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帰らぬ人からラブレターが届いた。なんの冗談かと思うだろう。でも、確かだ。
指でたどったこれは間違いなく彼の字だ。十数年、近くにいたから見間違えるはずもない。手元にある封書は直筆のメッセージで、女子が送るような可愛らしい装飾こそないものの、中身はまごうことなき恋文だった。
ラブレターが届いたのは今日、12月24日のこと。彼と過ごした貸家での生活もこれが最後となる。僕は換気のために開け放った窓の前で郷愁に駆られて、瞳で真新しいインクの文字を追った。相変わらず晴れた夜の街からは、寒い北風が入り込み、もう季節が冬であることを知らせていた。
だが腑に落ちない。でも、それでも。自分の心にありえないと分かっていても迷いが生じる。目を逸らせない違和感がどうやっても残るそれは、一年前に行方をくらました親友からの手紙であるという点だ。
サイン入りのそれがポストに届いたことにも驚きだが一番は差出人の意図が読めないことだ。この場合、犯人は何がしたかったのか。そもそも犯人の見当もつかない。本当にあの彼が出したのか、はたまたおせっかいな第三者が気を回して出したの、か。
送られるはずのない相手から届いた手紙。どうして今さら、姿もみせずこんなものを送ってきたのか。とはいえ、誰かの悪戯にしては手が込んでいる。謎は解けないまま奇妙なしこりを飲み込む。
セレーヌ・ウァレリウス様へ。
たぶん、ずっと前からお前のことが好きだった。俺自身が恋として認識していなくてもお前といるのは居心地がよかったんだ。あの日まで、このまま俺達の関係は変わらないもので、それでもずっと一緒に過ごせると、俺は思っていたよ。慢心だよな。そんなだからこの有様。ロマンス小説にあふれるような恋心のときめきを自覚してからいなくなるなんて狡いじゃないか。もうお前がいないと俺はだめなんだ。だから戻ってきてくれ。お前がどんなになってもここで待ってる。早く帰ってきて、俺の最愛の人。この恋文がお前に届いていますように。お前に会いたい。――イグニスより。
便箋をめくって、最初に浮かんだのは猜疑心だった。ほんとうに僕のことを好きだったのか? いくら考えてもわからない。僕には心当たりがなかった。嫌われてこそいないと分かるが、僕らの生活に明確な好意が隠されていたなんて想像できない。君が隠していたというなら、僕が思うより君はしたたかな人だったのかもしれない。
いなくなったのは、君の方なのに。きゅうと締まった喉奥、本音を漏らすのをこらえた。僕を必死に探し求めるような文面に生じる違和感。もしかしたら君は迷子にでもなったのか。そんなまさかにかすかに笑ってしまった。
僕は彼と過ごした自宅で考える。ふいに触ったサボテンのせいでちくっとした。痛みのわりに出血の少ない指。白衣から保護布を探すがみつからない。どうやらちょうど切らしていたらしい。普段やらないポカをやらかしてため息をついた。これも全部この出来事のせいだ。
郵便物として届いた出どころ不明のラブレター、のせい。
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毎日会えていた頃。僕はその奇跡のありがたみを知らなかった。恋しい人の姿を思い浮かべながら、僕はこの世界で彼と過ごした日々を思い起こした。
この世界――まるで漫画やアニメにでてくるような世界観――に産み落とされて僕は最初、戸惑った。だってそうだろう。現実には扱えない剣や魔法なんていう武器や力を誰もが持てて、暮らしの安全は自主性が主、現代ほど優しくない世界で生きる人々は妙にたくましいときて、現代っ子の人間がそう容易く馴染めるはずもない。上に二人いた兄たちとはうまく馴染めず、幼少期はおぼろげな前世の単語や記憶をのたまって両親を困惑させた。そのせいかすこし家族の輪に入りづらかった。額縁の外から鑑賞する知らない家庭、それが僕が家族に抱いていた認識だったから。
だがそんな僕に心を開かせたのは同じように孤独だった彼の気遣いだった。親元を出て田舎を飛び出し、僕は王都に出て王立学園に入学した。そこでも僕は多感な少年少女の会話に入り込めず、いつも本を開いて休憩時間を過ごしていた。
授業の合間だった。窓辺の席で教本を隣に巷で話題の英雄物語を読んでいると、ページをめくった手が筆箱から漏れた鉛筆を転がした。コロコロと止まらず机を飛び出した一本の鉛筆。その文房具は見知らぬ誰かの掌で止まった。視線で追いかける。中腰になっていたその人が立ち上がる。それはクラスの輪で僕と同じように浮いていた少年だった。目つきの鋭い彼が、僕の机に鉛筆をそっと乗せる。どぎまぎしながらお礼を言うと、少年が口を開いた。
「それ、好きなのか?」
「へ?」
少年が指したのは、僕が読んでいた本だった。僕は緊張のせいで勢いで答えてしまった。
「すごくすき!!」
嘘をついた自分が後ろめたかったし、会話をやり過ごすしかない僕自身に嫌気がさした。またこの子も僕から離れるだろう、そんな予感しかなかったのに、予想に反して彼はその場に留まると、椅子を持ってきて机の横に座り込んだ。
「おれもだ。格好いいよな! その騎士さま!」
目元をやわらげてほのかに笑う彼。その時吹き込んだ春風にすっかり魅了されてしまった。僕の心を攫うような気持ちのいい突風に、僕は。
嘘だった、そう告げる代わりに僕はその日寝る間も惜しんで小説を読破した。魔物の国となった世界で魔王を打倒し民の心に巣食った憎悪すらも勝利の喜びに変えてしまった英雄。病床で苦しむ友人のために剣をとった騎士は姫との結婚も断り、約束を守った。そうして世界に希望をもたらした文句なしの英雄。僕は、この世界で目覚めて初めて、絵空事の物語で泣いた。
そして僕は決意した。この小説の主人公のように、僕も彼にふさわしい人物になろう、と。
だがその約束は、果たせなかったように思う。僕は受け取るばかりで彼に返すことができなかった。
上手くできない僕に付き合って放課後まで特訓に付き合ってくれた彼。苦手な投擲ナイフの扱いも、彼のおかげで決闘の日に間に合わせることができた。大事な後輩のためだったとはいえ、きっと一人きりでは敗北の苦渋をなめるに終わったことだろう。決闘前の緊張で夜な夜な精神が不安定だった時だって僕を支えてくれた。「な? 余裕だったろ」、と肩を叩いた彼の表情に何度救われたか。
学園を卒業し、以来十年同棲しながら親友として支え合ってきた。卒業とともに一度は切れた縁だが、僕があの世界でいうブラック企業に就職してしまって精神を病んで追い詰められていた時に、巡回中の騎士として彼に出会った。二言三言話して僕が困っていると分かると、家にくればいい、そう誘って。家賃は折半、家事も折半、そうやって次の職場が決まるまで過ごした。王都の小さいながら古くからやっている薬屋に再就職した僕だが、あろうことか貸家にそのまま住み続けた。それも彼が出ていけ、と言わず家賃をいつものように徴収するから。
机を撫でて、そっとまぶたを下ろす。愛着の詰まった家を一通り見つめて。
だから僕は――……でていきそびれた。この、彼との思い出がたくさん詰まった家を。
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トイレに胃の中のものをすべてひっくり返すようにぶちまけてもまだまだ気持ち悪さが抜けない。げほげほ吐いて、それでもまだ体内に居座る不快感。えずくように咳き込む。
「ひっ、ふ……うっ……ああぁぁ!!」
僕は、今はいない男からの手紙に泣き暮れていた。状況は絶望的だった。
親友は突然失踪して行方不明のままとっくに一年が過ぎている。僕は家が決めた政略結婚の相手――家格が上で僕のことをよく思ってない相手――との婚姻が明日に控えていた。12月25日以降、待っているのは仮面夫婦の愛のない生活だ。懐かしい昔を思い出していたらまた涙が出てきた。
好きだった。そうだよ、僕もだよ。君が、ずっと前から好きだったんだ。陳腐な台詞だけど、失くしてから平穏な日々のたいせつさに気づいた。
なんで今さら、こんな手紙出したんだ。せっかく固めた決意が無駄になるじゃないか。君ってやつは、ほんと……。
僕の心をぐしゃぐしゃにかき乱す人。いますぐに文句の一つでも言いたいのに、相手はこの場所にいない。一年以上、姿を見ていない。写真を見つめても恋しくなるばかりで、写真立てはすべて額を伏せてしまった。それを上げてひさしぶりに彼の顔を拝む。
やっぱり眩しい。時間が経つほどに彼の存在が恋しくなる。嘘をついてごまかしてきたけど、もう限界だった。僕もだめになる。翌日には婚姻が控えているのに、独身最後のこんな夜に泣くことになるなんて。タイムリミットはあと少し。君を忘れなきゃいけない僕の、感傷に浸れるだけの残された猶予は。
待っていても君が戻ってくるはずもないのに。
それでも期待して止まない。
僕が好きだった君は、もういないのに。
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願わくはと祈りながら書き出した、ラブレターの裏面の走り書き。寝室で始めたのはラブレターへの返信だ。恋しかったその人に届くことはないと分かっていても、気づけばペンを執って書き込んでいた。文字はすらすらとでてきた。本音にしてはあまりにも意地汚い未練にまみれている。その認めた文を封筒に入れると机の引き出しにしまった。これで、もう。この手紙を開けてみることは一生ないだろう。泣きながら寝落ちするように、意識は、朝焼けの空に溶けていった。
イグニス様へ。
僕もだよ。居心地が良すぎて、この関係の呼称を決めあぐねていたんだ。君がいなくなる日までは。突然見かけなくなってずっと探してたんだよ? なのに君の背中すらみつけられない。僕は独りぼっちになってしまった。ほんとうに大切にしてくれる相手を失って、今、寂しくてたまりません。君はどうしているのかな。僕にこんな手紙を寄越して、一体どんな顔をしているんだか。僕はね、文句の一つでも言ってやりたいんだよ? だけどきっと君に会えたなら、僕が言う事なんて決まってる。この胸に咲く小さな蕾だった一輪の花について。それを、君に差し出したい。どうかな。君は受け取ってくれるかい。――セレーヌ・ウァレリウスより。
――君に会いたいよ。ねぇ、イグニス。




