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三歩進んで五歩下がる。

――――いつかはこんな日が来るんじゃないかって、ずっと思ってた。




何の気なしに部屋の扉を開けたら、グリフォンが女の人と良い雰囲気で抱き合ってた。

寝台ベッドの上でぴったりと身体を密着させて顔を寄せ合い、笑みさえ浮かべて。


今までにだって“そういう関係”の女性は大勢居たけど、グリフォンは私に気を遣ってか二人の生活空間にそういったお相手を連れ込む事は一度も無かったし、ここ最近に至っては随分と清い生活くらしをしてたものだから……私の方に全然覚悟が出来てなくて、そそくさと扉を閉めて部屋を出るくらいの対応しか出来なかった。


『………ついにお払い箱かなぁ…私』


いくらなんでも恋人同士カップルに付きまとって相方にしがみつくほどの強心臓は、私も持ち合わせていない。

こうなったら早いとこ自活の道を探さないと…の前に…。


『今夜どこで休もう…』







「待て、ネイロ―――!」


いましがた後にしてきたばかりの部屋の扉が大きな音を立てて勢いよく開き、珍しく取り乱した様子の男が速足で自分の方に連歩み寄るのを見て、ネイロはばつが悪そうに表情を曇らせた。


「あー…。なんか、その…今まで気が利かなくてごめん、グリフ。こっちの事は気にしなくて良いから続きをどうぞ?」


「だからそれは…誤解だ。俺とマチルダは現在いまはそんな間柄じゃ無い―――」


「“現在”は…」


「――――っ」


かつて関係があったと告白したも同然の台詞だ。語るに落ちるとは正にこの事か。

―――けれど相手が『誰』かということは、この際問題ではない。


それが誰であれグリフォンが“隣”を許す相手が出来た以上、ただのお荷物に過ぎない小娘の居場所など消えたに等しいのだから。


「…私の事なら気にしなくて良いから。グリフォンまだ若いんだし恋人と上手くやりなよ」


「だからそれは違うと…!あれは自分で部屋に連れ込んだ訳じゃ無い」


「―――良い雰囲気に見えたけど?」


「だからそれも誤解だ!」


目の前の男はやたらと必死な面持ちで『誤解』を連呼するが、この男が出逢ったばかりの女とでもあっさり“そういう関係”に至るのはいつもの事だ。

何も今回が初犯という訳でも無い。


ただ単に今までは年端もいかない(と思われていた)弟子の目の前で“行為”に及ぶのは控える、程度の気遣いはしてくれていたのだろう。


けれどそこに人目も憚らずイチャつきたくなるような相手が出来たとなれば、弟子としては『さあ、どうぞ!』と言うしか無いではないか。


「…今まで面倒見てくれてありがとね。ろくな恩返し出来なくて悪いけど、ここでゴネたりしないから安心していいよ。―――二人でお幸せに」


「待て…っ、―――人の話を聞け!話を!」




「…ナニ、この修羅場――」


二階の廊下で大きな声を張り上げて(主にグリフォンが)会話をしていれば、他人ひとに聞かれない筈も無く。

揉め事の気配を察したベロニカが階下から様子を見に現れて、呟いた言葉がこれだった。


客観的に見て衣服の前をはだけ髪を振り乱した男が若い娘に向かって掴みかからんばかりの勢いで、『誤解だ』だの『話を聞いてくれ』だのとほざくのは、痴話喧嘩以外のナニモノにも見えない。


しかも珍しい事に基本的に『不機嫌そうな無表情』が素の男が、顔に焦りの表情を浮かべて激しく(そうは見えないが)狼狽している。


「…何やってんのよアナタ達。ウチは男女の揉め事御法度なのよ。グリフォンが知らないはず無いわよねぇ…?」


厚化粧の下の鋭い眼差しにギラリと睨み付けられて男は一瞬口ごもった。


「揉めてません」


「…それにしちゃあ、そっちの男は余裕が無さげだけど?」


「さあ…?何ででしょう」


「―――ネ」


「ベロニカさん今晩泊めて下さい。部屋の隅っこで良いですから」


「えぇ?アタシは別に構わないけど…。女形ばっかしの大部屋よ?」


「構いません。野宿に比べれば天国です」


「待て…それはっ……、ブルース!」


「ちょっと黙んなさい、グリフォン。何がどうしたのかは知らないけどアナタは取り乱し過ぎだし、この子だって顔色が良くないじゃない。とりあえず一晩休んで冷静になってからもう一度話せば?――――それに、明日は本番なのよ。アナタも本職の楽士なら仕事はキッチリこなして貰わなきゃ困るわ」


男は娘の顔をチラリと覗き込んでから渋々といった様子で「わかった」と一言だけ言葉を吐き出し、ベロニカの後について歩くその後ろ姿を見送ってしばらくの間その場に立ち尽くしていた。




「さっきはああ言ったけど、女子部屋にもまだ空きがあんのよ。ちゃっちゃと片して使えるようにするからそっちで休みなさい」


グリフォンから見えない位置まで離れた後で、ベロニカが後ろを振り向きながらネイロに話しかけた。


「…すみません。ありがとうございます」


「ま、その前にちょっとばかし話を聞かせてもらうけど~」


「話…ですか?」


「良いじゃな~い。女子トークよ、女子トーク!」







その後ベロニカさんに連れ込まれた場所は、一階の中庭に面した位置にあるややぎゅうぎゅう詰めに六つの寝台が押し込まれた大部屋で、“ベロニカと愉快な仲間達”の面子が勢揃いで思い思いに寛いでいるところだった。

ちなみに寝台はひとつ空きがある。


「おじゃましまーす…」


「あらー、どーしたのォ?」


「グリフォンの秘蔵っ子?―――顔色悪いわねェ」


「ホラホラ、突っ立ってないでここ座んなさい!」


女形オカマさん達は意外にもみんな面倒見が良い。

でもって、部屋でもバッチリ化粧メイクがそのまんま。いつ落とすのかな?

女物の衣装を脱いでラフな格好をしてるぶん見た目がアンバランスで際モノ感が倍増だ。


二階うえの廊下で大声張り上げて話喧嘩してたから仲裁してきたのよ~。ナニやってんのかしらあの男」


「「「「んまぁ―――!!」」」」


…イエ、あの、別に痴話喧嘩って訳じゃー…。


「あのですね…、グリフと私はただの師弟関係でそういうんじゃないんです」


そこはかとなくゴシップの香りがする言い回しに、ゴニョゴニョと一応は訂正を試みる。

だって事実だし。


「それにしたって、アレはどう聞いても浮気現場マズイモノを見られた時の男の常套句よ」


『誤解』を連呼してたあれか………確かに。


「ははぁん…。さては誰か特攻かましたわね」


デロリスさんがさも確信している風にフンと鼻を鳴らした。


「で、お嬢ちゃんがヤキモチ焼いて飛び出して来たってワケぇ~?」


「「やっだぁ~、分かり易ぅい~」」


他の三人には半分呆れたように軽く笑い飛ばされた。


「……団員同士以外なら基本的に自由恋愛だけど、さすがに人の男に手を出すのはねぇ…」


「イエ、だからそこは訂正で」


ベロニカさん達は完全に私とグリフォンがデキてると勘違いしてる。

……そんなんじゃないのにな。

そりゃあスキかキライかで言えば、確実に好きだけど?

――――だけど、恋人に選んであれほど不安な人選もそう無いと思う。

好みの美人なら誰でも良いとか、サイテーだ。

私ならそんな恋人我慢出来ない。てゆーか、我慢しないね。

そういう意味で好きになったらとても苦しい相手なのは分かってて、いつかは醒める恋心に身を任せるなんて怖くてとても出来ない。


私はあの歌声と出来るだけ長く寄り添っていたかったんだから。


こういうのも失恋て言うのかな。


恋人にはなりたくないけど、ずっと一緒に居たかったなんて。――――絶対矛盾してる。

いっそのこと身体だけの関係でもオッケーだって思えるほど、私が大人だったらよかったのに。

でもダメだ。触れたら必ず心まで欲しくなる。


だから、グリフォンに恋だけはしたくなかったんだよ。








































































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