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それはいつかの

「あ、そーだ。おにーさん!」


急速に冷え込み始めた場の雰囲気を、当たり障りの無い会話と食事で回復に努めることしばらく。

少女がふと何かを思い付いたような様子で、レジオの方を向いて声を上げた。


「前に会ったときは言葉で上手く説明出来なかったんだけどねぇ。オセロって元々は手軽に遊べるのがウリの盤上ボードゲームなんだよ。あんなに高価たかそうな材料ばっかし使ってたら、一般の人には手が届かないんじゃないの?」


「―――何?!」


この台詞を聞いて商人が食い付かない筈もなく、レジオはテーブルに身を乗り出すようにして少女に説明を求めた。


「だからー。あのときはたまたまリンカのスカーフと色石おはじきで代用しただけなの。木製のボードに裏表の色を塗り分けた平べったいコマで充分遊べるよ。でも持ち運びするなら盤は布地の方が便利だよね。半貴石もキレイだし、高価たかくても買える人にはそっちのコマの方が好まれるかも」


「なるほど、価格の差別化か。案外良い手かもしれんな…。おチビ、そこのところをもう少し詳しく―――」


「おチビ呼ばわりするヒトにはこれ以上ノーヒントです」


「おおっと、悪ぃ悪ぃ。お嬢にはデザートも付けるぜ!」


麦菓子スコーン蜂蜜ハチミツと木苺のジャムたっぷりで」


「―――で?」


「こういう人の集まるお店に見本を置くのも良いと思うんだ。遊んで楽しければ買ってくれるお客さんもいると思うよ。『お買い求めはアレグロ商会で!』って事でね」


「………!」


ぱかりと口を開けて一瞬押し黙ったレジオは次の瞬間には盛大に破顔。


「―――良い手だ。さっそく試しにやってみよう」


赤みの強い顎髭を撫で擦りながら何やら思案顔で少女をチラリと見やり、ニヤニヤと悪戯小僧のような笑みを浮かべてある提案を切り出した。


「お嬢、いっそのことうちの商会で働かないか?お前さんなら良い商人になると思うがな。衣食住の面倒は俺が見てやるし―――なんなら俺の嫁に来い。こう見えて俺は身持ちも堅い優良物件だぜ」


なるほど、と少女は口の中の食べ物を咀嚼しながら目の前の男を今一度じっくりと観察した。


レジオ・アレグロ。年の頃は三十半ば、見た目もそれなり。

陽気なチョイ悪オヤジ系でタレ目に愛嬌があると言えなくもない。

働き盛りでバリバリ稼いでいそうなところは何より高得点だ。


「もしかしておにーさん、スッゴい掘り出し物?」


「おお、自分でいうのもなんだがな!」


「ほほう…」


二つの琥珀が猫の目のようにキランと輝いて、今にも舌なめずりをしそうな雰囲気が漂い始める。

―――すると肉食兎と化した少女のすぐ隣からボソリとした声が。


「………浮気者め」


楽士が眉ひとつ動かさないしれっとした無表情で呟いた。

声音は淡々としていて第三者にはそれと判らぬ程であるが、そこには僅かな呆れと微かな苛立ちが含まれている。


一方、「浮気者」呼ばわりされた少女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でパチクリと瞬きを繰り返した後、改めて神妙な表情を作ってレジオに向き直った。


「とっても魅力的な申し出だけど、お嫁にゆくならグリフ以上の超絶技巧の持ち主じゃないと私、満足出来ないから」


――――ぐふおっ!!


レジオが飲んでいた酒を噴いた。


「ちょっ…、、、お嬢―――!!」


「…あと声?おにーさんの声も渋くて格好良いけど、もうちょっと色っぽいのが好みかなー。ちなみにグリフの声は私の好みドンピシャです」


「おい、まさかオマエら――――!!」


「………なので、私に求愛ぷろぽーずするならエロボイスと楽器の腕前は必須になります」


「――は?楽器?」


「私から歌と竪琴を取り上げたら何も残らないよ。楽士グリフォンの相方以外の何かになれると思ってないし」


「…………俺はノロケを聞かされているのか…?そーなのか!?」


「えーと、『お前らデキてるのか』という意味ならそれはハズレ。グリフの好みはグラマーな姐さんです。付け加えるなら私の好みはロマンスグレーの正統派紳士」


「ぐらまー?ろまんすぐれー?」


聞き慣れない単語の連発にレジオが眉を寄せて首を捻っていると、今度は作り物とは違う少女の本物の笑顔が向けられた。


「…気にかけてくれてありがと、レジオさん。やさしーね」


何もかも見透かしたようなその笑みに、男は口の端にヤレヤレと薄く苦笑いを浮かべる。

―――何となくこれきりにするのは惜しい相手な気がして、要らぬ節介を焼いてはみたが。


「あ、いや…なんだ、俺としてももうちっとばかし育つ箇所が育ってくれれば言うこたないしな。この話はあと二、三年後でも構わん」


「ふーん?その頃レジオさんが素敵なおじさまになってて、私がフリーだったら考えてあげても良いです。乙女の賞味期限は短いので隙あらば玉の輿に乗る気満々です」


「…ごもっともで」


結果としてこの夜は通常の営業よりも商人レジオの求めに応じてアレコレ情報提供をする方に時間がかれる羽目になり、稼ぎ時を逃した二人はいつもより早めにねぐらへと足を向ける事にしたのだった。







「うー…寒っ…」


酔客の喧騒と熱気に満ちた店内みせから一歩路地に足を踏み出せば、そこは外灯ひとつ見当たらない真っ暗闇だ。

昼間のポカポカした陽気が嘘みたいに冷え込んで、春先だっていうのに指先がかじかみそう。


――――“花冷え”っていうんだっけ?


闇に目が慣れるのを待って、月明かりや建物の窓から漏れる灯りを頼りにゆっくりと路を歩き出す。

一人ならとても夜歩き出来る状況じゃないけど、隣にはグリフォンがいる。


暗がりで見知らぬ相手として行き会ったなら、腰を抜かすに違いないグリフォンの強面だけど、一緒に居るならこれ以上無いくらいに頼もしい。

…以前追い剥ぎに出くわした時なんか、追い剥ぎが一目散に死に物狂いで逃げ出してたくらいだし。


石畳に落ちた一際濃い影が黙々と先を往くのを、遅れないように一所懸命後を追い掛けて歩いていたら、不意に影が立ち止まった。


「グリフ?」


流石に暗くて表情まではよく見えないけど、じっとこっちを見下ろしている気配がする。

黒っぽい外套コートのせいですっかり夜に溶け込んじゃって、今にも姿を見失いそう。

何となく不安になって無意識のうちに手を伸ばしてグリフォンの外套の端をぎゅっと掴まえたら、勢いよく腕を引かれてあっという間に外套の内側にすっぽりくるまれた。


「わわっ、なに?グリフ――」


「…………少し目を離した途端、アッサリ人拐いに持っていかれそうだからな」


―――なんだか少し不機嫌。

怒っているのとは違うみたいだけど、…もしかして拗ねてる…?


「…レジオさんのあれはただの社交辞令だよ?」


「満更でも無さそうに見えたが?」


「気持ちは嬉しかったからね。…前の時は怪我で寝込んでて、サヨナラも言えなかったでしょ?心配してくれてたみたいだし」


「いずれは嫁にいくんだろう」


「うーん。いつかは分からないけどお嫁に行くなら多分、本当に好きになった人のとこに行くよ」


「…………」


「ちなみに現在いまのところはグリフが一番だから。そうだなぁ、グリフより声が良くて楽器の上手い人がいたら考えよっかなー?」


「……、なら当分先の話だな」


「だねぇ。―――あ、でも身持ちの悪い人はお断りだよ」


「……………………そうか」



グリフォンにしては珍しく仕事以外の話題で会話が長続きしてるなって思ったら、なんかそれきり黙り込んで後が続かなくなった。

―――微妙に沈黙が重たい。


これまでの会話のどこに沈む要素があったっていうの。

ごく常識的な一般論はなししかしてないよね?

普通に考えれば私が嫁に行くより、グリフが女性とくっつく方が早いと思うんだけど。




そうなったら、私はどうすればいいのかな。




















































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