告白…?
言葉がそこそこ通じるようになった辺りから、分からない事が見つかる度に私はグリフォンを質問攻めにしてあれこれと説明を求めた。
―――だってあの人、黙ってたら何にも言ってくれないし。
でも意外にも訊いた事には丁寧に答えてくれるから、覚えた事を忘れないようにと色んな事を書き留めたノートはあっという間に埋まり、余白があと残りわずかになってしまった。
スケジュール帳を兼ねたB5サイズのノートには、一年分の日付が記されていて、ところどころに思い付いた事が短く書き留められている。
一番最初の日付は春休みも終わりに近い“あの日”のものだ。
住み慣れた家にも、故郷にも、突然別れを告げる事になった、あの日。
最初の頃こっちの世界の暦なんて全然分からなかったから、ただ経過した日にちを向こうの日付で記録してただけの事なんだけど、後になってそれが色々と役に立った。
西暦の日付がぐるりと一年分回る間にこちらの四季もほぼ一巡した事で、一年の日数があちらとこちらでそう変わらない事も判明したし。
ちょっとほっとする反面、時間の流れ方が同じだとしたら今度は逆にグリフォンの更け具合が心配なんだけど。
…それともあれが普通なのかな?
アジア系の民族は欧米人より若く見えるって言われてて、ずっとその日本人に囲まれて育ったからいまいちよく解らない。
*
「―――二十六だぁ!?」
ガムランの夜の酒場で商人のレジオさんと思わぬ再開をしてから数日後。
何故か私は今、昼間の飲食店で再びその人と顔を突き合わせている。
ちょっとした用事があって街に出たら、たまたま外回りの仕事をしていたレジオさんにバッタリ出会して、そのまま餌付けコースに突入する羽目に。
『この春、巷で女性に大人気!』とかって評判の甘味を奢って貰ったのは良いけど、それがまた予想に違わぬ激甘な代物だった。
「………ぅぷ。私もついこの間知ったばかりだよ。てっきり三十超えのおじさんだと思ってて、本人にそう言ったら何かやたらと落ち込まれちゃってね」
「…俺より九つも年下の若造…………あれが?!」
あらら、この反応。やっぱりか。
…てことは、レジオさん三十五?四捨五入で不惑かぁ。まごうかたなきオジサマだね。
「……ちなみにお前さんはいくつだ」
「この間十六になったとこ」
「こっちはまぁ…大体見た目通りか。つか、去年までが発育不良だったってこったな。あのツルペタ具合からよくここまで育ったもんだぜ」
「レジオさん…、その年齢まで独身な訳だよ。デリカシー無さ過ぎ」
「でりかしー?」
悪い人じゃ無いのは解るけどね!………ふふふ。
なんだか物凄く物を投げ付けたい気分にさせてくれる人だよ。
でも、そっかー。私は一応年相応に見えるんだ。とりあえず一安心かな。
姿見みたいな大きな鏡で自分の姿を確認した事が無いから、自分じゃよく分からないんだもん。
姿を映そうにもガラス窓でさえ贅沢品らしくて街中以外ではそうそう見掛けないし。
ちょっと裕福な家でやっと手鏡がある程度だから、百円ショップで揃えた私のポーチの中身でさえも、もしかしたらかなりの貴重品になるのかもしれない。
「……その、なんだ。お前さん達は“そういう関係”じゃあねえんだよな?」
「あのねぇ。自分の親と同年代だと思ってた相手に中々“そういう”気持ちは芽生えないよ」
「この前年上好みのような事を言ってたじゃねえか」
「気前の良いおじさまは大好物です!」
「客としてか!!」
グッと親指を立てる笑顔の私。お客様は大切にね!
「だがなぁ…、年頃の娘が年がら年中野郎と同じ部屋で寝起きすんのは流石にキツイだろう」
「んー、でもそれがねぇ…。部屋を分けたら分けたで別の問題が起きるんだよ」
「あぁ?」
私が女物の服を着るようになってからというもの、グリフォンが妙に細かい事を気にしだしてというか、気を遣ってくれるようになった。
「一度部屋も別々にしたんだけど、その日の晩に同じ宿に泊まっていた顔見知りの男性に夜這いかけられて―――」
「……………何っ!!」
「あ、そこは物音に気付いたグリフが直ぐ駆け付けて叩き出してくれたから未遂…なんだけど」
なんだけどね。
恐慌状態で過呼吸に陥った私を見たグリフォンが無言でキレて、あわや血の雨が降るかという事態に。
それでも刃傷沙汰を避けるぐらいの冷静さはギリギリ残ってたらしく、かなりえげつない報復はしたものの男は翌朝無傷(?)で憲兵に引き渡された。
「……何したんだ」
「乙女の口からはとても言えません」
中年男をすっ裸に剥いて両手両足を縛り上げた上で、「暴れると手元が狂って切り落とすぞ」と脅しつつ全身の毛という毛を丸刈りにしたとか。
……見てた訳じゃないからねっ。
「…一人部屋にした途端それか。お前さん、危なっかしくてオチオチ目が離せねえな」
「グリフにもそう言われて、強制的に相部屋に戻されたよ」
おまけにそれから過保護の度合いがぐんと跳ね上がった気もするし。
今日だってただの日用品の買い出しなのに、一人じゃ危ないとか言い出して付いて来かねない様子だったから、さっさと置いて出掛けて来たんだ。
「……なあおチビ。こないだの嫁云々はともかく、お前さん定住する気はないか」
レジオさんがふと真顔になってそんな事を言い出した。
その表情は真剣でこっちをからかってるようには見えない。どういうこと?
「流民の立場が世間でけして優位なものじゃ無いのは、身に染みて分かってるはずだ。おチビさえ良ければ俺が身元引き受け人になって市民登録の手続きをしてやろう。何なら本当に商会で働いてくれてもいい」
「………何で…そこまで言ってくれるの。何度か会っただけの相手なのに」
「―――さあ?何でだろうな。俺にもよく解らん。ただ、惜しいと思ったんだ。お前さんはまだまだ色んな物を隠し持っていそうだし」
「『オセロ』みたいなやつとか…?」
「まあな、商人の勘だ」
そう言ってニヤリと笑う顔は、何だか悪戯を思い付いた悪タレ小僧みたいだ。
――――実際のところ良い話なんだろうとは思う。
もし私が天国で最初に会ったのがグリフォンじゃなくてレジオさんだったら、一も二もなく頷いてる場面だ。
だけどそんな「もしも」には何の意味も無い。
私がこの世で一番最初に出会ったのも、この一年ずっと一緒に歩いて来たのも、グリフォンなんだから。
それに、あの歌声以上に私を揺さぶるものなんて、きっとどこを探しても見つからない気がする。
「ありがとレジオさん、いい人だね。でも私は…、グリフが私を要らないと言うまでは、あの人の傍に居たいんだ」
あの、総身を振るわす歌声の傍らに寄り添って。
――――朝も、昼も、夜も、その声を間近に聴いていたい。
本人には言った事無いけどね。




