日々是エッセイ【仔ウサギ】
小学生の頃、4年生からはぜんいん、委員会に入るようになっていました。学校の自治や組織運営へ参加する学習だったかもしれない。
わたしは飼育委員会へ入りました。
学校でニワトリの番、チャボの夫婦、イエウサギを3羽、飼っていてその飼育が会員の活動内容で仕事でした。
動物には名前がついていて、白色レグホンニワトリの雄鶏はキングで雌鳥はクイーン。
チャボ達には特に名前がありませんでした。皆で「チャボ、チャボ、」と呼んでいたと思います。
ウサギはチャシロ、シロ、ウサという名前でした。身体の色が名前になっているのと、ウサギだからウサという名前でした。
ニワトリのキングという名前があんまり好きではなかったなあと、思い出します。
皆で決めたのではなくて一人の女の子が名付けて、その子のお友達でできたグループでいいねとなって、なんとなくキングになった。だから、なんだか皆で決めたかったなあと思いました。
キングという名前があんまり好きではなかったのは、その番相手の雌鳥の名前が自動的にクイーンとなったことが、わたしにとっては「果てしなくダサい感じ」だったからだと思います。
「たったひとりの人の美意識や面白いと感じるポイントに合わせなくてはならない感じ」がして、とてもつまりませんでした。
飼育委員会の皆で、そのふたつを出しあいたかったなあと思ったのだと、今ではそう思います。
飼育委員会の子供たちは動物をなでたり餌をやることは好きでしたが、掃除や散歩や死んだあとの埋葬などは参加者があまりいませんでした。
担当の先生の関わり方や委員会の規則や飼育の当番はゆるやかでした。昔だったからなのかそういう習慣だったからなのかはわかりません。
もしかしたら、子供達は、掃除のしかたがわからなかったのかもしれません。やさしさや愛情を、世話というかたちで表現する方法を知らなかったのかもしれません。それを教える人が委員会にはいなかったのかもしれません。
子供の記憶だから、もしかしたら違う事実があるのかもしれないけど。
4年生で飼育委員会へ入った頃、いろいろと「ああ。こうじゃないのにな」と思うことがありました。
子供だったせいか、怒りや文句や非難する気持ちは湧いてこず、ただじっと見ていた感じです。
5年生と6年生の時も飼育委員会へ入り、5年生のときは副委員長、6年生のときは委員長になりました。
5年生のときには、花火大会の縁日のクジの景品だったであろうウサギが捨てられていたのを四羽保護したり、ウサギとニワトリとチャボが野良犬に食べられたり、ウサギが出産するけど育てられなくてたくさんの仔ウサギがなくなったり、問題がたくさん出た年でした。
クジの景品だったであろうというのは、夏の花火大会の2ヶ月後に野良ウサギが空き地に見かけることが続いていたからでした。クジの景品だったときは小さめのウサギでしたが大きくなって飼えなくなって広い空き地ならば生きていけるのでは、と放したのではないかと想像しました。
真相はわかりませんが。
野良犬に食べられたのは、飼育委員会内外の生徒の一部が動物をかわいがったあとに小屋の扉を閉めないのが原因でした。錠前をつけて鍵をかけて対応しましたが、担当の先生と生徒の連携がうまくいかず、鍵の管理はとてもむずかしいものになりました。
仔ウサギを初めて産んだチャシロは混乱して、噛んだり放置したりして、その仔たちは育ちませんでした。親ウサギに相当なストレスがあったと思います。
チャシロの二回目の出産の際に、友人とふたりで小屋の改善をしましたが、二回目のときにも育て方がわからないようで放置が続きました。
しかたがないので、人工飼育を友人とはじめました。野うさぎと違ってイエうさぎの仔は毛皮がありません。たくさんのタオルを敷き詰めた厚紙の箱へ仔ウサギ達を入れて理科室で飼い、土日は家へ持ち帰りました。
育たなかった仔ウサギもたくさんいました。私の家族の手のひらで痙攣をして死んでいきます。生き物はさいごのさいごまで生きると思いました。そして申し訳なく思いました。
育った仔ウサギもいました。子供の手のひらより少し小さくて、おとなのウサギと同じ姿と形。とてもとてもかわいかった。
その姿になると、委員会の子供達は仔ウサギを撫でにきました。皆が笑顔でウサギも元気でとても嬉しかったのですが、不思議な気持ちになって、この気持ちは何だろうと思いました。
あとで、あれは「この人たちと私とは違うのだな」という感情だったとわかりました。当たり前ですが、私と人は違う。これが腑におちたというときに感じたことだったのだと思います。
チャシロはその後も仔をうみ、自分で育てられるようになりました。出産時の小屋の作り方や人工飼育の方法を下級生へ教えることもできました。
たくさんの仔ウサギを埋葬しましたが、その経験を子供なりにですけれども、周りへ伝えられた事はよかったなあと思います。
今だったらきっと、繁殖をさせない方法をとるとおもいますし、担当の先生の関わり方や私の行動は問題になるかもしれません。
チャシロは何回か仔ウサギを産み、育て、ベテランのお母さんになりました。
仔ウサギは生徒達へもらわれていきました。
その後、チャシロは仔を産まなくなりました。オスのウサが死んでしまったからでした。
わたしはウサが一番好きで、濃いグレーの小柄なウサを、胸に深く抱っこすると泣きたくなりました。
これは何だろう?とわからなかったのですが、あとから「心通う気持ち」だったのだとわかりました。そしてそれを「かわいい」と表現することがあるのだとわかりました。
かわいい、と言うときの人の心の中では様々な感情がわいていて、何をもってかわいいと思うのかは人によるのだとわかりました。
だから、飼育委員会での、かわいいと撫でることと世話をすることとは別だったことにも答えを見付けた気がして、ひとり納得したのでした。
不思議なことはじぶんの心。
それを教わった経験だったと思います。
おわり




