ…。あのお嬢ちゃんが傍を離れた途端にコレ?)
かつてお互い他人には言えない類いの“仕事”の現場で何度か顔を合わせた間柄、今の男の状態があまりよろしくないものである事は一目で解った。
―――なんというか、恐ろしく目が据わっている。
今その手にポンと短剣を乗せてやったら、何も言わずに百人切りを決行してきそうな雰囲気がプンプンと漂っている。
(イヤアァァァ―――!!帰って来てお嬢―――!!)
今この場で暴れられたらハッキリ言って手がつけられない。
そんじょそこらの破落戸に束になって襲い掛かられたところで、それを屁とも思わない男だ。
平静を装いつつ嫌な脇汗をかいていたベロニカは、そこでふと肝心の用事を思い出した。
「そーよ!大事な話があんのよ!」
男の方はポンと手を打って自分に向き直った客にもさして興味が無さげに、縺れきった灰色の髪に手を突っ込んでとガシガシと無造作に掻き回している。
「―――アレグロ商会から仕事の依頼があったのよぅ!『今日の午後に園遊会を開くから何人か楽士を貸してくれ』ってね」
男の緩慢な動きがピタリと止まった。
「……………あの男が…?」
「そうよォ、一昨日アナタんとこのお嬢ちゃんをカッ拐って行った紳士よ!なんでも結構な大店の跡取りらしいわよ~?ウチとしても稼げそうな相手だから当然依頼は受けたけど、このタイミングで依頼が来るって事は、アナタを呼んでるんじゃないかしらぁ~?」
「……………」
「勿論アナタも行くわよね?」
「……………」
「い く わ よ ね ?」
「………ああ」
男はどう反応したら良いのか分からない様子で、ボソリと呟いたきり黙り込んでしまう。
しかも、つい今しがたまで完全無機質だった面に困惑の色を浮かべ、しきりと目を泳がせ始めた。
「グリフォン~?」
「………ひとつ訊くが」
「なによ?」
「…………女を口説くにはどうすればいいと思う?」
「………………………………………………………………………………」
そこからか。
「俺が知るか―――――っ!!テメェの下半身に訊きやがれっっっ!!!いらねぇ場面でジャブジャブ色気を掛け流しにしくさってからに!肝心の相手にゃまるっきし役立たずか!この似非色事師!!」
密林の王者の野太い咆哮が、爽やかな朝陽も眩しい窓辺に響き渡った。
*
「園遊会?」
ネイロがアレグロ商会に転がり込んで三日目の朝。
例によってサロンでいつもの顔触れが食後のお茶を楽しんでいる最中に、レジオがとある話題を切り出した。
何を始める気なのかと首を傾げる娘に、亭主役のレジオは笑いながら説明を付け加える。
「ああ、急な話で悪いが今日の午後にやる。なあに、面倒な事なんざなんもありゃしねえよ。今回は殆んど商会の身内だけの集まりだからな。庭の花が見頃だってんでジジイがいきなり予定をブッ込んできたんだ」
「ふーん…?」
「ここの庭園はアレグロ商会の先代の趣味で珍しい品種の花木が揃えられてるので、時々お得意様や身内を招いて園遊会を開くんですよ。私やラルゴはレジオと家族ぐるみの付き合いをしてるので、私的に何度か招かれた事がありますけど良中々いものですよ」
「なんていうか適当に花を愛でて茶ぁ飲んでるだけの集まりだな」
「……ラルゴの身も蓋も無い補足は如何なものかと思いますが、大体そんなものです」
「お前らなぁ…」
友人二人の大概すぎる説明にレジオは眉間に軽く皺を刻んだ。
「うん、わかった。じゃあ私、午後は邪魔にならないように部屋に籠ってるね」
「「「え?」」」
「知らない人がいっぱい来るんでしょ?なんだか肩身が狭そうだし、全然それで構わないよ」
「…いや待て、お前さんには俺の客として参加して貰うつもりなんだ。ジジイもオセロの考案者に会いたがってるんでな」
「レジオさんのお祖父さん?先代の当主様?なんで?」
「年寄りのくせして新し物好きと言うか、珍し物好きでなぁ…。若い頃商人としてそこら中を駆けずり回っちゃあ何かしら変わった品を見付けてくるような人だったんだが、案の定オセロにハマってなぁ。どうしてもと駄々をこねられちまってるんだ」
居候の身としてはそうまで言われて頑なに参加を拒否する訳にもゆかず、娘は渋々首を縦に振った。
「先代は気さくなお年寄りですからそう構えなくても、『親戚のおじいちゃん』くらいに考えていて問題有りませんよ」
「そうそう、それに今回ウチとリフレのとこの女房子供も招かれてるんだ。前にチラッと嬢ちゃんの話題を出したら興味があるらしくてなぁ」
「興味?」
「『歌』さ。嬢ちゃんの歌う異国の歌てやつに興味があるんだと」
「ふ…ふーん」
総勢で言いくるめられ、娘に素直に頷く以外の選択肢は残されていないに等しかった。
(うーん…、それほど嫌って訳でも無いけど…。なんかグイグイ押されて流されてる気がする……ま、いっか)




